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まだ遅くない。

 不眠都市ソフィアの大通りは、人混みで溢れていた。


 陽も沈みきった頃だというのに、馬車や商人達は道々を行き交い、酒場の賑わいも収まる気配がない。周囲には魔法でともった灯りが立ち並び、喧噪も昼間と大差なかった。


 いままでの常識なら、魔物が活発化する夜に騒ぐなんてとんでもないタブーだっただろう。

 だが魔物が沈静化しつつある今、夜の脅威に怯える者は一人もいなかった。


 そんな街の通りを、フードを被った一人の少女が抜ける。

 少女は目的の露店につくと、野菜売りの店主に声をかけた。


「……おじさん、トミェットの実二つ」

「おう嬢ちゃん! 最近よぅ来てくれてあんがとな。お礼にガリクの実もサービスするぜ!」

「……どうも。でも遠慮しときます」


 少女の言葉に、大柄な店主は「そうか、ガハハ!」と豪快に笑う。

 そんな彼の大声ですら、今のこの街の喧噪はかき消してしまう。


「……最近、やけに賑やかですね」

「そらそうだ。なんせここ数ヶ月、勇者様の活躍がめざましいからな。もう魔族の輩なんざ怖くねえってな」

「…………そう、ですね」


 長きにわたる人間と魔族の戦い。その歴史に幕が下りようとしている。

 意気揚々と語る店主。しかし対照的に、少女は視線を落とした。


「うん? 素直に喜べねぇ、って顔だな。不満かい? 平和が訪れるのは」

「そ、……そんな、ことは」

「ふふ、まあ気持ちはわかるぜ、嬢ちゃん。そりゃあ元冒険者のあんたにとっちゃ、複雑だろうよ」

「…………」

「冒険者ってのは、魔物を狩ることを生きがいにしてるような生き物だ。なのに狩るべき獲物が突然いなくなったってんじゃ、戸惑うのも無理ねぇ。しかも自分がくすぶってる間に昔の仲間が討伐し尽くしたとなりゃあ、なおさら――」

「いいんです、もう」


 続く言葉を、少女は遮った。

 そして、かつての仲間に突きつけられた事実を、口にする。



「私はあまりに弱くて…………仲間から追い出された身ですから」



「……そっか。実力主義の世界ってのは厳しいんだな」


 この手の話は珍しいものじゃない。

 冒険者にとってパーティの仲間は、自分の命を預ける存在だ。特に荒くれ者の多い冒険者の間では、「邪魔者の追放」が正当化されるのは自然の流れだった。


 だが、店主はあえて明るい口調で続ける。


「まあ、それならそれでやり様はありそうだがな」

「……え?」

「仮に魔王が復活しなくたって、魔物は活動が不活性化するだけで、いなくなるわけじゃねえ。魔物を完全に殲滅するには時間がかかる。資材採取や用心棒の依頼はしばらくなくならないだろうさ」

「…………」

「つまり魔物狩りの需要は健在、ってことだ! 嬢ちゃんの心から闘いの火が消えてねえんなら……今からでも遅くねぇ。冒険者ギルドに再登録するってのもアリなんじゃねえか?」



