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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
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4輪目 芹ー清廉で高潔ー

「強く、って、どうなったら強いの?」

「え?」


 芹さんはそう言うと踵を返し、校舎へと向かう。僕も痛む身体に鞭を打ち彼女の後ろ姿を追いかけた。


「喧嘩だけが、暴力だけが強さじゃないでしょ」

「まあ、そうだけど、そうなんだけど……」

「少なくともあたしは」


 芹さんは一拍置いて、次の言葉を紡いだ。


「暴力で支配する人間なんてクズだと思ってるけどね」


 そう言った彼女の瞳には怒りが見え隠れしていた。

 ……何かあったのだろうか。そう思わずにはいられなかったけれど、"何かあったの?"なんて、そんなことを聞けるほど僕らの距離は縮んではいないと思い、開きかけた口を紡ぐ。

 だから僕は、校舎に向かって一定のリズムを保ちながら歩く彼女の後ろをついていくしかなかった。


「仕方ない、って、そう思った?」

「え?」

「……なんでもない。わかってると思うけど、保健室あっちだからね」


 芹さんは昇降口で上履きに履き替えると保健室の方向を指差して言った。


「あ、うん。大丈夫」


 てっきり一緒についてくると思っていた僕は、気の利いた返事も出来ず、芹さんは僕を置いて反対方向へと行ってしまった。

 保健室は、昇降口のすぐ近くにある。僕は一呼吸置いて、ノックすると引き戸を開けた。

 ほのかに消毒液の匂いがする白を基調とした綺麗な部屋。どこの学校も、保健室はだいたい同じ構造なんだな、とぐるりと見渡して思う。教室よりも明るい気がするのはきっと気のせいではないだろう。


「はーい。って、どうしたの!? ちょっとこっちに来なさい」


 白髪交じりの髪をひとつに結んだ保健の先生は僕を見るなり驚いた声を出し丸椅子に座らせてくれた。


「どうしたのこれ、転んだんじゃないでしょう」

「これは──」


 本当のことを言おうとした僕を、僅かなプライドが邪魔をする。


「転びました」

「本当に?」

「本当です」


 先生はため息をついて、棚から救急セットを取り出して手当を始めた。それ以上問うつもりはないようで、内心ほっとする。

 先生は、見える傷の消毒を終え所々に絆創膏やガーゼを貼った後、僕を送り出しながら言った。


「今回は不問にするけど、次はないからね。あと、骨折とか捻挫とか疑わしかったら病院に行きなさいね」

「はい。ありがとうございました」


 保健室のドアを閉める。その瞬間、鳴り響くチャイム。

 結局、五限の授業には出られなかった。……芹さんはちゃんと授業に戻ったのだろうか。いや、戻っていないだろう。僕は去り際の芹さんの悪どい笑顔を思い出していた。

 目立たないように教室に戻ると、いつもの席にいつもの見慣れたシルエットがあった。


「芹さん、ちゃんと帰ってたんだね」

「ついさっきね」


 やっぱり五限目はサボっていたらしい。僕のせいで……と申し訳ない気持ちになったと同時に、ふと気になって、教室を見渡す。その中には不良グループの姿が見えなかった。

 帰ったのだろうか。それとも、バレて呼び出されたのだろうか……?


