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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
17/161

16輪目 ヒペリカムー悲しみは続かないー

「よしっ、やるか」


 三人とも昼ごはんを食べ終えたタイミングで藪沢くんが立ちあがりそう言った。


「とりあえずこっちの無事な半分はこのまま使って、汚したところだけやり直すか」


 そう言ってからひとつ伸びをした藪沢くんに、ふと浮かんだ疑問を述べる。


「……ところで藪沢くん」

「なに?」

「これ、元通り書ける?」

「……」


 汚れた部分は半分ほど。つまりは、半分だけ書き直せばいい、のだけれど……。

 僕の言葉で、藪沢くんの手はぴたりと止まる。彼の表情は「できるわけない」というように引きつっていた。

 二人して目線が芹さんの方に向く。段ボールに貼り付ける為の用紙を切っていた芹さんは、視線に気が付いたようでゆるゆると顔をあげ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「……いや、あたしも絵は描けないけど……ていうか二人とも、美術とってるでしょ?」

「とってるけど、だからって出来るわけじゃないんだよ」


 達観したようにそう返す藪沢くん。完全に詰んだ空気になってしまった僕たちは"誰も絵が描けない問題"からとりあえず逃げて、汚れてしまった部分を綺麗な段ボールに貼り替える作業をすることにした。



「よしっ、できた、けど……」

「半分真っ白だからコラ画像みたいになってるね」


 うーん、と考えた藪沢くんは何かを思い付いたようでハッとした顔をすると真正面から僕の肩を掴んだ。


「俺が、模写していくから萩がそれを清書してくれない?」

「え、僕が清書するの?」

「俺がアタリを取るからさ」

「藪沢くんがそういう言うなら……?」


 半信半疑で作業を進めはじめた僕は、藪沢くんの意図がすぐにわかり、その采配力の高さに感心する。

 細かいところを気にせず線を引いて全体を捉えるのがうまい藪沢くんと、細かいところを気にしてしまい正確に捉えられるまでなにも書けない僕。藪沢くんが書いた下書きから清書になる線を取っていくのは、それぞれの特性を活かしたいいアイディアだった。

 僕たちが黙々と作業を進める中、芹さんは窓枠に座り外をぼんやりと眺めたり、細々とした作業を進めたりしていた。喧騒に囲まれていながらも静かなこの時間は嫌いじゃないと、僕はそう思った。



「で、出来た……!」


 あれから何時間経っただろうか。塗る作業には芹さんも加わって完成させたカフェの看板を眺める。

 真上にあった太陽はいつしか傾き、空は真っ赤に染められていた。


「とりあえず俺からみんなに伝えとくわ。二人ともありがとう」


 背伸びしながら写真をとる藪沢くんはほっとしたような表情を浮かべていた。


「でもまあ今日進めるはずだったこととか終わってないからまだ頑張んなくちゃだけど」

「まあでも、なんとかなって良かったじゃない? あたしこれ洗ってくるね」


 筆洗いとバケツを持って教室を出る芹さんの背中を見送って、藪沢くんと二人で教室の片付けを始める。しばらくすると、綺麗になったバケツを持った芹さんが帰ってきて、三人で掃除を終えた。


