64
★今日 午後九時四十八分 (ファイル番号64)
「さあ、帰ろうか。ケリー」
この辺りではタクシーを捕まえるのは難しい。だが家までさほどの距離でもないので、俺はケリーの手を取って歩くことにした。ケリーは眠そうだったが、とりとめもないおしゃべりを続けている。家までもうじきというところで、俺は大切なことを思い出した。
「しまった。すっかり忘れてたよ」
俺はポケットから、あの小箱を取り出した。
「ハッピーバースデー、ケリー。今日で六歳だね」
彼女の前に、うやうやしくそれを差し出す。ところが――。
ケリーは大きな瞳をぱちくりさせ、首をかしげている。黙ったままプレゼントの箱をじっと見つめ、何か一生懸命に考えている様子だ。
「どうした?」
何か気に入らなかったのだろうか?
「ねえ、パパ……?」
ケリーは、身につけたネックレスに手を触れた。戸惑った表情で、俺の顔とそのネックレスを交互に見比べている。イミテーションの宝石がついた、派手なネックレス。さっきまでペンダントの下に隠れていて、見えなかったのだ。俺が今まで見たことのない、彼女に買い与えた覚えのないネックレスだった。
俺はハッとした。
そうだ。ケリーの誕生日は、昨日だ!
今ここにいる俺は、「昨日」の俺なのだ。昨日の朝のバックアップから復元されたので、俺の日付の感覚は一日遅れている。だが実際にはケリーの誕生日は昨日で、俺は殺される前に、ケリーにこのネックレスをプレゼントしたに違いない。ケリーは一度もらったはずのバースデープレゼントをもう一度渡されて、戸惑っているのだ。
俺は慌てて取り繕おうとした。
「すまない、ケリー。これはその……、パパはちょっと、うっかり忘れてしまって……」
「いっかい死んじゃったからだよね? ケリーしってるよ」
ケリーはまるでガラスのように無垢な瞳で、俺の顔を見上げた。そして俺の手からプレゼントを受け取る。
「え? ケリー、何を……」
銃声が響き、俺の言葉はかき消された。