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★今日 午後五時九分 (ファイル番号49)
「情報の改ざん!?」
「ええ。そうです」
俺は呆気に取られるダンの反応を楽しむように、わざとゆっくり話した。
「犯罪歴所有者のデータベースを、改ざんしていたんです」
「なんだと……」
「スタンリーは『客』から依頼を受け、過去の犯罪歴を消したり、データを差し替えたりして小遣い稼ぎをしていたんですよ」
「待て! 君がそれを知っているということは……」
「ええ。俺も彼の客でした。警察局に就職する時にね」
「君には前科があるのか!?」
「俺ではなく両親です。ご存じのように、近親に前科者がいると警察局員にはなれませんからね。俺の個人データ上では、保険会社に勤める父と専業主婦の母がいることになっていますが、実際は二人共それぞれ殺人罪と恐喝罪で今も刑務所に入っています」
「なんてことだ……」
「この写真ですけどね」
俺は、デスクに放ってある先ほどの写真をつまみ上げた。
「合成写真とすぐ分かりましたよ。スタンリーはいわゆるダークウェブと呼ばれる、違法の品やサービスの取引が行われるウェブサイトで顧客を募っていました。普通のやり方ではたどり着けない、いわばネット世界の裏社会のようなサイトです。ほとんどの場合、スタンリーはオンラインで連絡を取るだけで、客に直接会う必要はなかった。危ない橋を渡らずに小遣い稼ぎができたんです。もし彼が情報改ざんビジネスを拡大させて、今度は情報を売ることにしたのなら、当然同じやり方をしたはずです」
「しかし、客と会わずにどうやって報酬を受け取る? 金融機関を通せば証拠が残る」
「仮想通貨ですよ」
「仮想通貨!?」
「ええ。それならオンラインだけで受け渡しができる上に、性質上、マネーロンダリングしやすく足がつきにくい。ダークウェブで取り引きするような人間にはもってこいです」
ダンも仮想通貨を知らなかったわけではないが、スタンリーがそういう類の男とは思わなかったのだろう。悔しげな表情を隠そうともせずに歯がみした。
「元々、写真は証拠としての信頼性に欠けますが、陪審には確実に悪印象を与えますからね」
俺は指先でつまんだその写真を、トランプの手札を捨てるように、デスク脇のゴミ箱へ放り込んだ。ダンがそれを目で追った。
「スタンリーはクラッキングのプロです。およそ警察局内ネットワークのどこにでも、入り込むことができました。サーバーにアクセスするのに、わざわざ他人のパスワードを使う必要はありません」
俺の言葉に、ダンは食ってかかった。
「どうしてあの男にそんなまねができる!? そんなはずはない。私は奴の経歴調査書に目を通したが、専門教育を受けてもいないし、情報技術関連の実績は何もなかった」
「実績ならありますよ。小学生の頃クラッキングでちょっとやらかして、危うく感化院送りになりかけたそうです。幸い、厳重注意処分で済んだようですが」
「しかし、そんな記録は……!」
ダンはハッと息を飲んだ。その顔に吹き出しそうになるのを堪えて、俺は言った。
「警察局のデータベースには、『もう』ないでしょうね」
「…………」
俺は、ダンが真犯人だと特定したやり方を、逐一説明してやった。話している間にも、ダンの体から徐々に力が抜けていくのが分かる。
「匿名の手紙でスタンリーを告発し、罪を被せて保身を図ろうとした人物。情報漏洩をしていた真犯人は、あなたです。ダン」
がっくりと落ちたその肩に、俺は力強く手を置いた。顔を伏せたダンは、ぴくりと体を震わせる。
「今度の組織浄化計画で、あなたは身の危険を感じていた。不正行為がバレたら、これまで築き上げてきた地位を失う。そこで上層部の先手を打ち、スタンリーをスケープゴートにして、逃げをうとうと企んだんです。スタンリーのパスワードを手に入れて端末に偽の証拠を残し、俺にそれを発見させるよう仕組んだ。ところが思惑は外れ、俺は真実を突き止めてしまった。あなたはひとまず俺を殺し、バックアップから復元した。そしてもう一度、違う結末になるように、『今日』をやり直させようとした……」
ダンがふいに顔を上げた。驚いたことに、そこには不敵な笑みがあった。
「君が今並べ立てたのは……。そう、あくまでも『推測』だな」
ダンはそう言った。
決して諦めない不屈の精神。どん底から上がってきた人間は、強い。俺は感嘆し、賞賛を贈りたい衝動に駆られた。
――そう。それでこそ、ダンだ。この男ならきっと……。
「ええ、そうです。あくまでも『推測』です」
俺も、ダンを見てニヤリと笑った。俺たち二人の目が合った。
「さあ、どうするつもりだ? 物証もなく、その『推論』だけで俺を告発するか?」
「いいえ」
俺は力強く言った。
「俺の話はここからなんです。あなたと取引がしたい」




