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短編いろいろ

【短編版】推しのために悪役姫をやり抜いたのに、なぜか最推しに仕えられてる。

作者: 道草家守

ラブコメが書きたかった!!!!!

 

 人生を捧げたソシャゲがあった。

 そこで、全財産を捧げても惜しくない推したちに出会った。

 何度も何度も元気をもらい、頻繁にガチ泣きして、報酬のために死ぬ気でイベントを走って一喜一憂した。

 彼らのおかげで私の人生は鮮やかに色づいた。

 推しのためなら何でもできる。

 そう、推しを輝かせるためであれば……


 悪役だって、完璧に演じて見せよう!






「エルディア・ユクレール! 貴様の爵位を剥奪する!」


 王太子の強く糾弾する声に、私はぞくぞくと震えた。

 恐怖からではない。歓喜からだ。

 ゆっくりと振り返れば、そこには憎々しげに私を見つめるこの国の王太子、ウィリアム・フェデリーがいる。

 うおおおお! こっちに来てリアル金髪を見慣れていても群を抜いてきれいだよなあ! 青の瞳もどこか浮き世離れしているし、20代半ばでこの国フェデリーの王太子なんだから人気が出ない訳がないよな!


 そう、今この園遊会は私、エルディア・ユクレールの罪を暴く糾弾の場となっていた。 

 国の要職はだいたい集まり、聖女と主人公となる勇者くんをはじめ、彼らが仲間にする主要キャラクターまで勢揃い。私が人生を捧げたゲームで、序盤では一番の大舞台である。

 ウィリアムがぐっと私をにらみつけながら続けた。


「この国の貴族であるにも関わらず、王家をないがしろにし、国を脅かす数々の悪行は目に余る。何より国家の宝である聖女を粗略に扱った罪は重い」

「ウィリアム様っ! これはなにかの間違いなんです! エルディア様がこのようなことをするなんて何か理由が……」


 フェデリー国で瘴気の浄化をする役割を担った聖女、ユリア・カログリアが割って入ったが、ウィリアムは労るように微笑みながらかばった。


「ユリア、もうこのような女などかばわなくて良いのだ、後は私に任せなさい」


 ああああユリアちゃん私の推し! 淡い水色がかった銀色の髪に緑色の瞳がとってもきれいだしぎゅってしてあげたくなるようなはかなげな容姿なのに芯は強くて、怖くても世界を、大事な人を救うためだと旅に出る最高の天使! しかも16歳!

 ちょっと鈍感な所もあって毎度周囲のアプローチをスルーするところまで推せる要素しかない!


 そんなユリアちゃんに惚れるしかないよね守ってあげたくなるよねウィリアムその気持ちわかる!

 私だってユリアちゃんいじめるやつは万死だと思う。

 だがすまんな、私がやらないとこの国滅亡しちゃうから!

 とりあえず、様式美としてしらを切ってみるか。


 こてり、と私は不思議そうに小首をかしげてみせる。だって今の私は17歳、栗毛に緑眼のすごく色気のある美女だもの。ぜってー似合う。鏡だけ見れば最高にお姉様顔だもん。

 中身がアラサー喪女なんて言わぬが花だ。知ってるやつはこの場にいねえ。


「あら、わたくしはただ家名を守るため、貴族の義務を果たし、我が王のためを思って懸命に働いてまいりましたのに……いらないと、そうおっしゃいますのね?」

「貴様との婚約はすでに破棄されている。あまたの貴族をたぶらかした悪徳あくとく姫め」


 ウィリアムは憎々しげに吐き捨てた。

 うおおおお! いただきました悪徳姫!

 だから私は、優雅に扇子を広げて微笑んでみせる。

 この数年、全力で培ったお貴族(笑)スタイルはさぞや悪辣に、傲慢に見えることだろう。


「あら、皆様とはただ楽しんだだけですわ。甘いこの世の悦びを。それのなにがいけないの」


 ふっ言ってやったぞ。悪徳姫の決めゼリフ! 


「エルディア様、なんで、そんな……」


 うう-……その勇者くんの絶望顔が心に痛いと同時においしさでときめきがとまらない!

 ごめんねえ、めっちゃ君に優しくしたしその親切は嘘じゃないし、この推したい気持ちは本物だけど。話の都合上、それだけじゃだめなのだよ。


「あら、あなた、生き延びたのねぇ。存外丈夫なのは庶民だからかしら?」

「リヒトを陥れたのもあんただろうが白々しい!」


 ウィリアムの隣に控えていた騎士が耐えきれなかったように怒鳴った。

 ああそうよね!君も推し! 熱血漢で大事なもののためにまっすぐ突き進める太陽属性! 君の貫通力はゲームでお世話になりました!


「お前の身勝手な振る舞いのせいで、どれだけの人間が不幸になったか!」

「あら、選んだのは彼ら、彼女らですわ。それについてわたくしに言われても困りますの」

「このっ……」

「アンソンっ!」


 勇者リヒトくんが止めようとするが間に合わない。

 その前にアンソンが剣を抜き、必殺技を私へ繰り出してくる。

 ひえええ、やっぱゲームのエフェクトそのままに繰り出されると怖いよ!

 でも、悪徳姫たる私も一時期は聖女候補になったほど、魔力と魔法に長けている。

 だからただ扇子を閉じるだけで防ぐのが、ゲームの展開なのだが……。


「エルディア様!」


 そう声を上げてかばってきたのは、我が従者殿だ。

 黒い髪に暗い紫の瞳の彼は、私の心臓を狙ってきたそれを身を挺して盾になる。

 気づいたアンソンが寸前で剣を止めたものの、剣先は彼の脇腹を割いた。

 脇腹に血をにじませる彼に、アンソンは理解できないとばかりに声を荒げる。


「どうしてそんなやつをかばうんだ! そいつがやってきた所行を知らねえのかよ!」

「……エルディア様には、ご恩がございますので」


 とくにこれと言った表情を浮かべず、私の従者アルバートは淡々と答えたのだが、当の私と言えば顔をゆがめたいのをこらえていた。

 おかしいどうしてこうなった。と思いつつも、彼は私をかばうように立つばかり。

 ならば、貴族の娘エルディアとしてはこう言うしかない。


「わたくしの従者を傷つけるなんて、なんて野蛮なのでしょう。この国の騎士の質はいつから落ちたのです?」

「……っ! ……!!」


 アンソンは怒りに顔を真っ赤にしながらも、剣をあげようとしなかった。

 うむ、すまんなほんと。

 そしてさらにウィリアムに向いて見せる。


「仮に、わたくしがそのような恐ろしいまねをしていたとして、証拠はなにもございませんでしょう?」


 ぐっとウィリアムが言葉を飲む。うんうんそうだよね。うちの従者がそんな抜かりするわけないもん。

 ふわりとドレスを翻した私は、ウィリアムに微笑んで見せた。


「ウィリアム様、従者を傷つけられて気分が優れませんので、先にお暇させていただきますわ」

「……ひとまず自宅で謹慎せよ。余罪についての処分は追って伝える」

「悪徳姫! 逃げられると思うなよ!」


 悔しげなアンソンの捨て台詞に、私はひときわ優雅にカーテシーを決めてやった。


 前世アラサー喪女だった私は現在、死ぬほど大好きだったゲームの世界で、序盤の悪役、悪徳姫を演じてます!



