昨日 午後十時 (ファイル番号21)
小さなかわいらしい足音が、廊下を歩いてくる。
「パパ……」
遠くで声が聞こえた。
半開きのまま瞬きを忘れた俺の瞳はドアに向いていて、そこから現れたケリーの姿を映した。名前を呼ぼうと思ったが、唇は凍りついたように動かない。ちょうど、朝起きがけの、まだ半分夢の中でまどろんでいる時のようだ。鉄の匂いがする。いや、血の匂いだ。よく知った匂いだ。
「……いたのか」
ダンが小声で呟いた。ケリーは目を見張り、倒れた俺を見つめている。
「大丈夫だよ、ケリー。ほら、ダンおじさんだ。こっちにおいで」
ダンは猫なで声で言うと、まるで優しい父親のようにほほ笑んだ。そしてケリーを抱き上げて部屋を出た。閉じられたドア越しに、二人の声が聞こえてくる。
「ダンおじちゃん。パパ……、パパどうしたの? 死んじゃったの?」
ああ。まだ六歳のケリーに、死の概念が理解できるのだろうか?
ダンが答えた。
「悪いやつに銃で撃たれたんだよ。でも大丈夫。バックアップが――と言っても分からないか。ええと、パパはね、生き返ることができるんだ」
「ほんとう? パパ、すごい! ケリーね、テレビでみたことあるよ。あのね、ヒーローがいてね、わるいやつをやっつけるの……、わるいやつはすごくつよいけど、ヒーローはしなないの……、パパもヒーローなのね……」
ケリーの無邪気な声が、少しずつ遠ざかってゆく。
ああ、俺の天使。
薄れゆく意識の中で俺は、純白の衣をまとうケリーを見た。その背にはきらめく翼が生えており、頭上には輝く輪を冠していた。




