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バックアップの男  作者: 桜井あんじ
警察局捜査官連続殺害事件捜査報告書
131/137

62

★今日 午後九時二十六分 (ファイル番号62)



 俺はアパートの前で、ボリスがバンに荷物を積み込むのを見届けた。

 ダウンタウンを吹き抜ける夜風は冷たかったが、片手でしっかり握ったケリーの手からは温もりが伝わってくる。

「じゃあ、金はいつものようにな」

 荷物を積み終えたボリスは、車のバックドアを勢いよく閉めた。

「ああ。すぐに送っておく」

 ボリスへの礼金は、実際、目を剥くような金額になった。俺はそのせいで多少不機嫌だった。

「頼むぜ」

 ボリスはふと俺の顔を見つめ、狡猾な瞳を細めた。

「これでもだいぶ、まけてやったんだぜ。あんたは『お得意さん』だからな。だから……、な、分かるだろ?」

「…………」

 たっぷり思わせぶりな態度に、俺は黙って眉をひそめた。だがボリスは構わず、ニヤニヤと笑っている。

「持ちつ持たれつ、ってやつさ。俺たちは同じ穴のムジナだ」

「……薬は手に入り次第流してやる。少し待っていろ」

「そうそう。割引価格で頼むぜ。なあ、捜査官さん」

 ボリスはいつものおちゃらけた態度で俺の肩を叩き、運転席に回った。

「だけど、気をつけてくれよ。あんたがヤバイことになれば、俺だって後ろに手が回る。逆もしかりさ。そう、運命共同体、ってやつだな」

 俺は深く息を吸い込むと、濁った空気越しに摩天楼を見上げた。これほど晴れた夜なのに、星一つ見えない。

――まったく。空気まで腐敗したこの街では、どんなことが起こってもおかしくない。

 その時、運転席のドアを開けて乗り込みかけたボリスに、

「おじちゃん、またね」

 と、俺の横のケリーが眠そうな顔で手を振った。ほほ笑ましい子供の行動に、ボリスは相好を崩す。

「お嬢ちゃん、きちんと挨拶できてえらいね。おじさんにもお嬢ちゃんと同じくらいの娘がいるんだが、恥ずかしがり屋でね……」

 ボリスは子供好きらしい。姿勢を低くしてケリーに話しかけている。こんな男だが、家庭では良き父親なのだろう。なんとなく想像がつく。

 その様子を眺めているうちに、俺の頭にいい考えが浮かんだ。

「ケリー。パパはね、このおじさんにいろいろ助けてもらったんだ。だからそのお礼に、ケリーのペンダントをおじさんのお嬢ちゃんへプレゼントしたいと思うんだけど、どうかな?」

 ケリーは少しだけ名残惜しそうにペンダントをいじっていたが、

「ええ、いいわ。……はい、おじちゃん、どうぞ。パパを助けてくれてありがとう」

 と、ボリスの首にペンダントをかけた。

「おやおや、これは。ありがとう。おじさんの娘もきっと気に入るよ」

 ボリスはケリーにほほ笑んだ。

「じゃあな、ボリス。後は頼んだぜ」

「ああ、任せとけ。……じゃあお嬢ちゃん、またな」

 ボリスはもう一度ケリーに手を振り、バンに乗り込んだ。

 走り去る車を、俺は黙って見送った。エンジン音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。それからさらに数分待った。そしてポケットから、例のリモコンを取り出した。

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