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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
二年生の頃のお話(前)
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34輪目 フリージアーあどけなさー

 歩き慣れたいつもの通学路に、一年前より馴染んだ制服。

 いつもの日常の延長だけれど、何となく浮ついた気持ちになるのは仕方のないことだろうと思う。

 校門を抜けると、通学路沿いに植えられた満開の桜の木が僕を出迎えるようにして、春風に吹かれ花びらを散らした。ピンク色の桜の絨毯を踏み締めて、前に進む。


 ──四月。僕たちは、高校二年生になった。


「おはよ」

「あ、芹さんおはよう。今日は早いね?」

「ほら、クラス替えあるじゃん。確認しなきゃだし」

「あ、そっか……」


 クラス替えで芹さんや藪沢くんと離れちゃったら寂しくなるなぁ。どうか、せめてどちらかとは同じでありますように……と願いながら昇降口に向かい靴を履き替える。

 一年前は真っ白だった上履きも、薄汚れてすっかり風景にも馴染んでいるように見えた。


「旧クラスで確認してから二年生の教室行くんだっけ?」

「そうそう……緊張してきたなぁ」

「緊張したってもう決まってるもんは決まってるから」

「芹さん冷めてるね……」


 僕とは違い、いつも通り冷静な芹さん。ぽつぽつと会話をしながら三階にある教室へ向かうと、見知ったクラスメイトが何人かいて自分のクラスを確認し──一喜一憂していた。


 二人でその中に混ざり、自分のクラスを確認する。


 自分のクラスを確認して、あいうえお順に並ぶ名簿の上の方へと視線をずらす。


「あっ」


 僕より先に声をあげたのは芹さんだった。その声とほぼ同時に芹さんの名前を名簿から見つける。


「同じクラスだね」

「あー、良かった。また一年よろしく芹さん」


 最後に、名簿の一番下の方にある名前を探す。……藪沢くんとは残念ながらクラスは離れてしまった。


「二年の教室って一階だったっけ?」

「そうそう……藪沢くんとは離れちゃったね」

「うん……あたしも、あきと……っていうか誰とも被んなかったや。あ、でもハカセは一緒だったね」


 クラス替えの結果を話しながら、二人並んで新しい教室へと向かう。新しいクラス──二年一組の前にも僕たちの先輩、つまり新三年生が集まって新しいクラスを確認していた。

 その人混みの中に、一際目立つ人物を見つける。

 その人物も、僕たちを見つけたようで、なんの用事があるのか、人混みを抜けてこちらに向かってきた。


「おー……一年。いや、ここにいるってことは二年か」

「あ、おはようございます、柳先輩」


 仮にも先輩だし、一応挨拶しておこう……という僕の気遣いはスルーされ、柳先輩の視線は僕の隣、少し下へと落とされる。


「……なずなも、進級できて良かったな」


 その言葉とともに、自身の頭に伸びる掌を思い切り(はた)いて芹さんは言った。

 音の割には痛くなかったようで、柳先輩は相変わらず笑っていた。


「柳先輩には関係ないでしょ」

「なんかしばらく見ないうちに随分トゲトゲしくなったな。昔はもうちょっと可愛げあったのに。まぁいいや。じゃ、また」


 僕たちの前から立ち去った柳先輩は、手をひらりと振ると待っていたらしい友人たちと合流して二階にある三年生の教室へと向かう。

 その姿が見えなくなった頃、大きなため息をついた芹さんは「ま、教室入ろっか」と入口を指差した。


「席順はー……」


 黒板に貼り出されている席順を確認する。後ろ寄りの真ん中。


「そんなことある!?」

「ね、すごい偶然!」


 にこっと笑った芹さんに促されて席につく。芹さんも、僕の右隣の席に腰を下ろした。


「まー、何はともあれ、また一年よろしくね」


 悪戯っ子の様に歯を見せて笑った芹さんに「こちらこそよろしくね」と返事をする。

 席に着いたちょうどその時、換気のために開けられた窓から春風が吹き込んだ。春の陽気を感じながら僕は、去年の春初めて芹さんと出会った日の事を思い出していた。あの日も、ちょうど今日と同じような気温で、天気で、雰囲気だった──ような気がする。



「こんにちは! 今日から皆さんの担任になります。よろしくお願いします」


 ゆったりを通り越して寝てしまいそうな教室の空気を吹き飛ばすような、そんなハキハキとした声が響く。新しい僕たちの担任は、女性の体育教師。歳は恐らく二十代の後半だろう。


「二年生っていちばん中だるみしやすい学年なんだけど、進路を考えるうえで大切な一年になるので、進学しようかな~って思ってる人はオープンキャンパスとかにどんどん参加してみましょう! 就職を考えている人は、今から企業研究とかを始めておくと三年になってからやるよりもじっくり企業選びできますよ!」


 進路、かぁ……。

 担任の言葉を聞きながら、頬杖を付いて考える。


 ずっと心の中にあった、スクールカウンセラーか、それとも──。



「芹さんはさ、進路どうするの?」

「んー? あたし?」


 始業式から二日後、入学式の翌日──いつものように屋上でお昼ごはんを食べていた僕たちは、学年が上がったということもあってか、これまでは話題にあがることのなかった進路の話をしていた。


「あたしは就職」

「そうなんだ……なんとなく進学するのかなって思ってた」

「んー、やりたいこともないし勉強も好きじゃないし……まぁ、色々……」


 その色々、には何が含まれているのだろう。なんとなく気になったけれど、触れてはいけないような、そんな気がしてそれについて深く言及することはできなかった。


「萩くんは?」

「僕は……進学、かな? いまのところ」

「そっかぁ、頭良いもんね。何系?」

「うーん、何系……。教育系か、今のバイト楽しいしそれ活かすなら調理系も良いかなあって」


 あれはいつだったっけ、そうだ、文化祭期間。なんとなく見えた料理人という道も良いなぁと思ったんだ。


「結構ジャンル違うねぇ」

「うん、決めかねてるんだよね」

「てかさ」


 芹さんは僕の手の中にある菓子パンを取り上げて言った。


「料理人目指してる人が毎日毎日菓子パンって!」

「僕のお昼ごはん!」

「いやまあ……あたしは菓子パン食べないから返すけどさ」


 そう言って僕の手の中に返ってくる、世の中に菓子パン食べない人なんているんだなと驚くくらい見慣れたパッケージの食べ慣れた味のメロンパン。


「せっかく興味あるならお弁当作ってみたら?」

「僕、家で料理は全くしないんだけど……」

「いーじゃん、練習練習」

「うーん、起きれたらね」


 そう言いつつもお弁当の中身を考える僕。お弁当といえば、芹さんのお弁当がいつも彩り鮮やかで、美味しそう。それを参考に作ってみようか、などと考えていると芹さんは僕を見上げて笑う。


「結構乗り気?」

「うん、悔しいけど乗り気」


 そこから、好きな食べ物や嫌いな食べ物の話に発展していく僕たちの会話。

 そんな、何気ない会話を途切れさせるようにして、屋上の重たい鉄扉が鈍い音を立てて開いた。


「……見つけたっ!」


 声のした方を向くと、皺ひとつない綺麗な制服に身を包んだ、ふわふわとした癖毛が無造作に跳ねる新一年生の姿がそこにあった。あどけなさの残る顔は、満面の笑みに染められ、迷いなくこちらに歩みを進める。


 僕と芹さんは、互いに顔を見合わせて、首を傾げる。

 一体、新一年生が僕たちになんの用事だろう、と。

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