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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
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25輪目 モンステラーうれしい便りー

「はあ、変に疲れた……」


 微妙に荷物になるサイズの銀のトロフィーを抱えて教室へ戻る。時刻は十七時を迎えようとしているところだった。二日間にも渡る文化祭も、そろそろ終了だ。


「おっ、ききょうちゃんおかえり~」


 教室の前で芹さんと談笑していた藪沢くんがこちらに気付いてひららと手を振る。

 それに反応した芹さんも、こちらを見てニヤニヤとした表情を浮かべた。


「おかえり、ききょうちゃんっ」


 藪沢くんに悪乗りした、語尾に音符がつきそうなほど楽しげなその声に反論する気も起きない。

 楽しんでくれたなら良かったよ──と、どこか投げやりに考えて笑いかける。


「メイクとか全部落としちゃったん? もったいない……」


 藪沢くんが僕の顔を覗き込んで言う。


「もったいないって……流石にあのまま後夜祭は行けないからね」

「えー、もったいない。あっ、でも髪のカールはそのままだね。可愛いねききょうちゃん」


 藪沢くんに便乗した芹さんも僕の顔を覗き込んでそう言った。

 二人の眼はまるで、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように輝いていた。なんでこんな時だけこの二人息ぴったりなんだろう。なんとかして話題を逸らさなければ、このまま一生遊ばれる……! 何か話題はないかと思考を巡らせて僕は、芹さんに伝え忘れていることがあると気がつく。


「あっ、そうだ芹さん。ステージ見たよ。なんていうか……語彙力ないから大したこと言えないんだけど……かっこよかった」

「……え? なに、急に。うん。ありがと」


 芹さんは、褒めると照れ隠しにそっぽ向く。それはここ最近で気付いたこと。その様子が面白くて、僕は続けて話す。歌声が好きだとか、ステージに立つ姿が良かったとか思いつく限りの褒め言葉を。


「も、いいよ。わかったから……」


 芹さんが僕の腕を軽く叩いて来たので、それを合図に口を閉じる。口元に手の甲を当てて斜め下を見る芹さんの頬は、微かに紅潮していた。

 その様子を見ていた藪沢くんは「はー、お腹いっぱい」と呟いて「見せつけられたなぁ」と続けた。


「え、あの後なんか食べたの?」

「そうじゃねぇよ……。まあ、強いて言うなら甘いものかな」

「ふーん?」


 そうこうしているうちに、文化祭の終わりを知らせる放送がかかる。


「あ、やべっ、俺ちょっと実行委員会の方行かなきゃ」

「大変だね、いってらっしゃい」


 藪沢くんを送り出して教室へ入る。既に客払いの済んだ教室ではのんびりと片付けが進められていた。僕と芹さんはその輪に加わり、思い出話に花を咲かせながら後夜祭までの一時間を待った。



 日が傾き始め、昼よりは涼しいグラウンドで後夜祭が始まった。グラウンド中央に設けられたステージ。十五時から急ピッチで準備されたその簡素なステージの上では、司会役の生徒が軽快なトークで場を盛り上げていく。


「じゃあ次はお待ちかね! 各グランプリの発表です!」


 地響きを感じるほどに盛り上がる場の空気。


「……グランプリ?」


 ポロリ、と呟いただけの言葉を芹さんは聞き逃さずに拾ったらしい。


「知らないの?」


 隣でステージを眺める芹さんはちらりと僕を見てそしてまた前を向いて言った。


「お客さん用のパンフレットには投票用紙がついてて、どこのクラスが良かった~って投票できるんだよ」

「へぇー」


 それを急いで集計しなきゃいけない文化祭実行委員も大変だな、と他人事のように考えて僕もステージの方を見る。


「まずは──」


 装飾、衣装、演劇の部──と次々発表が進んでいく。

 ちなみに、呼ばれたクラスにトロフィーを手渡しているのは藪沢くん。人気あるらしいもんなぁ、とその配役に納得する。


「続いて食堂の部! これはね、なんと一年生のクラスですよ」


 司会のその言葉にざわつくグラウンド。


「食堂の部グランプリは……一年三組!」


 うちのクラスからあがる歓声、ステージの上からこちらを見て笑顔を見せる藪沢くん。


「……行っておいでよ」


 芹さんや、近くにいた他のクラスメイトにも背中を押されて、ステージへとあがる。


「おっ、萩が来るんだぁ。なんか嬉しいなぁ」

「……嬉しい?」

「だって、萩が中心になって作ってくれたレシピじゃん」


 藪沢くんの手からトロフィーを受け取って、お礼を言う。先程貰った銀のトロフィーよりも、ずっと重みを感じた。


「あ、そこのマイクで一言言ってから降りて」


 指差された先のスタンドマイク。何も考えずに来てしまったから、何も喋ることなんて用意してないけれど。指示に従い、とりあえずマイクの前に立つ。全校生徒からの視線に胃が握られたような感覚がする。煩い心臓をなんとか抑え、僕は緊張混じりにマイクに向かって言った。


「グランプリに選ばれて、嬉しいです!」


 僕の気持ちは、ただそれだけだ。

 僕のたったの一言で歓声があがる。ステージを降りて元の場所に戻ろうと人混みを歩いていると、同級生、上級生関係なく温かい労いの言葉、それから、少々荒い激励を受けた。やっとの思いで自分のクラスの人たちと合流すると、そこでも激励の嵐だった。

 人に囲まれながら僕は──これまでない程の多福感と、それから、未来に繋がる可能性のようなものを感じていた。

 グランプリの発表がすべて終わると、次は、軽音部によるライブ。代表の一バンドが文化祭を締めくくるにふさわしい演奏で場を盛り上げる。

 そして最後には秋の夜空に文化祭の終わりを告げる花火が打ち上げられた。キラキラと輝きながら散るその花は、準備からこれまでの思い出みたいだと、そう思った。



 文化祭の振替休日を挟んで、久しぶりの通常日課。今日から元の生活になるのかと、あの喧騒を懐かしく思いつつベッドから身体を起こす。

 布団から起き上がりいつものように簡単な朝食を済ませて、そしていつもよりも少し早めに家を出た。

 駅までの道を歩きながら文化祭の思い出を反芻する。


 今日の足取りも軽い。


 そっか、僕はいま、学校を楽しいところだと思っているんだ。それは、この上なく幸せなことだ。

 教室に入ると、装飾品は全て剥がされ、いつも通りの風景が広がっていた。けれど、今まではなかったトロフィーが代わりに追加された。

 別に一番を狙っていたわけじゃない、けれど、やっぱり嬉しいものだなあとぼんやりと見つめながら思う。

 そんな穏やかで静かなひと時を壊すように、まだ人もまばらな教室に大声で僕を呼ぶ声が響いた。


「なずなの彼氏さーん!!」

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