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バックアップの男  作者: 桜井あんじ
警察局捜査官連続殺害事件捜査報告書
107/137

38

★今日 午前十一時三十七分 (ファイル番号38)



 別れた女に会うというのは、いつだって最悪の用事だ。俺は内心ため息をついた。

「一体何事かしら?」

 メグはたっぷり棘を含んだ声音で俺に問いかけた。勤務時間中に面談室に呼び出され、戸惑っているようだ。しかし俺の姿を見ても顔色一つ変えはしなかった。監視カメラの向こうで心理学の専門家に一挙手一投足を観察されているとは、夢にも思っていない様子だ。

 メグは嫌な女だが、少なくともまともな世界の人間だ。彼女が犯人だとしたら、人を殺しておいて、これほど堂々と嫌みな態度を取っていられるだろうか。まして殺したはずの元夫が、平気な顔で目の前に現れたとしたら。

 しかし、判断を急がない方がいいだろう。

 俺は素知らぬ顔をして、彼女にこの面談の趣旨を説明した。バックアップから復元された職員が、それを近親に告知するための場である、という口実だ。

「バックアップからの復元……、ねえ」

 メグはちらりと俺に一瞥をくれた。そして慌てて目を逸した。だが俺は、メグの肩が一瞬、小刻みに震えたのを見逃さなかった。

「そんなこと伝えるために、わざわざ呼び出したの? 機密保持のためとは言え、局の面談室を使ってまで。もう私たちは家族でもなんでもないのよ。あなたがバックアップだろうがなんだろうが、私の知ったこっちゃないわ」

 目線を合わせようともしないメグのその言い草に、俺はむっとした。

「そうは言っても、俺たちにはケリーがいるんだ。養育費のことだってある。完全に縁を切るわけにはいかないだろう」

「…………」

「この機会に、君とは情報共有しておこうと思っただけだ。――もっとも俺がバックアッププログラムの対象者であることで、君になんらかの影響があるとは思えないが」

 俺は言葉に言外の含みを持たせ、メグをじっと観察した。カメラの向こうでも、今この瞬間に、心理学者が彼女の表情、態度に表れる隠された心理を見逃すまいと、注意を集中しているだろう。

 メグは、

「……分かったわ」

 とだけ、呟くように言った。そして唐突に、今までそっぽを向いていた顔をこちらに向け、今日初めて俺をまっすぐに見た。大きな瞳がきらりと光った。

「以前のあなたは、もういないのね。……死んでしまったのね」

「え?」

「話は終わった?」

「あ、ああ……」

 俺を残して彼女はさっさと立ち上がり、ドアに向かった。だが、ドアの前でふと振り返る。唇が微かに動いた。

「……何か?」

「いえ、なんでもないわ」

 それだけ言ってメグは部屋を出ていった。

「もしも」。彼女の唇の動きは、その言葉を形作ったように見えた。

 もしも。もしも俺の昔のバックアップがあったとして、それを復元し……、やり直したとしたら。いつの間にかこじれてしまった俺たちの関係を、始めからやり直すことができるとしたら。今度は、うまくやれるだろうか。

 いや。俺は軽く首を振り、馬鹿げた空想を追い払った。

 きっと同じだ。何度やり直したとしても。

 俺は、たった今閉ざされた鋼鉄製の頑丈なドアを見つめた。俺と彼女の関係を象徴するかのような、そのドアを。

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