 *



 いやもうびっくりしたよな。

 集めに集めた推しグッズの下敷きになって意識が遠のいたと思ったら、7歳の悪徳姫エルディア・ユクレールになっていたのだ。

 即座にわかったのは、屋敷内が見覚えのある背景スチルだったから。

 時系列は本編前だったけど、即座に推しが居るか確かめに行ったよね。

 いやあの時の私は、推しと同じ世界に居る喜びと別の存在になりかわっている恐怖と、悪徳姫である動揺で軽く我を失ってたから。若気の至りってことで。


 この世界にうり二つのソーシャルゲームRPG「エモシオンファンタジー」は、主人公である勇者リヒト(名前変更可)と、後に伴侶になる聖女ユリアが出会い、世界の異変を調査し、その原因である魔神を倒すために仲間と旅をするストーリーだ。

 メインキャラはもちろんキャラクター達が素晴らしく、課金はもちろんリアルイベントもグッズも網羅する勢いでハマっていた。

 そう、だから私は知っていたのだ。

 私がなってしまった悪徳姫、エルディアが物語上どれだけ重要か。


 侯爵家の息女である彼女は、聖女と勇者に優しくアドバイスすらしながらサポートする。

 しかしその裏では亜人種を捕まえて魔法の実験材料に使い、気まぐれに一般市民を殺し合わせる。おもしろそうだからと言う理由で犯罪に手を貸す、この世の悪徳すべてを食い物にして咲く毒の花なのだ。

 いわゆる確定悪として登場する彼女は、一見後で仲間になるお助けキャラにしか見えなかったことから、彼女が序盤のラスボスとして登場した時には裏切られたユーザーが怨嗟の声を上げていた。私もあげた。

 だが、彼女が起こした数々の事件によって、聖女と勇者、そして仲間達は絆を深めていく。

 要はこの人がいないと、キャラクターが強くなるきっかけが一切ないのだ。


 つまり、推しが魔神に負ける。


 この世界もキャラクターも大好きな私は、当然のごとく推しを輝かせるために、悪徳姫になりきることを決めた。


 幸いにもストーリーはエンドレスリピートしたおかげで、時系列も頭に叩き込まれている。

 だから、推しを死なない程度に鍛えるために全力で慣れぬ悪役を演じたさ。

 健全に正々堂々悪事を働いてね!

 私の涙ぐましい努力の結果、歴史は無事に本編通りに進み、彼らは私が尊さに号泣するほどの団結を見せてくれた。

 のだが、一つだけ。どうしても本編から外れてしまったことがあるのだ。




 帰りの馬車の中で、私はここまで耐えきった想いをクッションに爆発させた。


「あーーーー!! さいっこうに、推しが、尊かった! ユリアちゃん超かわいくない?けなげじゃない? 悪徳姫なんて呼ばれてる私をそれでも信じようとしてくれるなんて天使過ぎるだろう……勇者くんもマジアレ。いや一応プレーヤーとして楽しんでた身だけどさ、言動がいちいちイケメンなんだよね。さすが主人公すげえときめく。しかも現時点で仲間に出来るキャラほとんどと交流持ってるんでしょ。もはやコミュ力チートじゃない。しっかしフェデリーもアンソンも迫力やばかったよにらまれてちびったけどそれって聖女ちゃんと勇者くんを想ってのことなんだからクソデカ感情まったなし……生推しやばい。ほんとやばい」

「……エルディア様」


 ゆったりとした座席でじたばたごろごろしていた私は、アルバートに声をかけられて、ようやく脳内ハッスルを収めた。

 彼は向かいであきれた顔をしている。その目は若干どころではなく冷え切っていた。


「推しへの狂喜乱舞ぶりは相変わらずですね」

「当然でしょ! というかこれからしばらく近くで顔を拝めなくなるんだからその分だけね。思う存分堪能しとかないとと思ってさ」

「……それで恋愛感情ではないんですから、よくわかりませんが」


 推しに関しては恋愛感情ではないと言うのが私の持論だ!

 それはともかく、アルの切られた脇腹がまだそのままだ。


「それよりも、アル、傷の手当てしよう。というかあれ普通によけられたでしょうにどうして食らっちゃうのよ」

「あそこで普通の従者が、傷を負わない訳がないでしょう。あなたのお手を煩わせるつもりはありませんよ」


 ため息をついたアルバートは、てきぱきと救急箱を開けるなり、さっさとジャケットとシャツを脱ごうとする。

 服の上からは想像が付かないほどしっかりと付いた筋肉が浮く腹が見えたところで、私はぐふっとむせ込んだ。


「ななんで急に脱ぐかな!? その美しい腹筋はしまっちゃいなさい! 目の毒なんだから! リアルは刺激が強すぎるの!」

「傷の手当てすらさせてくれない主なのですかあなたは」

「そんなわけないじゃない、というかそれよりも私の血をなめたら良いでしょう? あなたダンピールなんだから!」


 吸血鬼と人の間に生まれた彼は、諸事情あって血を飲むと飛躍的に回復能力が高まる。薄皮一枚切られた今回の傷なら、一晩もかからず治るだろう。

 アルバートを見ないように顔をそらしつつも私が言うと、彼は理解に苦しむとばかりに眉をひそめる。


「男の体を見ないために、血を吸わせるなんて、あなたの判断基準が狂っているのではありませんか」

「私は推しに狂ってるから安心して。というかあなただけだから。ほんと勘弁して」


 私が切実に言うと、盛大なため息をはかれたあと、布の擦れる音がした。


「わかっていますよ。ゲームの『俺』が、あなたの最推しだからでしょう?」

「その通りだよアルバート・ベネット。何で私の従者なんてやってるの!」

「それはあなたが一番よく知っているでしょうに」


 ほんの少し声にあきれと冷たさをにじませるのも麗しい。

 ええ知っていますとも、こちらに来て唯一にして最大のどうしてこうなった案件様!


 そう、アルバート・ベネットは私の最推しである。

 本編では26歳。黒い髪、紫の瞳、中性的でありながらどこか男らしさを漂わせる美しい容姿。

 ダンピールの凄腕暗殺者である彼は、彼が背負った悲しい過去を含めてユーザーに絶大な人気を誇っていたキャラクターだ。


 本来この世界でのダンピールは身体能力が高いだけの存在でしかない。

 けれど、彼は吸血行為をすることで飛躍的に身体能力と自己治癒力が増す能力がある。

 それは、かつて拾われた犯罪組織での実験が原因だ。


 幼少期にスラムから拉致されて以降、実験と言う名の拷問と暗殺技術を仕込まれ続けた彼は、それでも仲間の子供達と励まし合いながらも過ごしていた。しかし仲間達がすでに処分されていることを知った彼は、己の全技術を使って犯罪組織を壊滅に追い込んだ。

 以降、法外な報酬でどんな殺しの依頼も引き受けてくれるフリーの暗殺者になっていた。

 だが聖女と勇者のまっすぐな想いで、またほんの少しだけほだされて、彼らの魔神を倒す旅に手を貸す。

 仲間に加わるのではなく、どうしても力が足りない時に一番おいしいところかっさらっていくが、かたくなに一人をつらぬく孤高の存在だったのだ。


 そう、あの園遊会の場でも勇者、聖女側として、エルディアのけしかけた魔法生物たちを退けるお助けキャラ的な活躍をしていたはず。

 そんなアルバートだったが、こうして悪役であるはずの私の従者としてそばに居る。


 いや原因は私が彼をスカウトしちゃったせいなんだけど。

 私の意識がエルディアに入り込んだ時期は、本編前、つまり推しの小さい頃が見られるわけですよ。

 しかもアルバートがとらわれていた犯罪組織の拠点は、なんと私の住んでいた屋敷と同じ町で。


 まだ転生だか憑依ハイだった時期なもんだから、てってこと場末の裏町に入り込んだらちょうど彼が組織を壊滅させている現場に居合わせたのだ。

 画面上よりまだ若いアルバート(推し)が負った傷もそのままに、深い絶望と虚無の表情でたたずんでるのを見て、これは現実なのだと理解して。

 これからさらに味わうだろう推しの絶望を知る身としては、そのまま放っておくなんて耐えられなかったのだ。


 ぷっつんと切れた私は、全力でアルバートを持ち帰り、傷の手当てと気が済むまで屋敷で雇用すると宣言して居着かせたのだ。

 当時の彼は16歳。成長期特有の華奢さが目立つどこに出しても恥ずかしくない美少年だ。

 ふふふ、外見が7歳児じゃなければ許されない所行だったな。


 本当に、ほんとうに。ただの出来心だったのだ。


 アルバートは1人を好むし、もうどこの組織にも属したくないと考えるひとのはずだから、傷が治れば勝手に出て行くと考えていた。

 にもかかわらず、彼はあっという間に使用人スキルを磨いて屋敷の家令になったし、私が転生者……とまではわかっていないっぽいけど、私の中身が成人していることやある程度この世界の未来を見通せることまで自力で気づいてしまったのだ。

