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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
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23輪目 サワギキョウー特異な才能ー

 藪沢くんに連れられて本日二度目の昼食である、夏野菜カレーを食べに来た僕。昼過ぎだったからか比較的スムーズに案内された。

 少しの待ち時間で運ばれてきた中辛のカレーには、玉ねぎと豚肉が煮込まれていて、その上にはグリルされたにんじん、かぼちゃ、パプリカ、ナスが彩りよく飾られていて夏野菜の存在を惜しむことなくアピールしていた。


「あっ、そういえばさ」

「ん?」

「柳先輩の噂で一個思い出したやつがあって」


 藪沢くんは本人がいないことを確認するように辺りを見渡してから、少し身を乗り出して言った。


「一年の時付き合ってた人が、自殺未遂の末に退学してるらしいよっていう部活の奴からの情報が」


 ……思っていたより中々強烈なエピソード。ただただ絶句するしかない僕に対して藪沢くんは畳み掛ける。


「当時は妊娠させたとかなんとか噂になってたらしいけど結局真相はわからないままなんだってさ」

「え、えぇー……」


 住んでる世界違いすぎない? と若干引いている僕を横目に藪沢くんはカレーを食べ進める。確かに、深く考えても仕方がないけれど。本人が何も言わないのなら僕たちは憶測でしか事実を推し量れないのだから。

 藪沢くんに倣い、持ったまま止まっていたスプーンを動かして、既に満腹に近い胃の中にカレーを収めていく。



「う、苦し……」

「美味しかったなー」


 オムライスにカレーを平らげた僕の胃は限界まで詰まっている。……そういえば、タピオカも飲んだんだった。

 隣で満足そうに笑っている藪沢くんに文句を言う気にはなれないけれど。


「そろそろ体育館行くか」

「あ、そうだね」


 時間を確認すると十四時五十分。十分前だから、ちょうど良い時間だろうか。

 体育館の前に着くと、中から歓声が漏れて聞こえていた。引き戸を開けると中は薄暗く、熱気に包まれていて、ステージの上をスポットライトが照らしていた。


「わー、すごい」


 月並みな感想しか言えない僕の肩に手を置いて藪沢くんは言う。


「ちょうど入れ替わりじゃない?」


 ステージの方を見ると、今さっきまで演奏していたであろうバンドが退場するところだった。


 ──ということは。


「あ、ほら! 芹さん達だ」


 前のバンドと入れ替わるようにしてステージにあがる五人。

 それぞれ黒を基調としたベースが同じ衣装を纏い、ひらひらと揺れるチュール素材の生地の色や場所で個性を出していた。その中でも目がいくのはやっぱり芹さんで、ロングスカートに、スカートよりも少し長い水色のチュール素材が動く度に綺麗になびく。


 ステージ中央、スタンドマイクの前に立った芹さんは、ドラムの──志木さんと目を合わせ頷くと、真っ直ぐに前を見据えた。


 志木さんがスティックを三回叩いて四回目でそれを振り下ろす。


 始まった演奏にざわつく観客。この曲なんだっけ、聞いたことあるね、そもそもこのバンド知ってる──?

 その騒めきを貫く様に芹さんの力強い歌声が体育館に響き渡る。

 メロディを聴いて思い出す。あ、僕この曲知ってる。十年くらい前にやってたアニメの主題歌だ──。


「うわ……すご……」


 ぽつり呟いた藪沢くんに反応する気にもならないほどに僕はステージに釘付けになっていた。

 周りもそうらしい。先ほどまで聞こえていた雑談の声はいつしか止んで、ただただステージに夢中になっているようだった。

 サビ前にギターの子とベースの子の歌が入り、更に盛り上げる。 

 ハモリと、裏メロディーもそれぞれが引き立てあっていて素人の僕から見ても完成度の高い楽曲になっていると、そう思った。


 曲は進みラストのサビ前、余韻を残したまま歌声は消えて静かな間奏が響く。

 まず、マイクに声を吹き込んだのはギターの子。次にベース。


 そして──。


 再び芹さんの声が場を支配するように鋭く響く。

 一曲目は、最高潮の盛り上がりの中、印象的なサビのフレーズを繰り返して終わった。

 全ての音が止み、一瞬の沈黙の後に、歓声が沸き起こる。ステージ上の光が消えても、その歓声が消えることはなかった。


「ドラムの苺花」


 芹さんの声がしたと同時にスポットライトが志木さんを照らす。

 短いリズムを楽しそうに叩く志木さんはピンク色が裏にあしらわれた短いマントのような布をはためかせる。


「キーボード、あき」


 重厚な音を鳴らしながら、紫色のロングスカートが優雅に揺れる。それは、ピアノと人物が一体になったように無駄な動きひとつなかった。柴乃さんは、キーボードから指を離すと、客席を見て優しく微笑んだ。


