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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
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28輪目 ノースボールー冬の足音ー

 生徒会長が誰になったからと言って、基本的に一般生徒である僕たちには関係がない。文化祭で色々あった反動もありここ最近の生活がやたらと穏やかに感じる。 


 そんな僕の学校生活は明日から──冬休みだ。


 受け取った通知表を眺めながら、担任からの連絡事項を聞く。

 あぁそういえば。夏休みに入る前の最後の登校日は芹さんと二人でご飯食べに行ったっけ、と隣で同じように通知表を眺める芹さんをちらりと見る。


「ん? なに?」


 すぐに視線に気付いたらしい芹さんはこちらを見て首を傾げた。


「えっと、ご飯行かない? みたいな」

「そっちから誘ってくるの珍しいね……でもごめん、今日これからバイトで」

「そっか、頑張ってね」


 ……それならば仕方がない、このまままっすぐ帰ろう。若干落胆しながら、全ての項目に目を通し終わった、特に面白みのない通知表を閉じた。



 駅までの道のり。いつもより歩くのが遅いのはきっと気のせいではないだろう。芹さんの歩くペースに合わせながら隣を歩く。

 ブルーとグレーのチェックのマフラーに、紺のダッフルコート。冬の装いの芹さんはこちらを見て言った。


「冬休みどっか行くの?」

「いや、行かないと思う……芹さんは?」

「年末年始だけ帰省、かな……」


 伏せられた瞳に、色々と深読みをしそうになるのをぐっと堪えて明るく努めて話を続ける。


「バイトも結構入れてる?」

「うん。クリスマスは繁忙期だからね」

「ピザ屋だっけ? 忙しそうだね」

「めっちゃ忙しいらしいー。不安だなぁ」


 そう言って、眉を下げて笑う芹さん。


「萩くんもバイト結構入れてるでしょ?」

「うん。あ、でもクリスマス終わったら営業時間も短くなるから……」

「そうなんだ、個人店だもんね……まぁ、次会うのは始業式かな」


 駅が見えてきた頃、芹さんは流れるような動作で定期を取り出して、道から続く位置に設置された改札口にそれをかざす。

 僕もそれに続いて改札を抜けた。


「じゃあ、またね」

「あっ、うん。良い年を」

「そうだね。良いお年を!」


 別れ際に笑顔を見せた芹さんは名残惜しい様な目線を送りながらも、ホームに入ってきた電車にそのまま乗り込んだ。

 その電車を見送って、階段をのぼる。


「帰省、かぁ……」


 電車が来るまであと五分程。僕は冬空を見上げて息を吐いた。白い吐息は少し昇って、空中に消えていく。

 これまで特に気にしたことはなかったけれど、親がいて、その親──つまり祖父母がいてみんなはその人達と交流があるのが当たり前なのかな。

 そんなことを思いながら、記憶を遡る。そういえば僕は、母親以外の家族の存在を知らないし、聞いたこともないかも知れない。


 学校から一時間半程かけて家へとたどり着く。

 決して新しくないこのアパートは、お世辞にも暖かいとは言い辛く、誰もいない時間が続くと外気温とそう大差ない室温になってしまう。

 リビングのエアコンを付けて、ダイニングテーブルにコートを着たまま突っ伏して考える。


 この家が、もう少し暖かかったなら。家族の形が、もう少し健全だったのなら。僕はもう少し、違う人生を歩んでいたのだろうか。


 あぁでも。


「芹さんはあんまり帰省楽しみじゃなさそうだったな……」


 ため息をついて、目を閉じる。

 終わったばかりだけれど早く学校、始まらないかなぁ。そんなことを、思っていた。



 冬休みに入るとすぐに冬の一大イベント──クリスマスがやってくる。華やかなイルミネーション、いつも以上に賑わう街。そんないつもよりも浮かれた世界を横目に僕のクリスマスは慌ただしく過ぎていった。例に漏れず僕のバイト先のレストランも忙しさは普段の倍以上。その代わり、賄いの豪華さも倍以上だった。

 クリスマスの盛り上がりを若干残したまま、年内の最終営業に向けて徐々に縮小していく日々の営業。朝から働き、夕方にバイトが終わる生活に馴染んできたころ、一本の着信が入った。

 家で机に向かって宿題を片付けていた僕はその手を止めて、電話を取る。


「……藪沢くん?」

「おー! いま大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

「明日って暇?」


 随分急だなぁ、と思いつつもスケジュールを確認する。明日は二十九日。


「えーっと、十五時までバイトだからその後なら」

「お! おっけ、じゃあまた明日連絡するわ~」


 一方的に予定だけ聞かれて一方的に切られた電話。一体なんの用事だったのだろうか、と僕は首を傾げて携帯を机の上に戻す。

 宿題を再開しようと思ったけれど、電話というワンクッションを挟みすっかり切れた集中力ではそれは叶わず、ベッドの上に寝転がった。


 そして──翌日。

 結局藪沢くんから連絡来てないなあと思いながらも、いつものようにキッチンで注文を捌いていた僕に料理長は言った。


「その──十番卓の注文、持って行ってもらってもええか?」

「え、僕がですか?」

「おん」

「……わかりました」


 ホールが回っていないのかな? とも思ったけれど、今日のシフトと客数を考えたらそれはないだろう。

 なんでだろうと思いつつ、注文のパスタ二皿を作り終えて、それをそのまま持って出る。


「お待たせいたしました……って、えっ!?」


 皿を置こうと顔をあげてお客さんを確認すると、そこには見慣れた顔が二つ。


「おっ、店員さ~ん。ちゃんと料理の説明して?」

「コック服良く似合ってるよ。……萩くんっ」


 携帯を取り出してこちらに向ける藪沢くんと、そんな彼に身を乗り出した姿で「後でその写真送ってっ」と言う芹さん。


「……なんでいるの……?」

「えー? 今日遊び行こーって思って電話かけたらバイトっていうから。じゃあ芹さん誘って食べに来ようかな的なね?」

「あぁ……そうなんだ……」


 ……何故そこで"じゃあ"になるのだろうか。

 言いたいことはあったけれど、今仕事中だということを思い出した僕は息を大きく静かに吸って仕切りなおす。


「……こちら、ほうれん草のクリームパスタと、自家製ミートソースパスタでございます」


 クリームパスタは芹さんに、ミートソースは藪沢くんに。


「おっ、ありがと。じゃあ、また後で!」


 藪沢くんはそう言って手をひらりと振る。

 芹さんはのんびりとフォークを取り出しパスタを突きはじめていた。


「うん、また後でね……」


 キッチンに戻ると、料理長がにやにやとした顔をこちらに向けてくる。


「友達やんなぁ?」

「……よく覚えてますね、そうですよ」

「んじゃ、これ頼むわ」


 渡された注文を確認して、調理に取り掛かる。

 これ絶対、後でネタにされるよなぁ……と大きくため息をついた。

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