 あの時はビビった。「あなたの『推し』という単語は重要人物に対する固有名詞ですか」なんてすまし顔で聞かれて魂が縮んだ。

 まあそんな経緯もあって、アルバートは凄腕暗殺者ではなく、スーパー従者様として私が手がける数々の「推しのための布石」を手伝ってくれつづけて。

 10年たった今でも私のそばに居る。




 私が視線をそらしている間に、アルバートはてきぱきと傷の手当てをして、服を着込み直す。

 う、生腹筋見逃したのなんて後悔してないぞ。


「俺がなぜ使用人をしているかなんて簡単ですよ。裏社会でしか生きられない職業より、屋敷の上級使用人のほうがはるかに堅実でまっとうな職業だったからに決まっているでしょう」

「ド正論ありがとう。それなら別の仕事先も紹介するって言ったよね」

「別の仕事先って、あなたが別名義で投資している会社や商会にですか? あなたが経営している事業のほとんどに関わっていて今更でしょう。それに」


 すると彼は冷めた目を向けてきた。


「忘れてませんか。俺の体質」

「……さっきの手当はそれを考慮した上での提案だったんですけど?」


 彼は実験の副作用で、最低でも月に1度は血液を摂取しないと体調を崩す。

 私が半眼で見上げても、アルバートはちょっと眉を上げるだけだ。

 案の定露骨に話をそらしてきやがった。

 自分の体調に関わるんだからもっと、いたわれって思うんだけどなあ。


「まあそれは抜きにしても。俺はダンピールです。差別意識が残る中で、侯爵家の家令になんてなれる機会はありませんよ」

「現在進行形で泥船なんだけどねえ」

「すでに避難場所は用意されてるでしょう。手配したの俺ですよ」


 しみじみと呟いてやったのだが、アルバートは動じなかった。こんちくしょう。

 これじゃどっちが主かわからない。

 いや元々推しを推してるんだから立場は弱いのか?

 私が思考の迷宮に陥りかけていると、ふ、と眼前のアルバートがまじめな表情に戻る。

 この少し冷たい顔立ち真剣に引き締まるのがほんと良い。

 10年前に画面で見ていた表情差分、リアルで初めて見たときには思わず泣いた。

 だって画面ごしにしか会えなかった人が目の前で生きてるんだぞ。感極まるに決まってるだろう!?


「エルディア様こそ、よろしいのですか。今まであなたさまがどれだけあの能なしどもの補助をしてきたのか。誰にも知られないんですよ」

「当たり前でしょ? 私は推しが幸せになってくれるんなら! それ以上のご褒美はないわ!」

「その推しのために数々の事業に出資して経済を回したあげく、国中の生活水準を引き上げた功労者が何を言ってるんです」

「それは結果的にだし。私が貢がないと推しからの供給がなくなるんだもん」


 今回はまじめに。

 だってさー! ゲームではあったはずの魔法がなかったり、技術が存在してなかったらビビらない!? シナリオ通り進めるためにも研究所を中心に資金を突っ込んだよね。

 悪徳姫だってばれたらいけないから身代わりを立てたんだけど、そしたら謎の投資家「足長おじさん」の話が一人歩きしたのは大誤算だったけど。

 一般的なOLだった私に、物語の主人公のような内政や開発なんて出来るわけがない。

 あくまで私がやったのは、ユクレールで死蔵されていたお金を必要とされている分野にぶん投げただけだ。

 それで間に合ってくれて本当によかった。


「……とりあえずこれからの話をしましょうか」


 私がしみじみしてると、アルバートに小さくため息をつかれて話をそらされた。

 をい聞いてきたのはそっちだろうが。時々私に対する扱いが雑な気がするんだけど、まあいいか。


「まずはこれでユクレール家は爵位剥奪だわ。けれどエルディアはユクレールの屋敷から幽閉先への護送中忽然と消える。つまりは表舞台から消える絶好のチャンスなのよ」


 そう、穏便に歩むべきシナリオを変えずに、悪役である私が生き延びられるタイミングはここしかない。

 めでたく私は悪徳姫という役割から卒業出来るのである! ここまでよくぞ頑張った。私。


「要するに手はず通りってことで」

「かしこまりました。屋敷に着いたら最後の準備をいたします」


 あとちょっとで自由が手に入る、その感動に打ち震えていた私は、アルバートのいつも通り過ぎる了承の言葉に、我に返る。


「えーとさ、普通に付いてくる気みたいだけど。いいの?」


 こうしてこれから先起きる未来を共有するようになって、私は気持ちの上でも軽くなった。

 けれど、アルバートは本来勇者側の人間のはずだ。

 ゲーム通りに進んでいれば、暗殺者という日陰の存在から、ようやく表舞台に出て、たくさんの人に感謝される立場になっていたと知っている。

 この断罪前にもそれとなくにおわせて見たのだが、アルバートはあんまりにも当然のごとく私との先の話をするものだから、少々戸惑っていたりもする。

 私は推しが逆境に負けずに頑張る姿を愛しているが、それ以上にめいっぱい幸せになってほしいのだ。

 これからの私はうまくすれば悪徳姫から解放されるとはいえ、表舞台には二度と上がることはない。


 いや、だって私一ファンだし。たまたま役なんてもらったから頑張ったけども、本来なら私は舞台に上がることはない人間なわけで。

 彼のためにも説得すべきなんじゃないか。と言う気持ちはぬぐえないんですよ。


 そんな私の考えなど知らぬげに、アルバートは小首をかしげたかと思うと、とん、と私の頭の隣に手をついてきた。

 変形型のいわゆる壁ドンである。ぴゃってなった。


「おや? 俺のこの顔、見飽きましたか?」

「もちろん見飽きるはずがない顔の良さですがなにか!?」


 若干表情豊かなだけに滾ること滾ること!

 これ一生見ほれるんだろうなあってレベルで尊い。

 ……っは!喰いぎみに肯定してしまった!


