30輪目 カランコエーたくさんの小さな思い出ー
三時間はあっという間に過ぎて、午後八時過ぎ。フロントに戻るエレベーターの中で芹さんは口を開いた。
「どうする? ご飯食べ行く?」
「ん、俺は行けるけど……いいの? 明日から出かけるんじゃ?」
「帰ってから準備するから大丈夫~。萩くんは?」
「あ、僕も行ける、けど……この辺りあんまり何もないよ」
どこへ行こうかと話していると、音が鳴ってエレベーターが止まる。自動で扉が開いて芹さん、藪沢くん、僕の順番でエレベーターを降りた。
「あー、いいものあったの見落としてた!」
藪沢くんが声をあげたので、その方向を見る。そこには、行きでやり過ごしたコスプレ衣装が並んでいた。
「ほんとだぁ、気付かなかった……これとか、萩くん似合いそうだったのに」
ハンガーラックに引っ掛けられた衣装から一着を引っ張り出す芹さん。
その手に握られていたのは、黒地のスカートに、白いフリルのエプロンのついたメイド服だった。
「や、も、もう着ないから……!」
「えー? そう? ちなみにねぇ……」
うーん、と言いながらコスプレ衣装を漁る芹さん。お目当てを見つけた様で、その中からまた一着を取り出した。
「藪沢くんはこれかな」
「……えぇ」
当事者である藪沢くんは、何とも言えぬ微妙な表情でその衣装を眺める。
赤色のふりふりのワンピースに、こちらも白いフリルのエプロンのついた、より可愛い系のメイド服。
これが似合いそうって言われるくらいならまだノーマルメイド服の方が良いや、と芹さんの手の中にある衣装をそっと回収して戻しながら思う。
カラオケで精算を済ませ外に出る。すると目に飛び込んでくる、輝く緑色の看板。
「あっ、サイゼあるじゃん。サイゼにしよう」
「二人ともお昼イタリアンだったのに夜もイタリアンで良いの?」
「あたしは気にしないよ」
「俺も別に気にしない」
二人が良いならと、レストランの扉を開ける。
年末なのにか、年末だからなのかはわからないけれど、店内はそこそこ混み合っていた。
「いらっしゃいませー、三名様ですね。こちらのお席にどうぞ」
案内された席につき、早速メニューを開く。隣に座った芹さんも、僕と同じメニューを覗き込み眺めていた。
「あっ、ピザ食べたい」
「いいね、三人で食べよっか?」
芹さんの提案に藪沢くんが乗って、僕もそれに賛成する。各々注文を決めると、店員の呼び出しボタンを押した。
「あ、そういえば、年賀状書きたいから住所教えて。もう一日には間に合わないけど」
注文が終わり、後は料理を待つだけというタイミングで芹さんはメモ帳とペンを取り出して言った。
「へー、年賀状かぁ。俺も二人には書こうかな。メッセージで住所送って」
「あ、じゃあ僕も年賀状書くね」
芹さんのメモ帳に住所を書き終わってから、藪沢くんとのトーク画面に自分の住所を送る。画面をひとつ戻ると、芹さんと藪沢くんからそれぞれメッセージが送られてきていた。
「……って、あれ? 芹さんと藪沢くんて同じ市内なの?」
「あ、そうそう。実はそうなの」
「まあ最寄駅は違うけど……芹さんの家の方ってあれだよね、高級住宅街だよね」
「いやいや、そんなでもないよ。あ、でも苺花の家は豪邸」
へえ、志木さんの家は豪邸なのか、と全くイメージの付かないおしとやかな姿を頑張って想像しようとする。やっぱり無理だな、と思ったタイミングで、両手にたくさんの料理を載せて店員さんがやってきた。
真ん中に置かれたピザは、二人からの無言の圧力で僕が切ることになったので付属のピザカッターで六等分に切り分けた。
「そういえばさ、三人で遊ぶのって何気に初めて?」
食事を始めた頃、藪沢くんがそう言った。僕は手を止めて、記憶を辿る。隣に座る芹さんも、同じく記憶を辿っているようだ。
「確かに……初めて、かも?」
僕がそう言うと、隣で芹さんも大きく頷いた。
文化祭の準備期間はなんだかんだで良く一緒にいたけれど、三人で外で遊ぶというのはこれまで一度もなかった。
「やっぱそうだよな。またちゃんと予定決めて遊びに行こうよ。部活ある日は無理だけど……」
「うん……あっ、でもバイト先にわざわざ来なくていいから! うちの料理長悪ノリするから」
「えー、似合ってたよ。萩くんあの制服」
「似合ってたとかじゃなくて……仕事してる姿見られるのは恥ずかしいから……」
「まあ、わかるわかる。あたしもやだもん」
「制服といえばさぁ」
藪沢くんが何かを思い出したように口を開く。
「芹さんのあのステージ衣装って手作り?」
一瞬なんの話をしているのだろう? と思ったけれど、すぐに察しがつく。
文化祭の時の、あのバンドの黒い衣装のことだろう。黒の長めのスカートに、水色のひらひらと揺れる布があしらわれたもの。芹さんが動くたび水色が綺麗にはためいていたなぁ、と、もう三、四ヶ月も前になる光景を思い出す。
「そうだよ。陽舞──ベースの子の手作り。なんで?」
「うちの姉ちゃんも見てたらしくてさ、もう、衣装大絶賛してた。アパレル系の仕事してるからそういうのに興味あるみたい」
「へー、そうなんだ。手芸部の方でも展示してたけどそれは見たのかな?」
陽舞さん、手芸部──僕は、あの日見た水色のビーズが散りばめられたひときわ豪華な展示のウェディングドレスを思い出す。ベースの子というと、不安げな表情とは裏腹に演奏は力強かった、長い髪の毛を二つに纏めていた子だ。
「あっ、あのウェディングドレスの人?」
「そうそう、よく覚えてるね。実は陽舞、あたしの幼なじみなんだよね」
「へえぇ、芹さんがバンド始めたきっかけとか聞いてもいい?」
「良いけど、そんなにたいした話じゃないよ? 苺花がメンバー募集してたバンドに陽舞が入ってみたいって言って、あたしはその付き添いみたいな感じで」
芹さんの回答に、へぇ、と頭の中で返事をする。
なんとなく、付き添いで入ったというのが意外な気がした。半年とちょっと一緒にいても、知らないことがたくさんあるのだと思い知らされる。
けれどこれから先、もっと二人のことを理解できるようになるのだろうか──僕は、まだ見ぬ未来の出来事に心躍らせていた。
*
「んじゃ、今日はありがとう。また学校で!」
お店に入ってから、知らぬ間にだいぶ時間が経っていたらしい。
高校生という立場上、夜遅くまで外を出歩いているのは宜しくない。というより、条例がそれを許さない。名残惜しさを感じつつも、今日はお開きにすることになった。
藪沢くんと芹さんは同じ電車なので、その後ろ姿を見送って、ちょうど来た電車に乗り込み丁度空いていた席へと座る。
……もうすぐ、今年も終わりか。
なんだか色々あった気がする、と行く年に想いを馳せながら窓の外へと視線を向ける。
まあでも、今までで一番楽しかった一年かもしれない。
来年も今年と同じように楽しくあればいいと、そう願いながら家への道を急いだ。




