今日 午前九時五十三分 (ファイル番号36)
「それから……、最後の三人目だが……」
ダンは俺の顔から目を逸し、気まずそうに言葉を濁した。
「彼女も一応、リストに加えさせてもらった。まあ、その……、動機があると言えなくもない。気を悪くするなよ」
そう言って、最後のファイルを俺に手渡す。
――メグ・ブラウン。最初のページに、そう名前が記されている。
「別に気を悪くなんてしませんよ。男の最大の敵はその妻だという、哲学者の格言もありますね」
正確には、メグは俺の元・妻だ。泥沼の離婚劇だけでは飽き足らず、幼い一人娘の親権を巡って裁判までした。結局俺がその権利を勝ち取ったのだが、浪費家で異性関係の派手な彼女より、俺の方が親権執行者として適切だという裁判所の決定を聞いた時、彼女はあしざまに俺を罵った。極力顔を合わせたくない相手だが、彼女も警察局の総務部で働く職員だし、月に一度の娘との面会権があるので、なかなかそうもいかない。
メグには、俺が警察局バックアッププログラムの対象者だと話していない。俺が対象になったのは離婚した後のことだ。しかし以前の生命保険契約を残したままなので、俺が死ねばまとまった金が入る、と彼女は思っているはずだ。もちろんそれは娘のためのものだが、メグのような女にとって娘のものも自分のものも同じだろう。
金のことはさておき、感情的な理由だけでも殺したいくらいに俺を嫌っているのは確かだ。ダンは控えめな言い方をしたが、実際のところ動機は充分だろう。
昨日、俺たちの間に何か諍いがあり、それが殺人に繋がったかもしれない、とダンは言った。
「よし。まずはこの三人への面通しだ」
「はい」
俺を殺した犯人は今頃、何も知らずにほくそ笑んでいるだろう。殺したはずの俺が目の前に現れれば、必ず動揺するはずだ。
「すぐに手配しよう」
せっかちなダンは、そう言いながらもう立ち上がっていた。