 我に返って慌てたが、アルバートは平然としたすまし顔で離れていた。


「あなたはのんきに”推し”とやらを愛でていれば良いのですよ」

「うっわひどいなこの従者。主ぞ、我主ぞ?」

「存じておりますよ……さあ、つきました。お手をどうぞ」

「……まって今かなりときめいてるからまって」

「あなたは本当に、ゲームの俺が好きですね」


 最後になにか呟かれた気がしたけど。

 傷なんて感じさせず、優雅に振る舞うアルバートは最高に滾るほど従者様なのだった。



 *



 アルバート・ベネットの主は、17歳の少女である。

 世間では悪徳姫などというたいそうな名前をいただいているが、その表向きの仮面を一枚はぐと、頻繁に情緒を崩す珍妙な女だ。

 なぜ、あの本性に気づかないのかとアルバートは疑問なのだが、それは自分が教えた芝居技術によるものなのだろうとわかっているだけに、少々複雑だ。


 彼女の両親はそれぞれ秘密クラブや愛人の元に入り浸って放蕩のかぎりを尽くしており、ここには滅多に帰ってこない。

 10年前、エルディアが7つの時からずっとそうだった。

 彼女は絶望するアルバートの前に唐突に現れた。

 場末の、血しぶきや肉片の飛び散る地獄絵図の中で、不釣り合いな美しいドレスを着て、栗色の髪と碧色の瞳は妖精のようにただただ現実味がない少女だ。

 どこかの悪魔が自分をたぶらかしに来たのかとすら思ったくらいだ。


 にもかかわらず、アルバートの前に現れたその少女は碧色の瞳からぼろぼろと涙をこぼしていた。

 信じていたものをすべて奪われて、自暴自棄になろうとした自分などよりもよほど痛いと感じているように。

 そうして血まみれのアルバートの手を握って。


『最推しがズタボロなの無理いいいい!!!!』


 訳がわからないことを絶叫した。

 しかも持っていたナイフで自分の指を傷つけて、アルバートの口に突っ込んできたのだ。

 自分の体質について知るものはもう誰もいないはずなのに、警戒する前にそれをなめ取っていた。

 そして、延々と泣き続ける少女に手を引かれるまま、大きな屋敷に連れ込まれた。


『傷が治って落ち着くまでうちに居てくださいマジ後生なので! なんも出来ないけどお布団とお風呂とご飯はあるし、お金盗んでもいっこうにオーケーだしなんなら雇うし貢ぐので!!!』


 少女とは思えない支離滅裂な懇願をされて、そのまま屋敷に滞在する。

 我に返ったアルバートは疑心暗鬼は解けずとも、少女が本気で自分を雇うつもりなのだと、言質を取られた次の日には制服が用意されていたときに悟った。


 すぐにここが悪名高きユクレール家であることもわかっていたが、エルディアが両親から放置され、彼女の両親を恨む使用人から虐待を受けていることも理解していた。

 エルディア自身がケロリとしているために表に出ていないが、本来ならばすべてを呪って破滅へと向かうだろう。自分はそうした。

 なのに、エルディアはそんなそぶりすら見せず、アルバートを見るたびに幸せそうに言うのだ。


『今日も生きててくれてありがとう!』


 全身全霊で向けられる無条件の好意が理解できず、頭がおかしくなったのかと彼女を徹底的に観察した。

 それが心からの本心であると理解する頃には、もう、アルバートはほだされてしまっていたのだ。初めて感じられたこの光と温かさを、手放せなくなっていた。


 ずっと観察していたのだから、彼女の抱える秘密に気づいたのも必然だった。

 自分が当てはめられている「推し」という概念について知りたくなるのも当然だ。

 彼女が世界の未来を知っており、なるべく良い方向へ向かうようこそこそ動き始めていたのもすぐに察知した。

 あっさりと語った出来事はなぜアルバートを救ったのか、彼女の内面がひどく大人びていることへの納得につながった。


 しかし、同時に、アルバートはある感情に悩まされるようになったのだ。

 彼女は「推し」のためであれば自分を犠牲にして動く。彼女達のそれが自分の存在意義で幸せだからと言って。

 あの勇者や聖女だけでなく周囲を固める人間達にまで及ぶ。

 彼女がこれだけ身を犠牲にしているにもかかわらず、誰も彼女の功績を知らないのだ。

 のうのうと彼女を悪役として扱い糾弾している奴らも、自分のすべてを捧げる彼女にも腹が立つ。

 なにより他の「推し」に心を砕く彼女が恨めしい。


 自分の感情が、従者として全くふさわしくないのは知っている。

 何より彼女が惚れ抜いているのは、彼女の見通したゲームという世界線の「アルバート」なのだ。

「推し」の概念についてはエルディアにいくら語られようとわからなかったが、彼女に出会えなかった自分などなくて良かったと思う。

 が、それでも。




「……ゲームの俺に、いつになったら勝てるんでしょうね」


 宵闇に沈む屋敷内を巡回しつつ、アルバートはため息をつく。

 今この屋敷は最低限の使用人しかおいていないため、いっそう静かなものだった。


 エルディアは早々に寝かしつけてある。はじめはいろいろと理由を並べ立てていたが、ゲーム時代の自分がよくしていたらしい仕草で見下ろしたとたん、親指をあげてベッドに沈んでいった。

