20
★昨日 午後九時四十九分 (ファイル番号20)
二杯目のグラスを傾けながら彼を待つうちに、俺はなんとなく昔を思い出していた。
彼の妻エレンとメグは、学生時代からの親友だった。その縁で、以前の俺たちは家族ぐるみのつきあいをしていたものだ。よく二人をこの家に食事に招いた。俺たち夫婦が円満ではない離婚をし、エレンがガンを患って闘病生活に入ってからは、そんな機会もなくなってしまったが。
それほど遠い日々でもないあの頃を懐かしみながら、俺はグラスを揺らして琥珀色の液体を弄んだ。
スタンリーのことを、あまり長く放ってはおけない。危険な状況にあるのは確かだ。しかし今はそのことを頭の片隅に追いやり、俺は彼とどう話をするかに考えを集中させた
俺にはやはり、彼を告発することはできない。
思案の末に俺はそう結論づけ、彼を説得するために呼び出したのだった。
――大丈夫だ。彼は話の分からない男じゃない……。
ふと、手の中のグラスに映る影が不自然に動いた。反射的に振り返るとそこには、待っていた相手が、半開きのリビングのドアから半身をのぞかせて立っていた。
「――ダン!」
ソファから腰を浮かせた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。ダンは銃を手にしている。そしてその銃口が、俺の心臓にぴたりと狙いを定めていたのだ。
ダンはそのままゆっくりリビングへ入ると、後ろ手にドアを閉めた。
「……これはなんの冗談です? ダン。俺は話をするためにあなたを呼んだんですよ」
肌を刺す殺気。ダンは表情をまったく動かさず、
「脅迫するなら、もっとうまくやるべきだったな」
と、冷ややかな声音で言った。
「何を言っているんですか。俺は、あなたを脅迫する気などありません」
「そのつもりがないなら、とっくに上層部へ報告に行っているはずだ」
「俺には、そんなことはでき――」
銃声が耳をつんざき、俺の足元で毛足の長い絨毯に穴が空いた。俺は驚いてダンを見つめた。
――まずい。
ダンは、追いつめられ、理性を失いかけた獣の瞳をしている。
迂闊だった。ダンには、俺が彼を告発することなどできない、と分からないのだ。俺が脅迫するつもりで呼びつけたのだと、すっかり勘違いしている。
俺はなんとか場の雰囲気を和らげて、話をする余裕を作り出そうと試みた。あえて気楽な、冗談めかした口調でダンに話しかける。
「ダン、忘れたんですか。あなたは俺の上司として、バックアップの使用に承認を出す立場です。俺を殺したところで、あなたは結局俺を復元しなきゃならないんですよ」
「だが少なくとも、『今日』の君はいなくなる。今日一日で、君が発見したことの記憶と共に」
「ダン、あなたは誤解しています。俺はむしろ――」
その時だ。廊下から、軽い足音が聞こえてきた。
「パパ……? どこ……?」
「チッ」
ダンが舌打ちした。
「ダン! 頼むから俺の話を聞い――」
俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、銃声が響いた。