 ――闘いの火が消えてないなら。

 その言葉を、少女は心の中で反芻する。


 ……せっかく自分の中で整理がついてきたというのに。


 自分が追放されたその日、最後に見た元仲間たちの表情が、脳裏に蘇る。

 自分は、彼らの言葉に従うべきなのだろうか。それとも――


「ところで嬢ちゃんは冒険者時代、どんな職業だったんだ? やっぱ聖女とかか?」

「……魔法戦士でした。一応、仲間を回復する魔法も使えましたが」

「おいおい、随分と万能じゃねえか。そんな優秀な奴が最弱って、嬢ちゃんとこのパーティってめちゃくちゃ強かったんじゃ――」


 そのとき、大通りの先から『ウォォオオオオッ!』と、地鳴りのような歓声が上がった。

 店主と少女が揃って眉根を寄せる。


「なんだぁ? あっちは……大女神広場の方か? 掲示板になにかドデカい情報でも貼られたか?」

「……『ドケチで有名な“あの”マンドラ薬草店、大安売りを始める』、とか?」

「ガハハハ! そりゃあ平穏なこの街にとっちゃでっけぇニュースだな! でもそんなんじゃあそこまで騒がねえだろ。例えばもっと――」


「大ニュース! 大ニュースだぁっ!!」


 と、そこへ痩せ細った青年が一人、店の前に駆け込んできた。

 この店の常連客の一人だ。しかしダクダクと汗を流す必死の形相は、どうみても買い物に来た様子じゃない。


「どうしたヤッさん? そんなに慌てて」

「冒、険者、パーティ、が…………」


 青年は膝に手をつき、言葉と喘鳴を交互に吐き出す。

 そして息が整うやいなや、ガバリと顔を上げ、


「冒険者パーティが、〈魔の四天王〉最後の一人を倒した!!」


「な、なんだとっ!?」

「てことは……」


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 ――ありえない。頭の中で理性が叫んでいる。


 だが少女達の考えを裏切るように、青年は弾けるような笑顔で、告げる。



「魔王の復活は、完全に阻止されたんだ!!」



 その瞬間、店主と少女は広場に向かって走り出した。


「ちょ!? 店主さん、どこへ――」

「ヤッさん、店番頼んだ!」

「そ、そんな無茶な!」


 青年の困惑すら置き去りにして、二人は人混みをかき分けて進む。


 魔王を封印した七柱の女神が力を込めたとされる“封印の碑”。

 その最後の一つが破壊されるよりも先に、魔族側の主犯格――〈魔の四天王〉が全員倒れた。

 それはすなわち、人間と魔族の戦いが、人間側の勝利で決着したことを意味する。


 ――そんな歴史的瞬間を、言伝だけで済ませるワケにいかない。


 せめてその決定的な一報を、自らの眼で確かめなければ。店主と少女の思いは一致していた。


「どけどけぇ! ワシらにも道を開けろぉ!」


 あまりの野次馬の多さに、広場は人間の海と化していた。

 その中を店主が豪腕で無理やり泳いでいく。少女は必死で彼の背中を追った。


 そしてようやく大掲示板の前にたどり着いたとき、少女達の目に飛び込んできたのは、大々的な見出し文。



『勇者バイティス率いるS級冒険者パーティ、魔の四天王〈鋼鎧のサイクロプス〉討伐に成功』



 ――ドクン、と。

 少女の心臓がまた暴れ出す。

 落ち着け、落ち着けと、いくら自分に言い聞かせても、脳を揺さぶる音は静まらない。


『っしゃぁぁああああ! ざまあみろ魔族ども!』

『宴だ! 宴の準備をしろぉっ!』

『勇者様達にカンパーイ!』


 周囲のバカ騒ぎは一向に収まらない。


『うぉぉおおおお! あの〈魔の四天王〉を全員ぶっ潰しちまうなんて、やっぱバイティス様達はスゲェよ! 人間じゃ絶対に勝てないって思ってたのに!』

『だが今回は勇者様達の損害もひどかったらしいぜ。特に〈結界の魔導師〉様なんて、敵の攻撃を受けすぎて瀕死にまで追い込まれたらしい』

『バカ、そこがカッコいいんだろ! 決死の覚悟で仲間が作ってくれた隙をついて、最後は勇者バイティス様が敵の心臓を一刀両断! くぅぅ、痺れるなぁ!』


「………………クロ、イス」


 少女のつぶやきは、喧噪の中にかき消された。

 気づけば少女はふらふらと、人混みの中を逆行する。


「ガハハハハ! こりゃあ今日はうちも店じまいだな! 悪ぃが嬢ちゃん、もし時間があるなら宴の準備を手伝ってくれると…………嬢ちゃん?」


 店主は豪快に笑って振り向くが、すでに少女の姿はそこになかった。








 少女は夜の街を走っていた。

 つまずいては何度も何度も立ち上がって。先程とは打って変わって閑散とした大通りを、がむしゃらに走り続ける。


(……ウソだ! ウソだウソだウソだウソだっ!)