 そのてきめんぶりを見るとこの女は大丈夫なのかと少々心配になるし、割りきってはいてもおもしろくはない。

 ことあるごとに、彼女が自分を手放そうとするのは、彼女の記憶に刻みつけられた「アルバート」との齟齬を感じているからなのかもしれない。

 アルバートは己の選んだ道を後悔はしない。

 だがそれでも、想うことはあるのだ。


「エルディア様はなぜ、ああも気楽に血を吸わせようとするんですか。いえあの方は全部ひっくるめて『推しのためなら!』と叫ぶ人でしたね」


 だから自分が悩むはめになる。

 彼女の手足となって働くアルバートは知っている。この国がどれだけ彼女によって延命されているか。

 にもかかわらず、この国は彼女に優しくないし、愚か者ばかりだ。

 ようやく表舞台から去ろうとしている自分たちに対し、このようなものを送り込んで来るくらいには。

 アルバートがかつん、とわざと革靴の音を立てて立ち止まって見せたとたん、窓から侵入しようとしている暗殺者達がこちらを振り向いた。


 あれだけ目立つ園遊会でエルディアの爵位剥奪が宣言されれば、利用価値なしと考え、恨みを持つ組織が復讐に来るだろうとは考えていた。

 しかし、この距離に近づくまで自分の存在に気づかないとは、とアルバートは評価を下げる。

 だが、これでも国中から指折りの腕利きを揃えたのだろう。

 屋敷のあちこちから、交戦の気配がした。この質だとしても、ここまでの数を揃えればかなりの脅威だった。

 ここが、ユクレールの屋敷ではなく、相手がアルバートでさえなければ。


「……まったく、このような夜更けにぶしつけな訪問ですね。おおかた俺たちを始末しに来たのでしょうが。悪徳姫の居城を見くびられたものです」


 嘲弄をこめてため息をついて見せたとたん、暗殺者達は一斉に襲いかかってきた。


 しかしアルバートは慌てず、袖から取りだした暗器を無造作に投擲する。

 鋭く飛んでいったそれらを暗殺者達はそれぞれにたたき落とすが、その頃にはアルバートが肉薄していた。 

 アルバートはいつもよりも乱暴に、一番近い1人の胸部へ掌底を放つ。

 前屈みになったところで、容赦なく、頭を引き寄せ膝を打ち上げてやった。


 アルバートは従者となったが、彼女のそばにいればその技術を使う機会はいくらでもあった。

 むしろ鈍らせれば即座にエルディアに危害が及ぶ過酷さだったため、研鑽を欠かすことはない。

 さらにアルバートはエルディアから「レベリング」という特別訓練を受けていた。

 アレは、自分ですら良く耐え切れたと思うものだった。

 おそらく、フリーで暗殺者などをしているより、ずっと今の己の方が強い。


 鼻を折られた1人を放り投げて1人にぶち当て、背後に回っていた1人にひねりを加えた蹴撃を加える。

 ものみごとに吹っ飛んでいった1人を見送ることもせず、腰の短剣を抜いたアルバートは、飛んできた針を無視して肉薄する。

 この程度、傷のうちに入らないからだ。

 しかし、じゅう、と肌の焼ける熱を感じ、軽く体から力が抜ける感覚を味わう。


「銀メッキの武器ですか。多少は調べて居るようですね」


 だが、アルバートは純粋な吸血鬼ではない。

 その弱体化を無視して相手を制圧したアルバートは、暗殺者のあごをつかむと、懐から取りだした小瓶を無理矢理嚥下させた。

 咳き込んだ暗殺者は愕然とした顔をする。


「やはり、自死用の毒を仕込んでましたね? あなたたちのような人種が失敗すれば何を考えるかくらいお見通しなんですよ」


 これはエルディアがゲームの知識からお抱えの魔法研究者によって作成させた、強力な回復薬だ。

 特に今アルバートが使用したのはどんな毒薬でも死ぬ前ならばたちまち癒やすという代物だ。

 たとえ知識があったとしても、まだこの世界になかったもの。それをあっさりと実用化にこぎ着けさせるのだから、彼女は恐ろしいほどの天才だと思う。


「安心してください、あなたの傷を一瞬で治す薬もあるんです。さあ、後顧の憂いを断つためにも、雇い主は知りたいところなんですよね」


 死ぬ手段を失った暗殺者はアルバートを見上げて震えている。

 これを見ても、まったく心は痛まないのだから、自分は表の職業には向いていない。

 つくづく思いつつ、きれいに微笑んだ。


「俺はいま、最高に機嫌が悪いんですよ。早めに吐かないと、指、なくなりますよ?」




 血の臭いにアルバートは酩酊感を覚えつつも、きれいに洗い終えた手に再び黒い手袋をはめた。

 銀の針が刺さった箇所がじくじくと熱を持つ。少々気が立っていたせいで乱暴な戦い方をしたことをうっすらと後悔した。

 だが、そうでもしないと気が紛れなかったのだ。


「そんなに、簡単に大事な人の血を味わえるわけないでしょうが……」


 あの娘はそこの所の情緒が限りなく足りないのだ。わかっていて心を傾けてしまっている身としてはもうどうしようもない。

 だが、だいぶ血から遠ざかっていたせいで、自制が甘くなっている。気をつけなければ。

 各所では部下達がすでに始末をつけたと報告があった。

 後は何を報復とするかだけだ。

 エルディアの身の安全を考えるのであれば、後顧の憂いは絶っておきたい。

 算段を考えつつ、一応エルディアの部屋の様子を見に行こうとしたとき。

 彼女の部屋が騒がしいと気づき、アルバートは青ざめた。



 *



 推し(アルバート)に生のファンサを食らってしまった私はおとなしくベッドに沈み込んだ。

 もう……襲撃イベントが起きるとしたら今日だから、私だって増援に起きてようと思ったのに、アルバートは「使用人の仕事ですので」って押し切るんだもん。

 こういうときばかり顔の良さを存分に使ってさあ。

 おのれ、あんなことされたら言うこと聞くしかないじゃないか。

 ぶつぶつと不満たっぷりに布団に潜り込んでいた私だったが、かつん、と窓になにかぶつかる音が響く。

 おや、ここには完全に私の気配を遮断している特別仕様の部屋なんだけど。外から見ると窓すら認識できないような阻害魔法がかかっているはずなのだ。

 そこにピンポイントでぶつけてくるとは、どんな魔法使いだ?

 すぐにでもアルバートを呼べるように警戒しつつ、自分の武器を確認する。

 しょうがねえだろ! 悪徳姫ってほんっと暗殺されやすいんだ! 自衛自衛!


 で、窓が見えるようにごくごく自然にごろーりと寝返りを打ってみて、しぬっほどおどろいた。


「早くしないと見つかるぞ!」

「わ、わかってるわよ! ええとうん、こうしてえええーい!」


 私は、夢を、見ているのだろうか。


 パリーン!

 魔法がかかっているはずのガラスを思い切りよく割ったのは、救国の聖女様ユリア(推し1)。その後ろから続けて室内に入ってくるのは、聖女に選ばれし勇者リヒト(推し2)だった。


 推しが目の前に居ることと、自分の部屋に侵入しようとしてきている事実と、全く素のままで対面することになった私は頭がパンクした。

 具体的に言うと眠ったふりなんてかなぐり捨てて飛び起きた。


 当然私に気がついたユリアちゃんとリヒトくんは、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってきた。


「起こしてしまって申し訳ありませんエルディアお姉様! ですが緊急事態なのです」

「ああ、エルディアさん、今すぐ俺たちと逃げてくれ」

「…………なんて?」


 ユリアとリヒトに口々に言われた私は、悪徳姫の仮面すら忘れて素で問い返した。

 え、まって。まって。

 なんで2人がここに居るの、ユリアちゃんそんなお姉様なんて呼んでなかったでしょ? そもそもリヒトくん逃げてくれってどういうこと?

 こんなイベントなかったよね!?


 どうしてこんな熱っぽい視線で私を見上げているわけ2人とも!? まるで推しでも見るみたいに!!!

 だけども私の素の問いかけを都合良く解釈してくれたらしいユリアはそりゃあもう、イベントスチルのようにかわいく頬を染めて言った。


「ずうっとずうっとお呼びしたかったんです。教会育ちで世相に疎かった私を叱咤激励してくださったお姉様が居てくださったおかげで、私は聖女になれました。だからお姉様の窮地にはお役に立たなきゃとおもったんです」

「俺も! 故郷が恋しくて訓練に身が入らなかった時に、エルディア様が平静に突き放してくれたから、勇者として立つことができました。世界を救うための勇者が、恩人を救えないなんてあっちゃいけない」


 えええっと私は今日の出来事でウィリアムにその証拠を見せられたはずでショックを受けていたはずなんだがな!?

 そりゃあせっかく推しと同じ空気を吸えるんだ、シナリオ改変にならない程度に関わりは多くしてたけど!

 もしや清廉潔白で優しいエルディアの仮面が嘘(笑)とわかってない?


「ねえ、ウィリアム様から聞いたのではなくて? わたくしの罪状を。もしそれをわたくしが犯していたとして、あなたはその責任をとれますの」


 ようやっと悪徳姫の仮面をかぶって冷淡に応じて見たものの、内心はばっくばくだ。

 だって不意打ちすぎない?推しが自分の部屋に居るんだぜ。ようやっと理性保てて居るのが奇跡だって。


 なのにリヒトくんは怯んだ顔をしつつも言うのだ。


「知ってます。今まで俺たちが解決してきた事件にエルディアさんが関わっていること。でもそれってなにか理由があったんですよね! だってフェデリーでずっと問題になっていた奴隷や貴族の搾取もあなたが関わらなければ明るみにならなかった!」


 ま、まぶしい! まぶしいよリヒトくん!

 私が悪事に手を染めると決めたとき、決めていたことがある。

 それは誰もが手を出せない解決をあきらめるような犯罪であること。だって勇者くんと聖女ちゃんは、この世界の中心にいる。そして私は彼女達の敵役だ。だから私という悪役が関われば、必ず白日の下にさらされるのだ。

 それが、私の行動はんざいで不幸にする人に対してのせめてもの罪滅ぼしだ。

 なまじっか間違ってないだけに、下手に否定するとぼろが出そうだ。

 私が困っていると、たたみかけるようにユリアちゃんが鞄からなにかを取りだした。

 ひいっ!


「そ、それに私お姉様のびーえる同人誌のファンで、こんなに誠実に恋を語られる方があのようなことに関わりを持たれて居るのは何か理由があるんじゃないかって、聞いてみたいんです」


 ユリアちゃんが持っていたのは、薄い本。そう、私が耐えきれずに始めたビーでエルな数々の小説だった。だって耐えられなかったんだよ、推しの世界に居るのに目の前に供給があるのにこの萌えを誰とも共有できないなんて!