「ギター、椿」


 腰まで届くほどの長い黒髪を揺らしながら迷いのない指の動きでギターの弦を弾く。

 一人だけズボンを履いたその人のロングコートの裏地から見え隠れする赤は、内なる闘志を演出しているようにも見えた。つり目がちのはっきりとした瞳は、強い意志のようなものが宿っている。


「ベース、陽舞」


 色素の薄いツインテールに、膝より上の位置で切られたスカート丈。可愛らしい見た目とは裏腹に、力強いベースの音が鳴り響く。動きのある演奏に、両腰につけられたオレンジ色のリボンが可憐に揺れる。


「みなさんこんにちはー! 盛りがってますかー? 初めまして! ガールズロックバンド、セゾンシャルムです!」


 マイクの主は移って、志木さん。挨拶に共鳴するように沸いた会場に、僕は驚いて肩を震わせる。そして、芹さんの名前は紹介されないのか、と若干がっかりしながらもステージを見守る。


「──と、いう訳で、最後まで盛り上がっていってねー! 次は──……」


 志木さんが曲名を言うと、再び演奏する体制に戻る五人。次の曲も、十年くらい前にやっていたアニメの主題歌。けれどこちらは、男性アーティストが歌う、系統の違うかっこいい系の曲──。


 演奏が始まって重低音が響く。そのイントロの完成度の高さに会場の期待値があがるような空気を感じて、僕も思わず息を呑んだ。


 ──そして、芹さんの歌声がまた響く。

 芹さんは凛とした姿で──いや、芹さんだけじゃない。ステージに立つ全員が凛としてかっこいい。そう思った。


 演奏は、サビに向けて盛り上がりを増していく。

 この場の空気は五人の存在感に染め上げられ、一番最初の若干緩んだような雰囲気はない。

 すごい、みんな"セゾンシャルム"に夢中だ。僕の胸は、興奮か緊張か。うるさい程に高鳴っていた。

 二曲目も終わり、芹さんがマイクに向かって声を吹き込む。その声には、少しの疲れが滲んでいるように聞こえた。僕は、心の中で頑張れとエールを送る。


「最後、聴いてください。オリジナル曲──」


 短い紹介の後、重厚なイントロで始まった曲。

 短いイントロの後に実力をまざまざと見せつけるかのように芹さんの歌が入る。少し弱められた演奏のおかげでその歌声はより一層際立って聴こえた。

 印象的なリズムから始まったその曲は、歌い出しと同じリズムでサビに入る。


 ──僕、これが一番好きかも。


 曲が終わり、この日一番の歓声が体育館を包む。

 五人は最後まで表情を綻ばせることなく、ステージ裏へとはけていった。


「すっご、すごかったな」


 藪沢くんの耳打ちに、頷いて同意する。


「俺芹さんに会いたいから控え室行こーっと、萩も行くよな?」

「あ、うん。終わったら多目的室来てって言われてたから」

「はー、もう既に約束済みかぁ……」


 やれやれ、というような仕草をした藪沢くんとともに体育館を出て、多目的室へと向かおうとした僕を、誰かが後ろから力強く捕まえた。


「っ、う、うわぁっ」

「え、は、萩!?」


 なにが起きたのか理解できなかった僕は、一瞬フリーズして──そして、後ろを振り返った。そこにいたのは、緑のメッシュを入れ、制服を着崩した、恐らく、上級生。見覚えのない顔をまじまじと見つめていると、その人は思い切り叫んだ。


「なあ、こいつはどうだろうか」


 その人の呼びかけに答えたのは──……。


「あ? あぁ、お前か……」

「柳先輩? どうして、ていうか、なにを」


 僕の質問に答えたのは、柳先輩ではなく、僕の背中に張り付いた人物だった。


「キミに頼みたいことがあるんだ」

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