「あー、腹減った」


 校門を出たところで藪沢くんがぽつりと呟く。


「えっと……ご飯食べに行く?」


 僕がそう提案すると、二人も乗り気なようで、すぐにご飯を食べに行くことが決まった。


「なに食う?」


 藪沢くんの質問に真っ先に反応したのは芹さんだった。


「あたし行きたいとこあるんだけど」

「じゃあそこにするか」

「でも店の名前がわかんないんだよね」


 そう言ってちらりと僕を見上げた芹さんが、なにを言い出すのかを何故か瞬時に悟ってしまった。僕はなんとかやり過ごそうと考える。


「えっと、店名わかんないとちょっとね……?」


 芹さんはしどろもどろになる僕の様子を見てニヤニヤとした笑みを浮かべる。駄目だこれは、悟られたことを見破られた。


「それは大丈夫! あたし、萩くんのバイト先行きたいな」


 満面の笑みでそう言う芹さんに、やっぱりなという気持ちになってそして早々に折れる。嫌だと言っても承諾するまで向こうが折れないと思ったから。


「こっから一時間くらいかかるけど大丈夫?」

「良いよ。藪沢くんは?」

「俺も大丈夫」


 二人にバレないようにため息をつく。……働いているところに突撃されないだけマシなのだろうけれど。



「着いたよ」


 そういえば、いつも裏口から入るから正面から入るのは何気に初めてかもしれない。ドアの取手を握り、それを押すと見慣れた空間が僕らを出迎えた。


「うわすっげおしゃれ……」


 藪沢くんが小さく呟いたのを聞いてなんとなく誇らしい気持ちになる。


「いらっしゃいま──……あ、萩くん」

「お疲れ様です。すみません、三人でお願いします」

「はぁーい、じゃ、この席どうぞ」


 先輩であるホールスタッフに案内されたのは白いテーブルクロスの掛かった丸い四人掛けのテーブル席。

 席についた後も落ち着かないのか藪沢くんはキョロキョロとしていた。中でも、入口から見て一番奥にあるバーカウンターが気になるらしい。


「な、なあ、ここって高校生だけで来ても良いとこなの?」


 小声で周りを気にしながらそう言った藪沢くんの様子に、思わず吹き出す。


「大丈夫だよ」

「はぁー、すごいところで働いてるんだな」


 程なくして先程の先輩が席に水とおしぼりとメニューを持ってきてくれた。


「ここのスタッフとお連れ様にはドリンク一杯サービスしていいってなってるから、ドリンクも決めてから呼んでね」


 芹さんと僕はパスタ、藪沢くんはハンバーグを注文して先にきたドリンクを飲みながら料理の到着を待つ。適当に雑談をしながら待つこと十五分、三人分の料理が運ばれてきた。


「うまっ……」


 付け合わせよりも先にメインを食べる派らしい藪沢くんは、ハンバーグをはふはふと頬張りながら呟く。芹さんは、スープを一口飲んでから、パスタをフォークに器用に巻き付けた。


「んー、パスタも美味しいね。すごいもちもちしてるし、ソースも美味しい」

「……っ、よかったぁ。なんか、安心した」

 

 二人の肯定的な反応に、緊張感が一気に抜けた僕は、ようやくパスタを口へと運ぶ。お客さんとして来たのは初めてだけれど、本当にいいレストランだなあと改めて思った。


「そういえば、萩んちってこの辺なんだよな? 結構遠いけどなんでうちの高校に来たの? やっぱ文化祭見て?」

「いや、まあ……地元から離れたとこに行きたくて。あとは偏差値」


 そう言って藪沢くんの目を見ると何かを察したような顔をして静かに視線を逸らされた。きっと、この間アイスを食べながらした話を思い出したのだろう。


「……ん、そういえばうちの学校って文化祭有名なの?」


 藪沢くんの言葉に引っかかった僕は、そう問いかける。

 すると、藪沢くんは「そんなことも知らないのか」というような顔をして言った。


「まぁそんな有名ってわけじゃないけど……今年の二年生にめっちゃすごい人が居てさ。生徒会副会長で今年の文化祭実行委員長の──(やなぎ) 鳳李(ほうり)先輩って知らない?」

「ごめん知らない……」

「その柳先輩ってさ、すげー人で、去年も文化祭実行委員会だったんだけど、今までのやり方全部ひっくり返して文化祭の──特に、文化部の発表のクオリティを底上げした人なんだよ。文化祭の実行委員の先輩に聞いたんだけど、予算も限られてるし、それぞれで共助できる仕組みにしたんだって。例えば、軽音部と美術部で音響照明をシェアしたりとか」

「へえ……」

「それで、文化祭のステージが去年の受験生の間ではちょっとした話題だったわけ」


 そういえば文化祭のステージにあがるのにバンドのオーディションがあるって芹さんが言ってたっけ。歳も近いのに、すごい人がいるんだなあと思っていると、藪沢くんは芹さんに話を振った。


「あっ、そういえば……芹さんって柴乃さんと中学校一緒じゃなかったっけ。柳先輩のことも知ってる?」


 話を聞きながら黙々とパスタを食べていた芹さんの手が止まる。フォークを皿に置いて一拍置いた芹さんは曖昧に笑いながら答える。


「あぁ、まあ、一緒だったけど、あんまり良く知らないんだよねー……。でも、昔から目立つ人だったよ」

「そう! いい意味で目立つよな。カリスマ性がすごい。あとドラムがめっちゃうまい。ほんと、男から見てかっこいいって感じで」


 藪沢くんは、適当なところで話を切り上げて再びハンバーグを口に運び始める。


 ……柳先輩。


 なんとなく気になるその名前を、僕はグラスの水とともに飲み込んだ。

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