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バックアップの男  作者: 桜井あんじ
警察局捜査官連続殺害事件捜査報告書
110/137

41

★今日 午後十二時五十一分 (ファイル番号41)



 ゆっくりした足取りで、公園に入ってゆく。

 前と同じベンチで昼食を取るスタンリーの姿が、遠くに見えてきた。昨日――いや、俺の感覚と記憶では昨日だが、現実には一昨日――と、まったく同じだ。一昨日もこうして、ランチタイムにさり気なくスタンリーに接触した。

 その時俺はふと、おかしな感覚に襲われた。こうしてもう何度も、同じことを繰り返しているような気がしたのだ。

 唇の端に、思わず笑みがこぼれる。もしかしたらこの「バックアップの俺」は、オリジナルより感傷的なのかもしれない。しかし、そんなことがありえるのだろうか。オリジナルと、復元されたバックアップで、性格に違いが出るなどと。

 近づく俺に気づいたか、スタンリーは急に顔を上げた。どこか幼さを感じさせるつぶらな瞳が、眼鏡の奥から俺を見て、そして日光に眩しそうに目を細めた。ただ、それだけだった。表情に驚きの色は見られない。どんな人間でも、昨日殺した相手が目の前に現れたら、少なからず動揺するだろう。しかしスタンリーには、そんな様子はみじんもなかった。もしこれが芝居なら、大した役者と言えるだろう。

「やあ、スタンリー。どうもこの場所は、君のお気に入りらしいな」

 俺は気楽な調子で話しかけ、彼の隣に腰かけた。

「天気もいいし、ランチにはもってこいだな」

 言葉に充分注意しなければならない。昨日、俺と彼の間に何が起こったのか。あるいは、起こらなかったのか。俺にはまったく分からないのだ。いっそのこと、「何事もなかったように」振る舞うのが得策だと、俺は判断した。そうすれば、仮に昨日何かあったのだとしても、俺が意図的にとぼけているように見せられる。

 スタンリーは前と同じようなメニューの、食べかけのランチボックスを脇に寄せた。警戒するように辺りを見回し、そして、小声で俺に問いかけた。

「……それで?」

 さすがの俺もこれには困惑した。何が、「それで」なのか分からない。分かるのは、昨日やはり俺と彼の間に、「何か」があったことだけだ。一昨日まで俺たちの間には、「それで」で会話を始められるような、情報の共有はなかった。

 俺は一瞬考え、あくまでもとぼけているような口調で答えた。

「何がだ?」

「何が、って……!」

 スタンリーはいら立った声を上げた。

「昨日のこと、何かいい案は浮かんだのかい? 冗談言ってる場合じゃないだろう」

「いや……、そうだな……」

 俺は言葉を濁して考える時間を稼いだ。そして、質問に質問で返すという、スタンダードな手を使うことにした。

「逆に君はどう考える? スタンリー」

「僕かい? うーん。僕は……、そうだな……」

 俺に対するスタンリーの口調は、一昨日よりずっと親しげだ。それは昨日の俺も、彼にそういう態度で接していたということに他ならない。

「とにかく、犯人は分かってるんだ。後は物証さえあれば……」

 内心の動揺を悟らせまいと、俺は表情をこわばらせて思案に暮れる風を装った。

――犯人。「犯人」とは?

 スタンリーは、黙り込んでいる俺を恨めしそうな目つきで見た。

「君にも考えはあるんだろう、ランドルフ。だけど僕には話せないのかい?」

「そうじゃないさ。ただ……」

 俺はとっさに、探偵小説からよくあるセリフを拝借した。

「はっきりした結論が出るまでは、口にしない主義なんだ」

 スタンリーの言葉から判断すると、俺たちは昨日、「犯人」についてなんらかの情報を共有したようだ。かと言って、彼を信用していいとは限らない。その「犯人」が、一体なんの「犯人」なのかも分からないのだ。

――だが彼には俺を信用し、もっと話をしてもらう必要がある。

 俺は黙ったまま、スタンリーの目をまっすぐに見つめた。目には不思議な力があるもので、人はまっすぐ見つめられると、相手が自分に誠実であると錯覚する。

「そうだな」

 スタンリーの表情を観察しつつ、俺は慎重に切り出した。

「もう一度頭の中で事実関係を整理して、考えをまとめてみたいんだ。そのために……、ちょっと協力してくれないか」

「ああ、もちろんだ。何をすればいい?」

 スタンリーは身を乗り出した。

「昨日の出来事、発見したもの、俺たちが考えたこと。それら全てをもう一度、君の口から順を追って話してくれないか。俺はそれを聞きながら、頭の中を整理できる」

 スタンリーは別段訝しむ風でもなく、頷いた。

「わ、分かった」

 スタンリーはゆっくりと、考えながら話し始めた。

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