今日 午前九時二分 (ファイル番号33)
「目が覚めたか、ランドルフ」
遠い闇の中から響いてくる声に導かれ、俺はうっすらと瞼を開いた。
最初に目に入ったのは銀色のドーム型をした天井で、ずっと高いところから鈍い光を放ち、俺を見下ろしていた。俺はゆっくり体を起こすと、辺りを見回した。
そこは白と銀色を基調とした、病院の処置室、もしくは実験室のような無機質な部屋だった。俺はシンプルなパイプベッドに寝かされていて、周りには大小様々な精密機器が並んでいる。知った場所のような気がするが、どこだったか思い出せない。
「気分はどうだ」
ベッド脇に立つ大柄な男が、病人を相手にするような穏やかな声音で、また俺に声をかけた。
「ええ……。大丈夫です、ボス」
男は俺の上司で、連邦治安維持庁警察局捜査部地域課課長の、ダン・スミスだった。
俺はもう一度部屋を見回し、首をかしげた。一体何が起こったのだろう。暗闇の中で手探りするように記憶をたどるが、思い出せるのは、今朝いつも通りに出勤したことだけだ。そう、オフィスに入り、同僚たちに朝の挨拶をしたことを覚えている。
「ダン、俺は一体……?」
軽い目まいを覚えて額に手をやると、ダンは俺の肩に手を置いた。
「無理しなくていい」
顔色の悪い白衣の男が近づいてくると、ベッドの角度を調節してクッションをあてがい、俺が体を楽にできるようにしてくれた。男の動作を見ているうちに思い出したが、ここは俺が勤務する警察局の施設で、警察病院とラボの機能を兼ね備えた総合研究所だ。俺が捜査官として所属する警察局捜査部の建物と同じ敷地内にあり、以前何度か来たことがある。
ここにいるということは、俺は捜査任務中に負傷して担ぎ込まれたのだろうか。
「…………?」
「君は理性的な男だ、ランドルフ」
ダンの唐突な言葉が俺の思考を遮った。その口調は重々しく、有無を言わさない調子で、俺は思わず姿勢を正した。それは何か重要な案件を、部下に命じる時のダンの声だった。
「変にごまかさず、単刀直入に話をした方がいいと私は考えている」
これだけの口上をする時点で既に、いつもずけずけとものを言う、ダンらしからぬ話の切り出し方だ。俺は頷いた。
「ええ、ダン。何があったのか教えて下さい。記憶が曖昧で思い出せません。今朝出勤したところまでは覚えているのですが」
「そう。君の記憶はそこまでしかないのが当然だ。君は『バックアップ』なのだから」
「え……!?」
連邦治安維持庁に勤務する職員のうち、一定の条件に該当する者――特定の階級以上、かつ日常的に危険な任務に従事する者、等――、その中でも査定をパスして特に必要と認められた職員には、毎朝出勤時に、脳内記憶のバックアップ作業が行われる。オフィス内に設けられた特殊なゲートを通ると、体内に埋め込まれたチップがスキャンされ、記憶データがサーバーに送信される仕組みだ。
職務上で万一のことが起きた場合には、保存されている遺伝子サンプルを使ってクローンが生成され、そこに最新の脳内記憶データが導入される――、つまりその職員は、バックアップから復元されるのだ。
「昨日朝のバックアップから復元されたのが、今ここにいる君だ」
ダンはそう言った。
「俺が……?」
俺は思わず、顔の前に自分の両手を持ってきて眺めた。見慣れた自分の手。体のあちこちを見回してみるが、再生されたクローンだなどとは到底信じられない。
「俺の、元の……、『オリジナル』は、どうなったんです?」
俺は声の震えを抑えながら聞いた。
「死んだ。正確には、殺されたのだ。昨夜ダウンタウンの路上で、他殺体で発見された」
「殺された!? 一体誰に、なぜ!?」
「まだ分からない。君には……、その調査に当たって欲しい。それが、バックアップから復帰後の初任務だ」