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バックアップの男  作者: 桜井あんじ
バックアップの男
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今日 午後十二時二十八分 (ファイル番号39)

 残るは、スタンリー・クラークソン。


 ボリスとの面談を、取り調べと関係ない雑談に持っていくのは難しくなかった。ボリスはおしゃべり好きの男だ。ふざけた態度と調子のいいおしゃべりで相手の警戒を解く。どこか人好きのする男なので、うっかりすると彼の術中にはまってしまう。それをよく知っている俺は、普段、彼を相手にする時は極力無駄口をきかない。今日はその原則を破って積極的におしゃべりにつきあったが、結局ボリスから何も情報は得られなかった。

 彼は最後まで、殺された警察局員が俺だとは思ってもみないようだった。面談の様子を注意深く見守っていた心理学者の分析結果も、やはり同じだった。

「本当にヤバイ仕事は受けない」という彼の主張を真に受けるなら、誰かの依頼で俺を殺した、というダンの推測とは相容れない。警察局の捜査官を殺すなど、間違いなく「ヤバイ仕事」以外の何物でもないからだ。しかし俺には、ボリスの主張は信憑性があるように思えた。言われてみれば確かに、ボリスは過去にそういった「本当にヤバイ仕事」で挙げられた経歴はないし、どんな件でも主犯格だったことがないのだ。もっと大物――、彼の言うところの、「上に行きたい奴ら」から引き受けたケチな仕事で、しばらく留置所で過ごすのが関の山だった。

 メグにしても、やはり犯人とは考えにくかった。心理学者も俺の意見に同意した。なんらかの諍いから殺害に至った可能性――俺とメグのような関係において、いかにもありそうな話に聞こえる。だが実際、メグのあの様子では、仮に昨日俺たちが接触していたとしても、必要最低限の会話しかしなかったに違いない。諍いというのは要するに、元はネゴシエーションだ。問題を解決し、良い関係性を維持するために人はネゴシエーションをする。しかし俺とメグは、既にそういう段階を通り越している。俺は今日改めてそれを実感した。俺とメグはもう、そんなことに労力を割く必要はないのだ。

 では、スタンリーはどうだろうか。

 残る容疑者は彼だけだ。彼もシロだとすると、なんら有力な手がかりもなく、捜査はいったんここで手詰まりになってしまう。

 しかし課内の職員から重要な証言が得られた。昨日の午後、俺とスタンリーがまるで人目をはばかるように、ひそひそ話をしていたというのだ。そして、二人揃って外出したらしい。

 ダンの言うように、俺が昨日、スタンリーにとって致命的な何か――、彼の情報漏洩の証拠を掴んだのだとしたら。口封じのため、彼が俺を消した可能性は充分にある。

 

 スタンリーの面談に限っては、ちょっとした問題があった。他の二人のように局内の部屋へ呼び出せば、情報漏洩の件で警戒させてしまう。ダンと相談の結果、それは避けることにした。今日は天気もいいし、前回ランチ時に接触した公園で、また捕まえられるだろう。俺が単独で出向き、その様子を別の捜査員に密かに撮影させることにした。後で心理学者に映像を分析してもらえばいい。

 俺は既に空席になっているスタンリーのデスクを横目に、昼食を取りに行く同僚たちに混じってオフィスを出た。

 途中、道端の移動式カフェの前で足を止めた。昼食用に、テイクアウトでサンドイッチとコーヒーを注文する。不思議なやり方で頭に布を巻いた浅黒い肌の女が、俺の注文を用意し始めた。待っていると、カフェの後ろにある店のショーウィンドウが、明るい午後の光を反射して俺の瞳を刺した。俺は立つ位置を少しずらした。

 ショーウィンドウに見入っていると、やや大きな声で呼ばれて我に返った。カフェの女がコーヒーとサンドイッチの包みを差し出している。俺はそれを受け取り、足早にその場を離れた。

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