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不意打ちの痛み




時刻は深夜。

そろそろ魔王がやって来るはず。


「逆にもう眠れない気がする」


眠気のピークを過ぎて、今度は覚醒しきった感じだ。徹夜でハイになるのと同じ感覚だろうか。


昼は魔王が現れ、フィニアスにロスとその他大勢に目撃され、国王夫妻に呼ばれて庭での昼食会とやらが終わるまでロスと共にずっと傍に置かれた。ロスとの仲を取り持つ意味があったのかよく分からないが、そうだとしたら完全に失敗だ。

緊張して眠くて堪らなかったのがお陰様で吹っ飛び、今度はしっかり目が覚めてしまった。


そして帰りの馬車の中。


「·····あの、ロス様。何か怒ってますか?」


あまりの沈黙に耐えられず、茉莉花はロスに声をかけた。


「さあ?怒りと言うより、驚いていますがね」


あれ、この人私に敬語だったっけ、と茉莉花が首を傾げると、ロスは皮肉げな笑みを浮かべる。


「貴女が多情な人だったとは」

「多情?」

「今までの慎み深い顔は偽りだったようで」

「なんのことですか」

「フィニアス猊下に大神殿の神官まで籠絡しようとなさるとは」


そう言われた時、神殿で噂話をしていた少女達のことを思い出した。まるで茉莉花が手当り次第男漁りでもしているかのような、不愉快極まりない誤解。


(え、まさかロスもそう思ってるの?話してただけなのに?)


この世界では異性と話すだけで浮気扱いでもされるのか。茉莉花は知らぬ事だったが、時と場合によってはそれは正解だった。

異性と二人きりという状況で、話していただけ、というのは通用しない。


(ゲームの主人公なら許されるのに、私だとこうなるのか·····)


貴族の娘と村娘ーーーしかも聖女という違いなのだろうか。

それにしても『アンジェラ』は二人きりで会話しても咎められず男性陣にスルーされるところを、茉莉花だとどうしてこうも目をつけられてしまうのだろう。


「ロス様には関係ないことです。婚約も無くなった今、友人ですらないんですから」

「婚約は先送りにしたに過ぎないと、何度言えば理解する?まったく、誰も彼もが貴女に甘い」


(出た!ロス様の毒舌!)


零度の視線すら気にならないほどついテンションが上がってしまった。ロスの人気はそのクールさと容赦の無い毒舌にある。


(いやいや、私よ。ヘンタイじゃないんだから嬉しがってどうする)


表情筋を引き締めていると、ロスはそれをどう見たのか尚もシニカルに笑みを浮かべて続けた。


「貴族の娘は嫁ぎ血統を繋ぐことが仕事だろう。貴女を着飾らせるのも淑女の教育も、全てはその為だけに与えられる。ーーー贅を凝らしても得られるものはそれだけ」


茉莉花はどういうことかと目をぱちくりさせる。


「それを考えれば畑を耕し日々の糧を産み、国の糧たる民を産む村娘の方が余程価値がある」


(·····ああ、そうか。だからロスはアンジェラに対して紳士的だったのか)


救世の乙女と知る以前から、ロスはアンジェラに誠実というか、敬意があったように思う。それは彼の合理主義な考えから来るものだったらしい。

生産性なら平民の方が上だ、という認識なのだろう。


平民は女性でも働く。

子供ができれば産み育て、貴族の娘よりも多くの実りを国へもたらす。

それがロスの持論だ。


(ロスって、母親が浪費癖あった挙句に若い舞台役者につぎ込んで外国に駆け落ちした·····んだった·····。そんな背景ありましたね、ロス様·····)


基本的にロスが女性に冷たい原因はこれにある。貴族の女性全般を、彼は良く思ってはいない。

ただ贅沢を望み、優雅に生きることが全て。そんな存在だと考えている。


まして唯一の『仕事』である、義務としての結婚を是としない茉莉花の主張など、ロスにとってそれは仕事放棄と同じ。

まあ、茉莉花も大概我侭を言っている自覚はあるが。


「それはごもっともなんですけどね·····」

「へえ?」


侯爵令嬢なら村娘と比較されたことに怒るところなのかもしれない。更に貴族が平民より下だと言われたも同然なのだ。

しかし茉莉花は位置で言うなら平民。


「ロス様、平民は一生畑耕して商売して貴族に尽くして、女は働いて子供産んで育てろって決めつけてません?」

「·····は?」

「結局女って貴族だからとか村娘だからとか関係なく、決められた役割に従うしかないんですね」


ちょっと憤慨してしまう。より価値があるとか、それがそもそもなんて傲慢なんだろう。


「平民の娘だって素敵な王子様と結ばれたいって憧れるし夢に見るんです。キラキラした宝石やドレスを着て、優雅に過ごしてもみたい。貴族の娘だって好きな人と夫婦になりたいし、男の人と同じ仕事をしてみたいって憧れてる人もいるかもしれない」


茉莉花の母親がまさに仕事人間で、子供よりも仕事を選んだ。

そういう女性も世の中にはいる。子供を産んだからといって、無条件に愛せるとは限らない。


「どういう·····」


ロスが眉間を寄せて口にするが、茉莉花は最後まで言わせず言葉を続けた。


「平民の女性も、ただその生き方しか許されないだけじゃないですか、ってことです」


そこに貴族だの平民だの、違いがあるのかと茉莉花は思う。つまり世間の言う「女の子なんだから。女性なんだから。こうあるべき」で人生決まってるだけだろう。

それから外れると途端に無価値扱いされるなら、確かに周囲の言う通りの道を歩むしかない。


「貴族の女より村娘の方がとか比べるけど、平民はただ平民に生まれたからその立場に甘んじて、その役割を全うしているだけじゃないですか?」


もしかしてこの世界だと、自分で自分の道を選ぶ、ということすら頭に浮かばないんじゃないか。日本だと当然のように将来の夢から始まり自分で進路を決めろと迫られるのに、すごい違いだ。


「ロス様の言い様だと、要は貴族だろうがなんだろうが、どちらにしろ周りの望んだ通りに生きなきゃ価値を見出されないんでしょう?」


考え考え口にして、ロスの顔を見上げた。

その時の彼の表情を、なんと表現したら良いか。


冷たさが抜け落ちて、少しあどけなく。

それから不思議なものを見つけた時の目と。

迷子の子供のような、心細く不安げな雰囲気。


「·····ロス様」

「貴女の考えは、よく分かった」


予期せぬ反応に、一体どうしたのかと茉莉花が何か言葉を紡ごうとした時、遮るようにロスが早口に言った。


「何も仰るな。頼むから」


まるで痛みを堪えるような声音。

自分の言葉の何が彼を傷をつけたのか。


反論という訳では無かった。

単に疑問に思ったことを口にしただけなのだが、ひどく居心地が悪いのは何故なのだろう。

ロスは顔を窓の外へと向けてしまい、それ以降お互い声を発することは無かった。





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