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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
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【藪沢くんとゆうがお①】

「あ、あの……藪沢くんのことが好きです。よければ、付き合ってください」


 入学から二週間ちょっと経った日の、昼休み。俺は、出会って間もない部活のマネージャーから告白を受けていた。

 頭を下げたままの女の子のつむじを見ながら、重い口を開く。


「気持ちは嬉しいんだけど……それには応えられない。ごめんね」


 これまでの経験で培ってきた枕詞を忘れずに付け断りの言葉を告げると、一瞬止まる時。

 ゆっくりと持ち上げられた瞳は、俺の距離からでもわかる程に潤んでいた。


「……っ、そっか……聞いてくれて、ありがとう」


 女の子は、居心地が悪いといったように視線を彷徨わせた後、結局何も言わずに走り去っていってしまった。

 俺は知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出して、校舎に向かって歩き出す。その足取りは重かった。振られる側が辛いのは痛い程にわかる。けれど、振る側もそれなりに辛いわけで。

 普段なら誰かと一緒に過ごす昼休み。だけど今日は、一人になりたい気分だった。

 けれど、学校という集団生活の場で、一人になれるところなどそうありはしない。未だ構造を覚えきれていない校舎内をアテもなく彷徨っていた俺は、よりにもよって今このタイミングで──という人物と遭遇してしまった。


「あっ」

「ん?」


 俺の声に反応して振り向いたその人は、青空を閉じ込めたガラス玉のような瞳を向ける。

 何か言わなくては──そう思った俺の口から出たのは、生徒指導員のような言葉だった。


「……そこ、立入禁止じゃないの?」

「あぁ……まぁ、うん。だから、ナイショね?」


 そう告げてから屋上へと続く鉄扉の向こう側に消えたその姿。肩の上ので切られた、グレーがかった髪の毛が、差し込んだ太陽光に照らされて揺れる光景が、どうにも印象的だった。

 ──髪、長い方が良かったのに。そんなことを思いながら、よりにもよって彼女がその言葉を口にするのかとため息を吐き、俺は昔のことを思い出していた。


 *


 俺には、四歳離れた姉がいる。姉を一言で表すならば、女王様。人使いは荒いし、俺に対して慈悲はない。とはいえ一緒に遊んでくれたことや、親が不在の時に面倒を見てくれたことの恩があるから本当の意味での嫌いにはなれないわけだけれど。

 そんな姉が高校一年生の時、一人の友達を連れてきた。これまでも友達を連れてくることは何度もあったけれど、その人には何故か、今までの人とは違うものを感じていた。

 それは、長いまつ毛に縁取られた、ガラス玉のように澄んでいながらも温かな瞳のせいかもしれないし、年がら年中変な髪色にしている姉とは対照的な綺麗な腰まで届きそうな黒髪のせいかもしれない。

 もしくは、いつも一緒にいるクラスメイト達よりも大人びた仕草と言動のせいかもしれなかった。

 今振り返って客観的に見てみるとそれは多分、一目惚れとかそういうものの類なのだけれど、当時はそれに気付く術もなく。彼女とは二、三回顔を合わせるうちに、友達の弟、姉の友達という関係で仲良くなっていった。