 その後、六限目が終わっても、結局彼等は帰ってこなかった。


「萩、ちょっといいか」

「……? はい」


 放課後。担任からの呼出し。

 理由はなんとなく……いや、完全に察していた。


「ちょっと、タレコミがあってな。その、」

「これ、ですか」


 頬のガーゼを指差して言う。担任は苦虫を噛み潰したような顔をし、「そうだ」と言い僕を進路指導室に招き入れた。


「──この写真は、萩と、うちのクラスの奴で間違いないな?」


 差し出された一枚の紙。そこには、先程体育館裏での様子が写真になり印刷されていた。

 防犯カメラというにはあまりにも不自然なアングル。それに、僕はこの光景をどこかで見たことがある。


「──っ、間違いないです。ところで、これは、誰が……?」

「それは本人から口止めされていてな……っと、ちょっと失礼」


 他の先生に呼び出されて部屋を出て行く担任を見送って、写真を摘まみ上げる。


「口止めしてもわかるよ……芹さん」


 僕は、この風景が撮れる場所をよく知っている。この写真の中の風景、これは──屋上から見える景色だ。

 担任は気付かなかったのだろうか。立ち入り禁止の場所から撮られたものだと。

 ……いや、気付かれても困る。あそこは、二人だけの、大切な場所だ。


 しばらくして、先生は一人の女性を連れて戻ってきた。


「待たせたな。あ、どうぞ。こちらにお掛けください」


 ふわり、と知った匂いがする。

 視線をあげると、自分の母親と目が合った。


「お、お母さん……? なんで」

「なんでもなにも、呼び出されたのよ」

「ああ、そうなんだ……ごめん」


 めんどくさいと思ってるんだろうなぁ、きっと。僕の怪我に心配すらしない母親を横目で見やると、こちらを見ようともしない母親の横顔が見えるだけだった。


「最初にですね、大事なお子様を怪我させてしまいまして大変申し訳ございません」

「あー、大丈夫ですよ、気にしないでください」

「それでですね、今後のお話をしたく……」


 僕が口を挟む間も無く話が進んでいく。怪我の治療費が掛かった場合の対応や、今後の対策、そして、相手の処分について。

 様々な話をするうち、気付けば一時間ほど時が進んでいた。


「それではご足労お掛け致しました。お気をつけてお帰りください」


 担任に見送られ、昇降口から外に出ると空はすっかり暗くなっていた。

 正門を出たところで僕は母親に声を掛ける。


「あの……」

「仕事に行くところだったの。だからもう、行くからね」


 母親は鞄から財布を取り出すと、一万円札を僕の手に握らせた。


「病院行くなら、行きなさいよ。子供じゃないんだから、一人でも大丈夫でしょう?」


 そう言って、暗闇に消えていく母親の姿を見送って、手のひらの上の少しよれた紙幣を握り締める。

 ……わかっている。何年もの間女手ひとつで育ててくれた大変さは。

 今日は仕事を休んで傍にいてほしい、だなんて、お金を稼げるわけでもない僕が言える立場でもない。

 それでも。


「今日くらい、一緒にいてほしかったなぁ」


 見上げた夜空には、嫌になるほどの星が輝いていて、まるで僕を嘲笑うかのようだった。


 ──翌日。


 見慣れたはずの教室に、何か違和感があった。

 なんだろう。少し眺めて、すぐに答えを出すことができた。

 机が、減っている。

 そうか、あいつらは結局、退学になったのか。

 昨日の話し合いの内容を反芻しながら納得する。

 窓際の一番後ろ、定位置で静かに本を読んでいると、始業ぎりぎりに芹さんが教室に滑り込んできた。


「あ、おはよ。怪我大丈夫なの?」

「おはよう、うん。今日は体育もないし」


 まだ所々痛むけれど、一週間もあれば大方良くなるだろう。

 それよりも、芹さんに会ったら確認したいと思っていたことがひとつあったのだ。


「昨日のタレコミって、芹さんでしょ」

「……よくわかったね」

「あの写真は、屋上のものからだよね」

「そう。そうだよ」

「……でもまさか退学になっちゃうなんて」


 入学金だってかかっているし、授業料も払っているはず。教科書や制服だって、安いものではないのに。

 勿体無いなぁ、そう呟いた僕に、芹さんはぶっきらぼうに言った。


「言ったじゃん。暴力で支配する人間はクズだって。優しすぎるよ。いなくなって良かったくらいに思わないとさ」


 当然のこと、といったように口から出た冷たい言葉に、驚いて芹さんを見たまま絶句する。そんな僕の事は気にせず、彼女は更に続けた。


「ところで、今日はお昼一緒に食べれるんだよね?」

「あ……それは、もちろんだよ」

「そう。良かった」

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