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★今日 午後六時三十二分 (ファイル番号29)
ダンは玄関の鍵をかけなかったので、あとをつけてきた僕は、やすやすと家の中に忍び込むことができた。水たまりに突っ込んでびしょ濡れの靴に構わず上がり込み、二人が入っていった部屋のドアに耳をつけてみた。ダンが、娘を迎えにとかなんとか言っている。子供の声がそれに答えた。
僕にはまだ、状況が飲み込めない。僕に情報漏洩の濡れ衣を着せようとしていたダン。そのダンが、ランドルフの娘を大切に預かっている。ランドルフは僕の無実を証明し、ダンを告発する算段をしていたはずじゃないのか。
「ダン、詳しい話はまた明日にでも」
「ああ、君に任せよう。……私は金がいる。なんとしてでも」
その会話が聞こえた瞬間、僕はハッとした。
二人は僕が、民間のバックアップサービスに加入しているのを知らない。当然、僕が死んだと思っているはずだ。その上での、この会話……。
――ランドルフは裏切ったんだ!
僕が死んだのをいいことにダンと手を結び、彼の計略通り、僕を情報漏洩の犯人に仕立て上げる。そして今度は二人で、小遣い稼ぎをするつもりだ。
僕は銃を握る手に力を込めた。雨でびしょ濡れの髪から、滴がぽたりと一滴垂れた。
――残念だったな。生憎と、僕はまだ生きている。
「金のためにはまず、命が必要だな」
僕はそう言いながら、銃を構えてゆっくり部屋に入っていった。