 ならば、沼に引き込もうと、侯爵家の力と裏社会で築きあげた力を全力活用して、……具体的には元からあった技術にちょっと出資して、印刷業界活性化させた!お金の力すごい!

 と言うわけで萌えの丈を書き殴ってはそっと放流していたのである。

 だってずっと悪徳姫で居るのもしんどかったんだよ。素に戻れる場がほしかったんだよ。


「私、えるるんです」

「まじかよ常連さんだった……?」


 えるるんのゆりゆりしい話大好きだったんだけど。感想送り合う仲だったけど、いましりたくなかったかな!?

 というか推しに私の創作見られてたなんてふえええ!?


 私がほぼキャパオーバーで震えていると、ずい、とリヒトとユリアが手を握ってきた。 


「あなたはこのままここに居れば、殺される。絶対俺たちが守るから。このまま付いてきてくれないか」

「あの、うえっえっ」


 ぎゅっと、握られた手に力を込められた。


「この国は、どこかおかしい」

「私たちは、この国の……そして世界の異変を確かめる旅をあなたとしたいんです」


 うわああああ数々のキャラを落としてきた殺し文句ぅうぅぅ!!!!!

 何で悪役であるはずのエルディアが聞いてるんだよおおおおお!!!!! 嬉しいけど違うだろう!?

 しかもこの国がキーになっているのもうっすら気づいてるっぽいし!!!

 あれ、私いったいどこで間違えた!?

 いやでも今、彼女達がここに居るのもやばいんだ。

 だれかこの混沌から助けてくれ!


「エルディア様っ!」


 ばんっと、寝室の扉を開けて駆け込んできたのは、我が頼れる従者様、アルバートだ。

 アルバートは手を握られている私と、ユリアとリヒトを見るなり、ぐわっとその気配を変えた。

 それは紛れもない、怒気と焦りだ。

 紫の瞳が炎のように揺らめいたと思った瞬間、一気にこちらへ向かってきた。

 リヒトもさすが勇者という素早さで、腰の剣を抜いて応戦する。

 がん、とアルバートの短剣とリヒトの剣がぶつかった。


「ユリア! 先行っててくれ! こいつ強いっ」

「はいっお姉様、こちらですっ」

「エルディア様を殺させはしない!」


 たちまち激しい応酬が繰り広げられるなか、ユリアに手を引かれてベッドから転げるように降りる。

 いやいやまってこれはまずいって、なんでアルバート思いっきり殺意満点で……そっかそうだよなこんな所に勇者がいたら私を害されると思うよな。

 だめだこりゃ、私がなんとかしないと!

 ごめんねユリアちゃん!


 ユリアの手をふりほどくなり、私は床を素足でがつん、と踏みつけた。

 私の得意な魔法、それは影に関するもの。

 つまり宵闇で暗いこの部屋では一番有利なんだよって!


「皆様、ここはわたくしの部屋です。静かにしなさい!」


 とたん、足下から伸びた影は彼らを拘束する。

 ユリアはもちろん、リヒトも私がどんな魔法を使うかは知らなかったんだろう。

 まあ特殊だからね! 殺傷能力ほぼなし! 陰険悪役にふさわしい魔法そのものですので。


「わっ」

「きゃっ!?」

「……っ!」


 その場に硬直するリヒトとユリア、そしてアルバートに、私はようやくまともに息が吐けた気がした。やれやれ。


「アルバートこの方達はぶしつけではあるけど、わたくしを心配していらしてくださったみたい。追い出すのは待ってちょうだい」

「……その前に、状況のご説明を願ってもよろしいでしょうか」


 あれ、アルバートが食い下がるのは珍しいが、今のうちにわかる範囲でしといたほうがいいか。

 だから私は困惑をにじませて、あくまで高飛車に悪徳姫風に言って見せた。

 さっきはくずれた?そんなもん幻覚だ、幻覚。


「驚いたことに、わたくしのことを親しく思ってくださって、身の潔白を証明してくださろうと申し出てくださったのだけど。わたくし、共に行く訳にはいきませんもの。ねえわかるでしょうアルバート」


 意訳:こいつら私を妙な感じに崇拝してるんだけどどうして。ついて行くなんて言うわけには行かないから穏便に追い返す方法を考えてヘルプミー!

 そう、だってこのまま勇者一行にくわわることなど出来ない。

 エルディアは悪徳姫。悪のまま終わらなきゃいけないんだから。それに私もまだまだやることがあるわけで。

 我がスーパー従者様であるアルバートは、私のテレパシーをわかってくれたみたいだ。

 まかせて、と小さく言われた。

 オーケー私の推しを信じるぜ。

 目で会話をしたあと、影を解くと、アルバートは小さくため息をついた。


「エルディア様、あなた様はご自分が思っていらっしゃるより、悪に徹し切れてないのですよ、勇者しかり聖女しかり。あなたの悪は影響力が強い。あなたは生まれさえ間違えなければもっと日の当たる世界に居られたはずだ」

「アルバート?」


 え、なに急に言い出すの何で切なそうな顔するの。

 それ私がアルバートに思ってたことなんだけど。

 私が思わず声を上げようとしたとき、アルバートの揺らぐような熱のこもった紫の瞳に見つめられた。


「ですが、あなたは、想うことを俺に許してくださいましたよね」


 はい?

 初耳ですけど?

 意味がわからず目を点にしていると、アルバートはゆっくりと私の手に己の指を絡める。

 まって、まって動きがえろいんだけど。

 はい???

 そのまま腕を引かれて閉じ込められた。


「きゃっ」


 かわいらしい悲鳴を上げたのは、ユリアだ。

 あれまってこれもしかしてアダルティな空気ただよってない?

 いやそんな声上げたいけど、合わせてってアルバートの視線を忘れてなかったから、かろうじて悪徳姫の仮面はかぶっていた。

 だがしかし、心臓は耳から飛び出そうなほどばっくばくである。

 さらにアルバートは心底いとおしげにつう、と私の手に唇を寄せる。


「あなたの肌に牙を立てることを許してくださったその時から、俺はあなたが運命から解放されるこの日を待ち望んでいた。それでも、あなたが勇者様達について行きたいと望むのでしたら、俺は姿を消しましょう」


 ようやっとアルバートがやろうとしている芝居を把握した私は、言葉を遮るようにぐいとアルバートのタイを握って唇が触れそうなほど引き寄せてやった。

 超手が震えてるがユリアとリヒトには見えないだろう。

 どうやら、これを機に外へ逃げようとしている身分違いの恋人同士と思わせるつもりらしい。

 確かに純粋なこの二人には情に訴えるのが一番だ。やるぞやってやるぞ。

 驚いたアルバートの顔を見つつ、にらみ上げる。


「わたくしが、約束を破る女だと想われているのだったら心外だわ。わたくしはあなたが一番なの。なんど言い聞かせたらわかるのかしら」


 あなたが揺るぎない最推しなんだよ。ゲームでも今でも。

 なんかもう自分でも何言いたいかわからないけどこれで十分よね!?

