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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
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27輪目 ワレモコウーもの思いー

「文化祭も体育祭も終わったから毎日暇だよな」


 僕の前の席の椅子を借りて、僕の机に頬杖をついた藪沢くんは、大袈裟にため息をついて見せた。


「ね、行事続きだったからちょっと暇に感じちゃうよね」

「いや……萩は体育祭全然キョーミなかったろ」

「えっ?  別に……そんなことないよ!?」

「俺がさ、クラス対抗リレーで走ってる時芹さんとアイス食べてたの知ってるからな!?」

「えっ、いや……ゴールする瞬間はちゃんと見てたから」


 目の前に座る藪沢くんという運動の神に愛された男──彼は、体育祭で大活躍だった。

 出場競技では全て一位、クラス対抗リレーではアンカーを務めて優勝こそ逃したものの前を走る上級生を次々抜いていき、結果は準優勝。

 "その他大勢"を甘んじて受け入れて玉入れくらいしか参加していない僕とは大違いだ。

 ……ただまあ、暑さに耐えかねてアイスを食べながらのんびり見ていたのも事実なのでそこは少し申し訳なく思うけれど。


「……しかしあれだな、飽きないもんだな」


 藪沢くんは頬杖をついたまま教室の入り口に視線を向ける。そこには、まだリュックを背負ったままの芹さんがいて、クラスの女子生徒に囲まれていた。その顔は少し困っているようにも見える。


「うーん、ね」


 芹さんは、文化祭のステージでの演奏と藪沢くんには劣るものの体育祭で意外な運動能力を見せつけて以来、クラスでまあまあ目立つ存在になってしまった。"なってしまった"と表現したのは本人がそれをあまり望んでいないようだったからだ。


「飽きたら静かになるでしょーって芹さんは言ってるけど」

「しばらくこの調子っぽそうだよなぁ。あっ、チャイム」


 始業の鐘が鳴って、藪沢くんは席へと戻り、芹さんはようやく自分の席に荷物を下ろす。


「芹さんおはよう」

「うん、おはよ」


 朝のホームルームを聞きながらリュックの荷物を出す芹さんが静かにため息をついたのを僕は見逃さなかった。けれど、芹さんが人に囲まれているのは別に悪いことだとも思わなくて、むしろ、いい傾向なんじゃないかとすら思っていた。

 望まない形で、一人になっていた過去があるのならば尚更。僕は、文化祭の終わりに志木さんと話したことを思い出していた。



 ──昼休み。

 いつものように屋上でご飯を食べている時に芹さんが独り言のように呟いた。


「この時間が一番落ち着くなぁ」

「芹さん最近人気者だもんね」

「全然嬉しくない。カラオケめっちゃ誘われるけど、良く知らない人とは行けないもん」

「……じゃあさ、後悔してるの?」


 もしかしたら若干意地悪な質問だったかも、と頭の片隅で思う。それでも何も言わなかったのは、芹さんが真剣な顔で考えていたからだ。

 芹さんはフェンスに寄っかかったまま僕の方を見て答える。


「してないよ、後悔」


 その瞳は迷いなく力強い。だから僕も安心して話を続けた。


「……また見たいな、芹さん達のステージ。無理に答えなくてもいいんだけどさ、なんで辞めちゃったの? あんなに、すごいのに……」

「……まぁ、教えてもいいけど。そんな大した話じゃないよ」


 そう前置きして、芹さんはゆっくりと口を開いた。案外あっさりとその理由が聞き出せたことに僕は内心驚いていた。


「苺花が言った通り、あたし達のバンドはそれなりに人気で……校内では目立つ存在だったの。でも……いや、だからかな。ちょっと面倒ごとが起きて」

「面倒ごと?」

「そう、それはちょっと……端折るけど……まあそういう訳で、高校入ったらバンドは辞めて静かに過ごそうってもともと決めてたから」


 面倒ごと、とはぐらかされた、話の根底にあるであろう出来事。その辺りには柳先輩が絡んでいると勝手に思っているけれど、あの人がそんな面倒ごとを起こしたりするのだろうか。……芹さんを学校に行けなくするほどの。

 考えこんで一言も発さない僕を芹さんは何も言わずにじっと見つめて、そしてフォローするように言った。


「そんな、気にしなくて良いって。気に入ってるんだよ? なんていうか生徒Aみたいな生活? 学校来て、バイトして、たまに遊んでっていうの」


 生徒Aか。僕にとってはそんな、モブみたいな枠には当てはまらないのだけれど。

 だって、こんなに気になるのに。僕は、話の流れでずっと気になっていたことを口にした。


「あ、あのさ……」

「うん?」

「柳先輩と芹さんって、どういう繋がりなの……?」


 芹さんが一番最初に言った"よく知らないから"っていうのはもう流石に無理がある気がする。

 僕の放った質問で凍りついた芹さんの表情を見て、あぁこれは駄目な質問だったかも、と胃の辺りが冷たくなる。……僕だって、言いたくないことの一つや二つ──いや、それでは収まらないくらいあるのに。


「あ、ごめん。他意はなくて純粋な疑問だったんだけど……」


 言わなくてもいい、と僕が言うよりも早く、芹さんは答えた。


「元彼だよ」

「え?」

「昔……って程じゃないか。付き合ってた、柳先輩と」

「えぇ!?」


 思いもよらぬ回答に思わず大声が出て、自分でもびっくりして口を押さえる。

 元彼? 付き合ってた?


「誰かになにか聞いたの?」

「聞いた訳じゃないけど、ここ最近の……なんかこう色々」

「あー、まあ、そうだね」


 芹さんは、自らの口の前で軽く指を絡め、念を押すように言った。


「でも、もうなんの関係もないから。ほんとに」

「あ、うん……」


 僕がそう言うと、芹さんは携帯で時間を確認して立ち上がる。


「そろそろ行こっか」

「もうそんな時間?」

「お昼休み短いよねー」


 僕が立ち上がるのを待って、歩き出す芹さん。

 校内に戻る直前、なんとなく空を見上げると、どこか憂いを帯びた高い秋空が広がっていた。



 ──この人と、付き合ってた、か。


 秋はなんだかんだと行事が多い。十月の中旬の体育館。ステージの上で堂々たる姿で演説をする新生徒会長こと柳先輩を見ながら思う。

 今日は、新生徒会メンバーのお披露目の日だった。僕らの学校では、生徒からの立候補で募り、対抗がいなければそのままその人に決定となる。立候補の結果は随時更新されていくので対抗が出ることはあまりないみたいだけれど。

 ……というわけで今年も、立候補で集まった五人が生徒会役員になるらしい。


 人が集まっていても冷え切った床からの冷気は避けられない。底冷えしてきた身体を縮こまらせながらも視線は壇上へと送る。人によって評価の違う、いまいち正体の掴めない彼はどれが本当の姿なのだろう。

 そして、あくまでも噂によると──モテる、けど今は彼女はいなくてそして、過去に付き合っていた人との後ろ暗い噂があるらしい。


 けれど。


 彼はきっと多くの人に望まれて好かれているのだろう。

 柳先輩の演説に対して割れんばかりに響く拍手。

 それがそう、物語っていた。

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