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カップの中

作者: みぶ真也

 その喫茶店を見つけたのは、偶然からだった。

 山奥での特番の撮影が終わり、帰り道でロケバスの中からログハウス風の感じの良い店を見かけたのが最初だった。

 数週間後、一人で近くを通りがかった時、ふと思い出して寄ってみることにした。

 ログハウスの中に手作りらしいテーブルと椅子が並んでいる。

「いらっしゃいませ」

 初老のマスターの落ち着いた声がカウンターから響く。

 席についてコーヒーを頼むと、ほどなくして良い香りが漂ってきた。

「ごゆっくりどうぞ」

 おだやかに言いいつつ、マスターがコーヒーカップをテーブルに差し出す。

 思った通りの雰囲気の店だ。

 カップを取り上げる。

 趣味のいいデザインだ。

 中を覗きこんだ瞬間、思わず息を呑む。

 見たこともない若い女の姿が茶色いコーヒーの表面に映っているのだ。

 周囲を振り返ってみたが、それらしい女性がいるわけではない。

 再び覗き込む。

 カップの中の女性は、こちらをじっと見返していた。

 小泉八雲の「怪談」に“茶碗の中”という話がある。

 謎の男が映った茶碗の中味を飲み干すと、その幽霊が後で出現するというストーリーだ。

 その話を思い出し、気味が悪くなって、そのままコーヒーも飲まずに会計をすませて店を出た。

 さらに次の週。

 前のロケの撮り足しがあり、再び店の近くを帰りに通ることになった。

 食事でもしようというディレクターの提案で、例の喫茶店にクルー全員が入る。

 ぼくは何も食べたくなかったし、コーヒーを飲む気にもならなかったので、ミルクティーをオーダーした。

 皆がカレーライスやサンドイッチを頬張る中で、運ばれてきた紅茶の広めのカップを覗き込むと…

 やっぱり、彼女が映っている。

 そして、同時に…

 BGMが止まり、「不思議ものがたり・みぶ真也の深夜のみぶ」の放送が店中に響き渡った。                          

 ディレクターはじめ、スタッフが顔を見合わせた。

 マスターが何も目に入らぬかのように、カウンターから出てぼくのテーブルに向かいまっすぐに歩いて来る。

「みぶ真也さんですよね」

「は、はい」

「前に来られた時、お声を聞いてすぐにわかりました」

「……」

「今流してるのは、先週ラジオから録音した番組です。娘が大ファンだったもので」

「そうですか。娘さんはどちらに?」

「二週間前、事故で亡くなりました。自分も不思議な体験をして、みぶさんのコーナーで紹介して貰うのが夢だったんです」

「もしかして」

 ぼくは見知らぬ女性が映っているティーカップを差し出した。

「この方が娘さんではありませんか?」

 マスターはカップを覗き込んだかと思うと、目頭に涙を溜め

「そ、そうです。早苗です」

 あとは言葉にならなかった。

「わかりました。このことは、次回の深夜のみぶで必ずご紹介します」

「ありがとうございます」

 マスターはぼくに向かい深々とおじぎをする。

 店内には、先週放送した「西向く人形」という話が流れていた。

 一緒に居るテレビクルーは、皆キョトンとしている。

 ディレクターがこの場面をカメラで撮りたくてうずうずしてるらしいのが判ったが、ぼくは目で制した。

「この紅茶、飲んでも大丈夫でしょうか?」

「ええ、どうぞ」

 マスターに言われたので、ちょっと安心して紅茶を飲もうとミルクを娘さんの映った表面に垂らす。

 娘さんは笑顔になり、ミルクが一瞬「ありがとう」の文字の形になったかと思うと、そのまま彼女と共に茶色い紅茶の中に溶けていった。


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