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バックアップの男  作者: 桜井あんじ
警察局捜査官連続殺害事件捜査報告書
136/137

67

★今日 午前八時四十五分 (ファイル番号67)



「お客様」

 突然耳に飛び込んだ事務的な声に驚いて、瞼を開く。慌てて体を起こそうとしたけれど、その声に止められた。

「いけません、まだそのままでいて下さい。ここはお客様がご契約の○○ライフデータサポート社内、カスタマーセンターです。生存シグナルの送信が停止してから規定の十二時間が経過しましたので、ご契約内容に従って復元サービスを実施いたしました」

 言われた通り、体を横たえたまま頭だけ少し動かすと、ベッド脇にいるスタッフの姿が見えた。

「ぼ、僕は……」

 それが本当に自分の声なのか確認するように、僕はおそるおそる言葉を発してみた。

「僕は、死んだんですか……?」

「お客様の体内に埋め込まれたマイクロチップは、脳波等様々な生存を示すシグナルを、リアルタイムで弊社サーバーに送信しています。最後に送信されたシグナルの解析結果から判断いたしますと、お客様の『オリジナル』は、生物学的死をお迎えになりました。死因は不明です」

「そ、そうですか……」

「お客様のご記憶データのバックアップは、毎日午後五時に自動で実行されています。最新のバックアップデータから復元を行いましたが、ご記憶の混乱など、ございますでしょうか」

「ええと……、その、すみません。なんだか耳鳴りが……」

 電子音のような不快な雑音が、頭の中で鳴っている。

「ではお客様、もうしばらく横になったままでお待ち下さい」

 目を閉じると、スタッフの声が遠ざかる。しかし耳鳴りはだんだんひどくなり、頭痛がしてきた。僕は目を閉じたまま、顔をしかめた。

「――ご記憶の混乱など、ございますでしょうか」

 突然話しかけられ、僕は驚いて目を開けた。

「はっ?」

「お客様? いかがされましたか?」

 見れば、機材を調節していたスタッフが、僕の方を振り返って目を丸くしている。いつの間にかまどろんで、寝ぼけていたのだろうか。僕は赤面した。

「あ、あの、いえ、なんでもありません」

  今は何時だろうと壁の時計を見ると、朝だった。生存シグナルが停止してから二時間――復元作業の時間も入れると、死んだのは今から数時間前、深夜の頃だ。ということは、夕食に食べたものの中に、アレルゲンが含まれていたのか。

 僕は今は記憶にないその瞬間を、頭の中で手探りした。自分がどんな心持ちでその時を迎えたのかと思うと、震えが止まらなかった。しかし復元に使われたバックアップの記憶データは昨晩八時のものなので、ありがたいことに、その恐ろしい瞬間の記憶は抜け落ちている。覚えているのは、ランドルフがさっさとオフィスを後にしてしまったので、僕も家に帰って食事をした――、そこまでだ。しかし頭はすっきりしているし、今日一日の――、実際には昨日になるのだが――、記憶もしっかりしている。

「お客様。ご気分はいかがでしょうか」

 スタッフにそう尋ねられて気づけば、いつの間にか耳鳴りはやんでいた。

「大丈夫です」

 僕はスタッフにそう答えた。  

「お体に痛むところなどございませんか」

「いいえ」

「では、ゆっくりと起き上がって下さい」

 僕はベッドの上で慎重に体を起こした。順番に、手、足、胴体を見る。頭に手を触れてみる。そうして、それらが確かにそこに存在することを確認すると、ようやく実感が込み上げてきた。

「ああ……」

 良かった。僕は、膨大な費用を費やしてバックアップサービスを契約した、過去の自分の判断を賞賛した。

 それだけの価値は充分あった。万が一のデータ紛失やクローン生成失敗の場合を考えて、ここ以外にもう一社ともサービス契約を結んでいる。だけどさらに追加料金を支払って、より精度の高いマイクロチップを使うプレミアムコースに変更しよう。金は……、なんとかなるだろう。今までだってうまくやってきたんだから。僕は死から逃れるためならなんだってする。死にたくない。死ぬのは怖い。

 それにしても、あれほど気をつけていたのに。一体何でアナフィラキシーショックを起こしたんだろう。

 その時、僕の心臓が跳ねた。背筋に冷たいものが走る。

 しかし僕は頭を振った。

――そんなはずはないんだ。

 ランドルフも言っていた。まだ情報が表に出ていない、この段階で殺されることはないはずだ。そう、偶然だ。単に偶然このタイミングで、アナフィラキシーショックで死んだ。それだけだ。そうに決まってる。

 恐ろしい想像を振り払うようにベッドから足を下ろし、そろそろと立ち上がった。スタッフが手を貸してくれ、契約について細かな説明をしてくれた。

 とにかく一度家に戻り、出勤しよう。今日中にランドルフを捕まえて、例の件の話をしないと。

 僕は、仕事に行かなければいけないので、必要な書類の記入などは後日改めて、とスタッフに告げ、慌ただしくその場を後にした。

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