 向かう場所は冒険者ギルド、のその先。

 街の外れにある大きな崖だ。


 ……行ってどうにかなるワケじゃない。そんなこと、わかっている。

 それでも、足を止めることができなかった。


「……メデサ、……クロイス、……キリガルドさん、…………ルシアっ!」



 口からこぼれ落ちるのは、かつて共に闘った戦友達の名前。

 頭ではわかっている、自分はもう彼らの仲間じゃないのだ、と。

 それでも……壮大すぎる夢を語り合い、一緒に笑った日々を忘れることなんて、少女にはできなかった。


 気づけば涙が溢れていた。

 別れ際、仲間と交わしたやり取りが脳裏をよぎる。











「……クローリア、おまえはもう、仲間から抜けろ」

「…………え? どう、して……」

「俺達の力では、もう限界だからだ」


 あの日、リーダーのルシアは緊急会議と称し、仲間全員を呼び出した。

 こうして4人が面と向かって集まることなんて、何年ぶりだかわからない。

 だが久しぶりの再会を喜ぶ者は、一人もいなかった。


「……意味がわからないよ。ねぇ、どういう、ことなの……?」

「ソフィアという都市の冒険者ギルドに、バイティスって奴がいる」


 説明を求める少女クローリアに、ルシアは淡々と語る。


「そいつの力を、俺は一度だけ垣間見た。

 ……敵わねえ、って思ったよ。たった一人で世界の全魔物を駆逐しちまうんじゃねえか、ってくらいの勢いだった。この世界が物語だとするなら、ああいうのを“主人公”って言うんだろうな。……決して俺達なんかじゃ、ない」


 そう言って、ルシアはクローリアの瞳を見つめる。

「あとはわかるだろう?」と言わんばかりに。



「奴が本気を出せば、世界から魔物が駆逐されるのも時間の問題だろう。

 ……だから、ここでおまえを逃がす。

 俺達の中で容姿が一番人間に近いのはクローリアだ。おまえなら魔物が全滅した世界でも、人間に隠れて生きていける」

「そ、そんなの……」


 できるわけがない。クローリアは咄嗟に反論する。


「……無理だよ。相手はあの“人間”なんだよ? 魔物を殺すことを躊躇しない私達の天敵で……しかも魔族側の主力が私達〈魔の四天王〉だってことも知っている。仮に少しの間だけ騙せても、私達4人全員を殺すまで攻撃を止めたりは――」

