58
★今日 午後六時三十一分 (ファイル番号58)
「ケリー!」
「パパ」
ダンの質素な住まいに入り、狭いリビングルームのドアを開くと、ケリーがそこでテレビを見ていた。
思わず駆け寄って抱きしめる。無事で良かった。もしそうでなかったら、俺は絶対にダンを許さないだろうが。
親子の感動の再会場面を演じつつ、俺は背後のダンの気配を探った。ダンは人質であるケリーを自宅に置いているあたり、本当に彼女を殺す気はないかもしれない。言う通りにしなければ、などと息巻いているが、法律で許可されたバックアップ可能年齢に達していない子供を殺すなんて、奴にできるだろうか。
どうにかしなければ。ここで奴の思い通りに、記憶を消されるわけにはいかない。そんなことになれば、俺は今後ずっと弱みを握られたままになってしまう。
「さあ、気は済んだか」
ダンが俺の肩に手を置いた。肩越しに振り返ると、銃を持った右手はポケットに収められている。ケリーに見られないようにしているのだろう。銃口はポケットの中から俺を狙っているに違いないが、チャンスがあるとしたら今だ――。
「そうだ! ケリー、ダンおじちゃんにもらったプレゼントをパパに見せてあげたらどうだい?」
ダンが唐突に明るい声を出し、ケリーにウィンクしてみせた。
「……なんだって? プレゼント?」
「うん! パパ、これよ。見て」
ケリーは首に下げていたペンダントを持ち上げ、自慢気に見せた。プラスチック製らしい、かなり大きめのペンダントトップ。全体にけばけばしい塗装が施された安物だ。
「これは?」
「こういうやつさ」
ダンは左手をそっと差し出し、手の中で弄んでいたものを俺に見せた。それはボタンのついた、リモコンのような小さいデバイスだった。俺の背中が冷水を浴びせられたように怖気立つ。
「まさか……」
ケリーに悟られないよう、俺は彼女のペンダントにもう一度目をやった。
「そういうことだ。妙な企みはやめておけ」
ダンは小声でささやいた。そして急に調子を変え、子供向けの声でケリーに言った。
「さあ、ケリー。そろそろテレビはおしまいにして、宿題をする時間じゃないかな? 今日はダンおじちゃんの家でお泊まり会だからね」
「はあい」
ケリーは素直にソファから立ち上がった。
「ケリー……」
呼び止めようとした俺の腕を、ダンが痛いくらいの力で掴んだ。リモコンはダンのポケットにしっかりと収められている。
「…………」
俺は唇を噛み、言葉を飲み込んだ。
「ケリーはいい子だね」
「そうよ、ダンおじちゃん」
ケリーは笑顔で隣の部屋に消えていった。俺はなす術もなくその後ろ姿を見送り、ダンの膨らんだポケットを睨みつけた。
「……あなたにできるはずがない」
「さあ、どうだろうね」
ダンは動じない。
「私は金がいる。なんとしてでも」
俺にも、彼が本気なのだと分かった。
その時だ。
「金のためにはまず、命が必要だな」
妙にかん高い声が響き、俺とダンは同時にリビングのドアを振り返った。
そこにはスタンリーが、銃を構えて立っていた。