 俺が、そんな姉の友達──"夕香ちゃん"への恋心に気づいたのは、中学二年生の時、泊まりでスキー学習を行う学校行事で、深夜の恋バナに花を咲かせていた時のことだった。


「じゃあ、今から心理テストしまーす」


 会話のピークを終えた消灯時間もとっくに過ぎた日付が変わる直前、会話をしていた五人のうちの一人──松本がそう言った。


「心理テストぉ?」

「そう、今日のために仕入れてきた」


 俺の言葉に対してドヤ顔でそう言った松本は、得意げな様子で高らかに題を出す。


「これから色言ってくから、その色のイメージがあると思う女思い浮かべて。まあ家族でもいいけど、家族じゃない方が面白い、俺が」


 それで、何が分かるのだろう。俺はそう思いながらもしっかりと参加する。

 緑は婆ちゃん、黒は姉ちゃん、青は母ちゃん。なんだか、家族ばっかりだと心の中で苦笑いをする。


「じゃあ最後──赤!」


 赤、と言われ、少し考えてから思い浮かべた人。それは、夕香ちゃんのことだった。


「じゃあ、結果な」


 松本はこのためだけにお題と結果を暗記してきたのだろう。それは、暗闇の中一度もつっかえることなく発表された。


「まず、緑は安心する人、黒は頼りにしてる人、青は信頼してる人……」


 最初は半信半疑だったけれど、いざ結果発表になると一喜一憂する俺たち。そんな俺たちは、最後のお題である赤色の結果を急かす。


「赤色は……恋人にしたい人! なー、みんな、誰だった?」


 それぞれが発表し合うのを俺は、ドキドキしながら聞いていた。みんなが口にした人物は、学年のマドンナだったりもうすでに付き合っている人だったり、若い教師だったり。


「お前は?」

「え、俺?」

「そそ、藪沢の付き合いたい人とかみんな気になるっしょ」

「えー……」


 黙ったままだった俺に振られる会話。暗闇でもわかる程に集めた視線に、しまったと思った。

 今ここではぐらかしたりしても、しらけさせてしまうだろうと判断した俺は素直に口を開く。


「俺、は、姉ちゃんの友達……」


 一瞬の沈黙の後に盛り上がる室内。


「姉ちゃんの友達とかめっちゃ良いじゃん!」

「何歳だっけ?」

「四個上だから、十八歳? いま高三」

「うわ、ませてんな〜……流石藪沢」


 俺の結果発表を皮切りに、違う方向へ盛り上がっていく会話。何故かはわからないけれどみんな、歳上は好きらしい。

 それから一時間ほど経っただろうか。部屋の鍵が開く音がして、遠慮なしに扉が開かれる。


「やべっ……」


 誰かがそう呟いて、俺たちは一斉に寝たふりをした。


「お前ら、寝たふりしたって無駄だぞ! 外まで声聞こえてんだからな」

「げー……欠陥構築じゃないスか」


 寝たふりを諦めて抗議の声をあげるのは、先程まで会話の中心だった松本。


「うるさい、お前たちみたいな奴のためにそうなってるんだ。明日の朝、起きて来なかったら置いて行くからな」


 それだけ言うと、ネチネチとした小言もなく部屋を出て行く体育教師。

 俺たちは誰が決めたわけでもなく寝る体制に入る。盛り上がっていたとはいえ、眠たくはあったのか一人、また一人と眠りについていく同室のメンバー。

 同級生たちの寝息を聞きながら俺は一人、眠れないままでいた。


 *


「ふぁ、ねむ……」


 いつもよりも随分少ない睡眠時間でスッキリしない頭。

 今日のスケジュールは、朝ごはんを食べた後バスでゲレンデへ向かい、夕方暗くなる前の時間までスキー学習。帰宅は明日。

 同室の奴らと身支度を終え食堂に向かうと、すでに結構な人数が集まっていた。俺たちが空いていたテーブルを見つけ座ると、体育教師が俺たちの元へとやってきた。


「お、お前らちゃんと起きてきたんだな」

「当たり前ですよ!」


 体育教師と友人が戯れているのを横目で見ながら、何度目かのあくびをする。そんな俺の様子を見た教師は、俺のことを心配そうに覗き込んだ。


「藪沢お前、随分眠そうだけど大丈夫か?」

「あ……全然平気です」

「まあ、無理はすんなよ。お前に怪我されたら、サッカー部が弱小になる」

「俺のこと心配してるんじゃないんですね?」


 先生とふざけていた間に、食事の準備が済んだらしい。朝食は、ビュッフェ形式で行われる。

 連絡事項を簡単に伝えられてから始まる食事の時間。

 俺たちのテーブルは、昨日の話の続きで盛り上がっていた。


「で、実際藪沢の好きな人って可愛いの?」

「あーどうだろ?」

「この学年だと誰似?」


 そう聞かれて俺は、辺りを見渡す。しかし、似ている人物はいなさそうだった。


「んーいない、かな」

「ちぇー」


 その後はその話が蒸し返されることなく、無事に二泊三日のスキー学習は終わった。

 俺は、思い出話で盛りあがる帰りのバスの中でお土産に買った鈴のキーホルダーを握りしめながら、これをあげる時夕香ちゃんになんて言おうか──なんて、そんなことを考えていた。

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