「要はおまえの()()()()がいればいいんだろ? ……安心しろ。〈魔の四天王〉の空席は、古竜キリガルドが埋める」

「そ、そんなのダメ!」


 リーダーの主張に、クローリアは思わず声を上げた。

 それはまるで、古くからの恩人を生贄に差し出すような提案だったからだ。


「あの方はもう戦えない! 魔王軍からは引退したはずでしょ!?」

「ソレナラ、モンダイナイ」


 声を荒げるクローリアを、隣から〈鋼鎧のサイクロプス〉クロイスが宥める。

 そこへ補足するように、〈呪縛のゴルゴーン〉メデサが口を開いた。


「そもそも実力なら、あの方はいまだにアタシ達より上でしょ? 彼なら四天王の一人と偽ってもごまかし通せるわ」

「それ、は……」

「それにあのおじいちゃん、孫の願いを聞くみたいに快諾してたわよ。『先に死ぬのは、若いのより老いぼれの方がいい』ってさ」


 まるで自分達の死を前提としたような会話。

 だというのに、クローリアは言葉を挟むことができなかった。


 どうやらこの話はクローリアにとってだけ初耳で、メデサとクロイスはすでに知っていたようだ。

 いやむしろ、絶対に反対するであろうクローリア以外で話を固め、外堀を埋めたと言った方が正しいか。


「もう魔族が台頭する時代は終わった。……悔しいが、これからは人間がこの世界を支配するだろう」

「そんな……だってまだ、魔王様も復活していないのに……」

「だから言っただろ。俺達の力じゃもう限界だ、ってさ」


 最後に、とルシアはとびっきりの笑顔をクローリアに向ける。


「俺達は悪魔だ。少なくとも人間どもの目には、残虐非道なゲス野郎として映るだろう。

 だからもし、クローリアが〈魔の四天王〉だとすでに知っている奴らがいたら、最もらしい嘘の筋書きを流布してやろうぜ」


 それはまさに〈破滅のアークデーモン〉の名にふさわしいような、それでいてどこかイタズラを披露する悪ガキのような、あくどい笑みで、



「愚かな俺達〈魔の四天王〉は己が力に溺れて、()()()四天王最弱を追放した、ってな」



 それで、すべて終わりだった。

 クローリアは〈魔の四天王〉から外され、新たな四天王がここに結成される。


 約束された死の運命を背負っていると自覚しながら。


「やだ……、やだよ、みんな……っ!」

「……そんな顔するな。俺達はおまえに未来を託したんだぞ」

「クロちゃんが死なない限り、魔族の血が途絶えることはないわ。だから、アタシ達の分も」

「ツヨク、イキロヨ!」


 最後に見せてくれた三人の笑顔に、クローリアは――――











「……………………私は」


 夜闇の中、膝をつきそうになる思いをぐっと堪えて、クローリアは進む。

 街の門をくぐると、その先はどこまでも闇に覆われていた。

 もう街の灯りは届かない。そこから先はまさに魔物達の聖域だ。


 崖の上にたどり着くと、クローリアは下を覗き込んだ。

 どこまでも深く暗い、深淵。魔族にとっては、吸い込まれそうなほどに心地よい闇。

 その闇に向かって、クローリアは身を投じる。


 永遠とも思える落下時間。

 その途中、クローリアは被っていたフードマントを捨て、漆黒の翼を広げた。

 マントは彼女の周りで燃えちぎれ、炎のコウモリとなって暗黒を不気味に彩る。


 空を駆ける。


 眼下に広がるのは、かつて魔物の住処だった大平原で、いまや冒険者の街外拠点として開拓された地。

 しかし、拠点の小屋の灯りはどこもついていない。

 皆街に戻って、勝利の宴の準備をしているのだろう。


 反撃するなら、今しかない。



 ――もう遅い。


 心の中のもう一人の自分が叫ぶ。


 どう足掻いたって、いまさらもう遅――


「まだ、遅くないっ!」


 邪念を打ち消すように、クローリアは叫んだ。



 ……今から彼女がやることを、亡き仲間たちは望んでいないかもしれない。

 ただ静かに、生きていてくれればそれでいいと、死後の世界で願っていることだろう。

 ――でも、


(……ごめん、みんな。やっぱり私、四天王で最弱だ……)


 ――大切な仲間の死を喜ぶ奴らと一緒に生活できるほど、自分は強くないのだから。


 もうあの笑顔には会えない。

 けれど、みんなで夢見た世界なら、自分一人でも追いかけることができる。


 だから、少女は目一杯息を吸って、叫ぶ。


「聞けッ! 勇敢なる魔物達よ!」


 もう人間達の思い通りになんかさせない。


 ゴブリン、オーク、コボルト、ワーウルフ、リザードマン……。

 ここら一帯に住むすべての魔物に向けて、届けとばかりに、夜の静寂を突き破る。


「私は、魔の四天王()()()、〈紅炎の吸血姫〉クローリア! ルシア達が倒された今、人間達は浮かれている! 今こそ反撃のチャンスだ! 立ち上がれっ!」


『ナ……、クローリア、サマ……!』

『ドウシテ、ココニ……!?』


 茂みの奥から、岩陰から、人間から隠れて生き残った魔物達が次々と顔を出す。

 皆一様に、人間にはわからない魔族の言葉で驚きを露わにする。


 その数はやはり少ない。

 だがかまうものかと、クローリアは紅蓮の槍を手に生み出して、掲げる。


「これより、魔王軍最後の悪あがきにして、最大の奇襲作戦を実行する! まだ戦える者は私に続け!」


 魔族にとって〈魔の四天王〉の存在は、希望の道しるべだ。

 “絶望”という名の光を塗りつぶす、一筋の闇。

 最後の希望となった彼女の煽動が、諦めかけていた魔物達の闘志を奮い立たせる。


 ……争いを続けるなんて、愚か者のすることだろう。

 それでも、足を止めるワケにはいかない。人間達が世界を蹂躙すれば、それは魔族にとってこの上ない悪夢だ。


 ならば命を賭してでも抗う。それが魔族としての誇りだから――



「ルシア、メデサ、クロイス、キリガルドさん……。そして死んでいった数多の仲間たちの命を、無駄にしてなるものか!

 私達の野望、魔王様の復活に向けて……最後の“封印の碑”、破壊しに行くぞッ!」

『『『ウォォォォォォオオオオオオオオ!!!』』』



 夜の平原で、魔物達が咆哮する。


 失われた自分達の楽園と、絶対的王者を取り戻すために。

人間サイド視点:

勇者が魔王軍の侵攻を止めて完全勝利宣言! と思ったら伏兵によって魔王復活の絶望を叩きつけられて、からの最終決戦突入! 的なパターンのやつ。

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