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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
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3輪目 シバザクラー臆病な心ー

 約一週間のゴールデンウィークが終わり、久しぶりの登校日。門から校舎へ続く道を歩く僕の肩を、背後から誰かが叩いた。


「おはよ」


 ブレザーの下に着こまれたパーカーが覆う手のひらをこちらに向けながら挨拶をするその人──芹さんに僕も挨拶をする。


「芹さん、おはよう。今日は早いんだね」

「時間感覚忘れてて早く着いちゃった」


 入学当初こそ早めに登校していた芹さんは、日に日に登校時間が遅くなり今ではもう始業の五分前に来るのがデフォルトになっていた。曰く、来ても別にやることがないから。僕はといえば、家が遠いので電車が遅れることを考慮して、早めに家を出ている。幸か不幸か、電車が遅れたことはないのだけれど。なので、朝登校してからホームルームが始まるまでの時間は、読書の時間か、予習の時間になっている。

 僕らの通う高校は、駅から門までは近いけれど、門から昇降口までは少し距離がある。その間他愛のない会話をしながらパンジーの花が咲く花壇の横を一緒に歩いた。

 僕らのクラスである一年三組の教室につくと、いつもと空気が違うのを肌で感じる。その渦中にいるのは、いましがた登校したばかりの、僕と芹さん?

 ……なんとなく、嫌な予感がする。

 その直感は的中し、入口でたむろしていた、クラスの不良グループに絡まれた。


「なあ、お前らいつから付き合ってたんだよ?」

「……なんの話?」


 芹さんをかばうようにして、一歩踏み出す。

 冷静を装いながらも心臓は煩い程に高鳴っていた。震えそうになる下唇をぐっと噛んで、相手の言葉を待つ。


「俺ら見たんだよ、お前らがゴールデンウィーク中に一緒に歩いてんの」

「デートってやつですかぁ?」


 ゲラゲラと笑う不良たち、と、遠巻きにその様子を安全なところから窺うクラスメイト達。

 その、逃げ場のない状況に、いつかの悪夢が蘇り、ヒュッと喉が鳴るのを感じる。辛うじて平気だったのは、僕の後ろにいる芹さんの存在のお陰だろう。


「んで、どこまでヤったのぉ? 最後までぇ?」


 顔に血がのぼるのを感じた。

 言い返したいのに、言い返せない。

 噛み締めた唇は微かに震えるだけで、ひとつの言葉も出てこない。


「あほらし。それだけでなんで付き合ってるになんの?」


 後ろから放たれた言葉。

 いつもよりも幾分冷たいトーンのその声は僕の背後にいる芹さんから放たれたものだった。

 まさか、言い返されると思っていなかったのか不良グループは言葉を詰まらせたようだった。……それも、女子から。

 凍り付いた空気に、恐れることなく追撃する芹さん。


「別に、たまたま会っただけだし」


 心底くだらない。そう吐き捨てるようにして芹さんは不良の間をすり抜けて席に着いた。

 教室に、重たい空気が流れる。それからしばらくは、誰も何も言わなかったけれど徐々に空気が解けていって、数分もすればいつもの様子に戻っていった。


 僕以外は。


「……うっぜぇな、覚えとけよ」


 不良のリーダー格の男子生徒が僕の耳元で呟いた。

 嫌な汗が頬を伝う。

 今日──いや、これからの学校生活の終わりを確信したその瞬間に始業のチャイムが鳴った。担任が教室に向かってくるのが見えて若干安堵した僕を奴らは絶望に叩き落とす。席に着こうと足を踏み出した僕を引き留めて。


「昼休み遊ぼうぜ?」


 凍り付きそうな心臓を宥めながらふらふらと席に着く。隣の席の芹さんが僕の顔を覗き込んだ。


「……顔色悪いけど。大丈夫? なんか言われた?」

「や、うん。大丈夫だから」


 顔を両手で覆い隠すようにしてなんとか平静を装う。


「……そう?」


 彼女はそれ以上追及せずに前を向くと、両手で頬杖をついて担任の話を聞いていた。



 四限目の授業が終わる時間になり、チャイムが鳴る。

 いつもなら楽しみなはずの、四限目の終了と昼休みの開始を知らせる鐘も今日だけは──いや、もしかしたらこれからは悪夢の始まりになるのかもしれない。

 周りのクラスメイト達がお弁当を広げるのを横目に半ば引きずられるようにして体育館裏へと連れていかれる。

 芹さんのことは先に屋上へ行かせたから、彼女に危害が加わることはないだろう。

 密かに様子を盗み見ていたクラスメイトの一人と目が合う。

 そっと外される視線。……やっぱり、こういう時は誰も助けてなんてくれないものなのだ──。


「何して遊ぶぅ?」

「やっぱあれじゃね?」


 僕よりも体格の良い男子が僕の肩をポンポンと叩く。

 その数秒後、右頬に強い衝撃と、痛みが走った。

 それに耐え切れなかった僕の身体は吹き飛ばされ地面に転がされる。

 口の中を切ってしまったのだろう、じわりと広がる鉄の味。お昼ご飯にするにはあまりにも血なまぐさい。それを地面に吐き出す今の僕はさぞかし、みっともなく見えているのであろう。

 前髪をぐっと掴まれて目が合う。何かを言われて、無理やり立たされる。

 ……その後の事はあまり覚えていない。抵抗することも出来ずただされるがままにされていた。

 永遠とも思えた昼休みが終わるチャイムが鳴る。

 身体中痛いし、動く気にもなれない。砂で汚れるのも構わず寝転がって空を見上げる。

 滅多に人の来ない体育館裏。

 しばらく誰にも見つからないだろう。もういっそ寝てしまおうか。

 そう思った僕の視界に映る人影。少し視線を逸らすと、逆光でも誰だかわかる見慣れた姿がそこにあった。


「──芹さん……?」


 彼女は僕の頭の近くにしゃがみこむと僕の前髪を流した。


「ボロボロじゃん」

「……そうだよ、なにもできなかったの」

「……うん、見てた。でもまあ、手を出さなかったのは偉いよ」


 芹さんは立ち上がって僕の腕を引いた。それに身を預けて立ち上がる。

 傷も痛いし、同級生の女の子にこんな姿を見られるのは心が痛いし、なんかもう本当にボロボロだ。


「大丈夫? 歩ける? 保健室行こ」

「……一人で行くからいいよ、授業行きなよ」

「気分じゃないからサボる」


 向かい合った芹さんの表情から感情を読み取ることが出来ずにいる僕は、ぽつりと言葉を零した。


「……強く、なりたいなぁ」

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