 ぱっとタイを離した私はぐるりとユリアとリヒトを振り返った。

 とたん、2人は真っ赤になってぴゃっと肩を震わせている。


「わたくしにはこの男との先約があるの。だからあなた方にはついてきません」

「は、はい……ふあ!?」


 なんだこの三文芝居、とちょっと心が引きつるのを耐えていたのだが、純粋な二人は完璧に信じてくれたみたいだ。

 こくこくと頷いたユリアだったが急に胸を押さえて外を振り返る。

 私も微弱に感じた。

 この世界を脅かす魔界との道がつながった感覚だ。

 やっぱりな。


「ユリア!?」

「ま、魔物がきます……っ!」

「ど、どこかわかるか」

「町の中心……!」


 リヒトとユリアは一気に緊張と絶望を帯びる。

 まだひっついたままのアルバートがこそりとささやきかけてきた。


「エルディア様はご存じだったのですか」

「まあね、本当はこれ、悪徳姫が持ち込んだ魔道具で引き起こされるものなんだけど。私持ち込んでないのにできたから、予定調和のものだったんだと思う」

「ああ、なんどかあった回避できないストーリーというやつですね」


 そう、致死性の高いイベントは、これでも何度か回避を試みたのだ。

 でも勇者の村が全滅することも、聖女ちゃんが瀕死の重傷を負うことも止めることは出来なかった。

 だからこの魔物襲撃では、聖女と勇者が防ぐことがベストエンドになる。

 しかし、この屋敷は都市部からだいぶ遠い。

 どんなに急いでも中心点にたどり着く頃には地獄絵図が広がっていることだろう。


「行かなきゃ。一人でも多くの人を救おう。間に合わないかもしれないけど。でも」

「はいっ! リヒト!」


 それでも、彼女たちは迷わず行くのだ。何より誰かの大切な人を救うために。

 にもかかわらず、ユリアとリヒトは私たちをいたわることも忘れないのだ。


「待っててくださいね! ちゃんと守りますから」

「えっとお二人ともお幸せに!」

「待ちなさい」


 死地に赴こうとする彼らを私が呼び止めると、二人はぱっと振り返る。


「ここに、一瞬で中心点までいける方法があると言ったら?」


 息を呑む2人に希望の色が宿る。

 けれど、彼らに向けて私は精一杯の悪徳に満ちた笑みを浮かべて見せた。


「けれど、そのような都合が良い手段を用意しているこのわたくしを、勇者、聖女、信じられて?」

「「もちろんです!」」


 迷いのない返答に、私は顔が緩むのを必死でこらえた。

 うん、だから私の推しなんだ、君たちは。

 ああやっぱ尊い。

 なんだか泣きそうな気持ちになりながら、私は未だに手を取ったままのアルバートの手に力を入れた。

 

 私の影を使った魔法は、殺傷能力がない分、案外いろいろ便利に使えるのだが、その一つが、影がつながっていれば一瞬で移動できること。

 あらかじめ印をつけた地点から、地点までという制限もあるが、今回はこんなこともあろうかと、中心街付近に印をつけてあるのだ。

 二人を移動させるくらいなら、まあ問題なくいけるさ。


「さあ、行きなさい」


 救世の勇者達。

 きらきらと光るエフェクトとかじゃないのが申し訳ないんだけど。

 つややかな影に飲まれて、聖女と勇者は部屋から消えた。





「ん、ちゃんと行けたっぽい」


 感覚で到着を把握した私は、ほっと息をつく。がまだ早い。

 と言うわけで、すでに私から一歩離れた所に居るアルバートを振り返った。


「アルバート、疲れてるところ悪いけど今夜中に夜逃げするわ」

「……待たないのです?」


 心底不思議そうに聞かれて私は半眼になった。


「悪徳姫の役割はおおかた終わったけど、「私」にはまだまだやるべきことがあるのよ。ここでとんずらかまさないと、せっかく今まで維持してきたシナリオが崩れるわ」

「そうでした」

「それに四六時中推しと顔をつきあわせるなんて情緒が持たない」

「……あなたはそういう人でしたね」


 推しを幸せに愛でるためにもな! 

 私が真顔で言うと、アルバートはものすんごくあきれたニュアンスでそう漏らした。

 けれど、なんとなく顔色が冴えないように思える。

 いや、影使いなんてものをやっているせいか、夜目はめちゃくちゃ効くんだ。


「俺だって、ゲームの中ではあなたの一番なんですよね」

「何言ってるの、ゲームとあなたは違うでしょ」


 私はいまいち言葉の意図がわからなくて困惑した。


「ゲーム上のアルバートはもちろん愛してるけどね。あなたとはこの世界の人生のほとんどを過ごしてるわけで。推しと言うには生々しすぎて、出来ればずっとそばに居てほしいけど、とにかく幸せになってほしいし家族以上に特別」


 えっと待てつまり何を口走った私。

 予想外の嵐に遭遇して、ストッパーが緩んでいたのかもしれない。

 きょとんとするアルバートに、我に返った私は手を振ってごまかした。


「ごめんつまりゲームとあなたを混同するつもりはなかったってこと! わ-!忘れて!お願い!」

「つまり、あなたの中で俺は『ゲームの俺』と違って、推しではない?」

「いや最推しだけど! 別格!」


 押し切るしかなくて私がさらに言いつのると、アルバートは笑った。

 すっきりしたような、苦しいようなこみ上げてくる感情を理性で耐えて、それでも押さえられない喜びがにじみ出ているような。

 あんまりにも魅力的な笑顔に見とれて、私は硬直した。


 この感覚を知っている。だって。私が推しに感じる尊さと萌えと似ているようで、でも微妙に違うこの感情を、私は少し前から何度も何度も味わっているのだから。

 違う私は夢女じゃない。いや否定するつもりはないけど、推しは全力で愛でて愛して遠くから眺めて私が勝手に幸せを願うのがベストポジなんだ。

 こんなことにならなければ、絶対に彼らの人生に干渉しなかった。

 彼を私の手で幸せにしてやりたいなんて、おこがましいこと思わなかったのに。


 一歩近づこうとしたアルバートだったが、少々体をふらつかせたことで私は我に返った。


「アル!?」

「申し訳ありません。先ほど銀の武器を食らったもので。やはり限界だったようです」

「ああもう、そういうことは早く言う! 処理を任せちゃってごめんね!」

「……今、あなたを噛んでもいいですか」


 アルバートからの申し出は願ってもなかったことだ。

 珍しいとは思いつつも、私は自分の思考をとにかく途切れさせたくて一も二もなくうなずいた。


「あの子達が事態の収拾をつけるまでに移動しなきゃいけないから。今のうちに万全の体調にしておいて」

「……ええ、あなたも。覚悟してください」


 え、と思った時には、アルバートに腰を引き寄せられていた。

 いつもだと、渋々と言った気配を隠しもせずに指先からちょっと吸うだけなのに。

 する、と腰をなでる感触がとても近くて、自分が薄いネグリジェだけなことを今更思い出す。

 緩い襟ぐりをあっという間にくつろげられた。

 見上げたアルバートの紫の瞳に今まで見たことのない燃えるような色があって。


 アルバートが私の首筋に顔を伏せる。

 柔らかい唇が湿らせるように肌をたどり、ぷつん、と牙が肌を突き破る慣れた感触がする。

 ――そこからは、今までと全く違う。濁流のようになだれ込んでくる熱にのまれた。


 吸血鬼の特性として、吸血される獲物側に軽い催眠をかけることができる。

 それは血を吸うときに必要だったため、吸血鬼は全員無意識に使うものらしい。

 けれど、アルバートは純粋な吸血鬼ではないから制御がうまく出来ず、自身の感情が勝手に相手に伝わってしまう。

 まあ、それを知ったのがアルバートに初めて私の血を突っ込んだ時なんだけど。

 敵意と不安が警戒になって、ここ数年はずいぶん制御が効いたのかなんにも伝わって来なくなった。


 なのに今、アルバートはあえて私に伝えてきてるんだ。

 そりゃあ、ここまで長く一緒に居てくれるんだから、それなりに情は感じてくれてるんだろうな、と思っていた。

 でもこんなに感謝して、嫉妬して、もどかしくて、怒って、苛立って、歓喜して、愛おしむような熱をはらんでいたなんて知らなくて、勘違いの芽を、冗談の可能性を、思い込みの余地を根こそぎ削り取られる。


