今日 午前九時三十八分 (ファイル番号34)
自分を殺した犯人を、自分で探す。なんともおかしな話だ。
今となっては、俺が警察局上層部の厳しい査定をパスして、バックアップの特権を手にしていたことは幸いだった。しかしその一方で、戸惑わずにはいられない。
クローン技術や脳内記憶操作技術はまだまだ発展途上にあり、このようなバックアップサービスも、いまだ身近なものとは言えない。近年、民間企業が一部の富裕層相手にサービス提供を開始したが、平均的収入の人々にとってはまだとても手の出せる金額ではなかった。俺にしても、決められた毎朝のルーティンワークとして機械的にバックアップ作業を行っていただけで、まさかそれを実際に役立てる日が来るとは思ってもみなかったのだ。
しかしそんな感傷に浸る間もなく、俺には仕事が待ち受けていた。
「では、詳しい話をしよう」
服を着替えてダンのオフィスへ行き、俺はそこで初めて詳しい状況を聞かされた。昨晩「俺」が、殺された時の状況を。
「昨夜十一時過ぎ、ダウンタウンにあるレストランの従業員が、店の裏口近くの路上に倒れている君を発見した。君は既に死亡しており、店の者が警察に通報した。検死の結果、死亡推定時刻は午後十時頃。胸部を銃で撃たれて即死していた。ポケットに財布がそのまま残っていたので、物取りの犯行ではないと思われる。致命傷となった銃弾以外、外傷や争った形跡が一切ないことから、犯人は君の顔見知りである可能性が高い」
「昨日の俺の足取りについては?」
「あまり情報がない。昼頃までオフィスにいてその後外出し、夕方戻ったのを目撃されている。その後の足取りは不明だ」
ダンはそう言った。
昨日、俺に一体何があったのか。俺は無意識に記憶の糸をたぐろうと試みた。しかしすぐにそれが、意味のないことなのだと思い出した。元々持っていない記憶を呼び覚ませるわけがない。今の俺――昨日の朝までの記憶しか持たない俺にとって、それはいわば「未来の記憶」なのだ。
「分かりました。犯行に使われた銃は?」
「見つかっていないが、体内に残っていた銃弾から割り出されたのは、Mー458スペシャルというやつだ。全国展開しているスーパーマーケットチェーン、Mマートのホームブランド品で、どの店舗でも二十八ドル九十九セントで売ってる。ダウンタウンの子供たちが、コンビニエンスストアに押し入る時によく使うやつさ。実際、国中で人口の十倍くらいの数が出回っているから、この線からたどるのは難しい」
「なるほど」
俺は頭の中で、その安っぽい銃を使って俺を殺しそうな「顔見知り」を探した。しかし有能なダンは、既にその作業を終えていたらしい。
「君が目を覚ます前に私の方で一通り調査して、三人の人間をピックアップしておいた。今のところ動機がありそうなのは、この三人だけだ」
ダンはそう言って、机の上に重ねてあるファイルの束を、指先でトントンと叩いた。
「そこで……、だ。まず、なんらかの口実を設けて、この三人に『面談』という形で話をしてもらいたい」
「面談……、ですか? 取り調べではなく?」
「そうだ。警察局バックアッププログラム対象者の情報は、プライバシー保護の観点から、局内の機密事項だ。犯人も君が対象者とは知らずに殺したのだろう。不意打ちで姿を見せれば、必ず動揺するはずだ」
確かに、犯人をあぶり出すにはいい方法かもしれない。俺は黙って頷いた。警察局の所属には、優秀な犯罪心理学者が大勢いる。彼らに面談の様子を分析させれば、はた目に分からない心の動きを知ることができる。そこから犯人の目星をつけられるだろう。
「それで、誰なんです? その三人というのは」
「うん。まず一人目は――、スタンリー・クラークソンだ」
ダンはファイルの一部を机の上で滑らせ、俺によこした。
「ああ……、彼ですね」
俺は納得してファイルを手に取った。スタンリー・クラークソンの個人情報に、さっと目を通していく。だがそれらの情報は、もうとっくに俺の頭に入っているのだった。