 吸血行為を嫌がるのも、感情が伝わるからだろうな、となんとなく感じていたけれど。

 意味が違う、ちがった。

 言葉よりも雄弁に、こんなにあからさまに伝えられることがなくて、まるでその熱が自分を内側から焼いているような錯覚にすら陥った。


「ひぅ……」


 勝手に漏れかける声を必死で押し殺すと、より深く牙が食い込んだ。

 牙を立てられてる部分がじりじり熱く、すすられている音がダイレクトに聴覚を浸食する。私の足から力が抜けても、ぐっと引き寄せる手に支えられた。


 だが、アルバートの吸血衝動は、一時的だ。血自体はさほど必要はない。

 黒髪を揺らしながら顔を上げたアルバートは、ずいぶん良くなった顔色で、満足げに笑った。

 本当に本当に珍しい、ゲームの表情差分にもない。してやったりと言わんばかりの満面の笑みだ。


「つまり俺は、こういうことなんですよ……わかっていただけましたか?」


 対する私はもう、何も言えずに肩で息をするばかりだ。心臓が痛いほどなっているのがわかる、顔だってもうゆでだこのように真っ赤になっているのが自分でもわかる。


「つまり、あの、その。さっきリヒトくん達に言ったことは」

「多少真実を混ぜると、嘘の説得力が増しますからね」


 そんなことをしれっとのたまうアルバートは、私のことを引き寄せたまま私が心底惚れ込んでしまった顔で見つめるのだ。


「側近で満足するつもりでしたが、あなたは俺を男として見てますよね? まあ先ほどの発言はそういうことでなくても口説きますが」

「くどっ……!?」


 なんで、なんでそうなった!?

 キャパオーバーして絶句する私のあごを、アルバートはすいと指で持ち上げた。


「推しであってもなくても、俺が一番なんでしょう? ねえ? エルディア様」

「……ほんと、どうして、こうなった」


 もはや頭を抱えるしかない。けれどもあごを持ち上げられてると動かせないって初めて知った。

 私が過剰供給でぐるぐるしてるにもかかわらず、アルバートは思いっきりとどめを刺すように、長いまつげを伏し目がちにした。まるで悲しげに、あきらめるように。


「それともこの俺は解釈違い、というやつですか?」

「大好物です! そもそも惚れたら関係ないよな!!」


 あああああ正直な口の馬鹿あああああ!!!

 でも嬉しいんだよ、生身の人としてそこに居る彼に惚れてしまったんだよ!


 私が真っ赤になってぐぬぬと黙り込んでいるのに、アルバートはさっきまでの最強憂い顔はどこへやら、ますます楽しげに笑ったのだった。



 *



 まあ、そんな人生最大級の悶着がありながらも、私たちはすたこらさっさと10年暮らしたユクレールの屋敷を後にしてあらかじめ用意していた隣国の屋敷に落ち着いた。

 身分証明書? きっちり準備していますとも!

 今の私はエルアという名の投資家である! わーい気楽気楽!

 私が直に雇った使用人も本気で全員付いてくるらしい。

 マジかよほんと。悪徳姫なんてやってたけど私が思っていたより、慕ってくれる人は居たんだなあ。

 聖女ちゃんも勇者くんもほんとに嬉しかったんだよ。とんずらかましてごめんな。


 新しい屋敷で、私が「”聖女、勇者、旅立ち!”」とでかでかと見出しを飾る隅っこに「”悪徳姫失踪!”」という文字が小さく載る新聞をぺらぺらめくって読みながら、アルバートの入れた紅茶を優雅に飲む。

 うむ、ユリアちゃんもリヒトくんも頑張ってるなぁ。あとでスクラップしとかないと。

 にまにましていると、まるで心を読んだかのように、アルバートがスクラップ帳と、定規と下敷きとナイフとのりをテーブルにおいてくれた。


「ご自分でやりたいんでしたよね?」


 さすが我が従者殿、わかってらっしゃる。

 あれからアルバートはあんまり変わらない。

 元々主従という建前はあっても、上司と部下、親しい友達のような気安い関係だったからなぁ。

 元々公私はきっちり分けるタイプだから、そんなものかな。と思って私のばっくばくだった心臓は平静になっていた。ほんの少し砕けた物言いが増えたかな、と言うくらい。

 おかげでいつも通りの日々を過ごせていた。


「エルディア様、これからどうなさいますか」

「そうだなあ。久々に緊張感もなく羽を伸ばせたしねえ」

「……今までの推しコレクションを堪能してましたね」


 その通り、あの断罪イベの下準備で忙しかったから、自分へのご褒美が一切出来なかったのだ。

 この数日大変に幸せだったが、推しは今も魔神討伐に向けて頑張っている。

 そのサポートがファンの役目だ。


「まあ、この季節からだと……まずは、水着イベかな」

「みず……?」


 アルバートが微妙な顔をしていたが、私は新聞を切り取る手を止めて振り仰いだ。


「そう! ゲームのイベントは彼らのレベルアップに重要な役割を果たすと同時に、新たな一面をしれる絶好の機会! そして夏と言えば水辺、水辺と言えば水着なんだよ!」


 あー私も彼らの水着姿を拝むため、課金して課金して課金しまくったさ!


「そうと決まれば、おしゃんてぃな水着を開発して流行らせた上で、彼らの旅先の海辺をリゾート地に開発しなければ!」

「これからも、聖女と勇者を推して行くのはかわらないんですね」

「もちろんさ! 私のすべては推しのために!」


 と、言い切ったところで、はっとしてアルバートを見る。

 いや間違ってないんだけども、あんなことされたあとだとやっぱり意識するぞ。

 けれども、アルバートは悠然とした笑みを浮かべていた。


「あなたが生き生きしている姿は楽しいですから。あなたの想いくらい疑いませんよ」

「……うわ何でそんなことさらっと言えるの。え、なんかすごく恥ずかしくなってきた」

「おや? この程度で音を上げられては困るんですが」


 訂正、アルバートはめちゃくちゃ私に甘い言葉を吐くようになったし、むしろ顔を積極的に利用するようになりやがった。

 正直たち悪い。

 うぐぐ、くそうとにらみ上げても、余裕の顔で微笑むだけだ。

 うん、ただ。こんな表情は、画面の向こう側では見られなかったもので。

 私だけが知っていると思うと、ちょっと、いやかなり嬉しいのだ。


「……と言うわけでアル、折衝よろしく!」

「服飾系の店と、ホテル。飲食店ですね」

「あとは全体のデザイナーとビーチでやる企画かな。そこは任せといて。最高のヨタイベントを企画してみせる!」


 そうして私は、何度となく繰り返した打ち合わせを、我が従者様で、最推しで、言葉では言い表せない大事な人と始めたのだった。


 悪役は卒業しましたが、今日も私は推しのために生きてます!








追記

2020.05.02より連載版「推しのために悪役姫をやり抜いたのに、なぜか最推しに仕えられてる。」( https://ncode.syosetu.com/n8760ge/)

をはじめました。こちらもよろしければどうぞ。



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[一言] 最高でした!
[一言] えっこれすっごいこれからが読みたいです(゜ロ゜;)
[一言] ゲームと現実をちゃんと区別してるのが最高です!ゲームのストーリーは見たいけど、好きなキャラが苦しんでるのを放置しておけない気持ちめちゃくちゃ共感出来ちゃいます! 続きも読みたいですが、これだ…
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