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密談




時代錯誤な服装をした謎の貴公子と、稀なる美貌を持つ侯爵令嬢が仲睦まじく寄り添っている。

恐らく二人を目撃した者はそう勘違いしただろうが、現実はこうだ。


「馬鹿なの?アホなの?非常識なの?全部なの?」

「小娘、またしても私を愚弄するか」

「なんで魔王が神殿の敷地にいるのよ、もっとメージ大事にしてくれる?常識ってものを考えなさいよ」

「なぜ私が神殿にいると非常識なのだ」

「だいたいイキナリ人間に魔王だと名乗っていいわけ?大丈夫なわけ?」

「私は人間では無く魔王なのだから、そう名乗る以外には無い」

「あるでしょ。素直か。偽名とか考えれば良いでしょ。人間のフリするとかあるでしょ、ここ人間界よ」

「今まで人間の前に現れることは無かったのだ、どう反応するかなど私の知った事では無い」

「では無い、じゃないわよ。なにその子供みたいな思考は」

「偽名と言えば、ルシフェル・ルシファーとは何者の名だ」

「本当にコレ魔王なの?魔王の概念やっぱりズレてるわ、この世界」


噛み合っているような、いないような。魔王がマイペースなせいか微妙に暖簾に腕押しな気分になる茉莉花。


他の人間には聞かせられない内容なのでなるべく声を抑え、結果身を寄せ合うような仕草になってしまったが当人達にその意識はゼロだ。色めいた雰囲気など論外。

しかしテーブルから離れた木の影でそんな事をしているから、遠目から覗う人間達は完全に逢い引きとしか見ていない。が、茉莉花がその視線に気付く余裕は一切無かった。


「天使って分かる?羽が生えてて、神に使える存在」

「ああ、北方世界にいる者達か」


いるのか、天使は。

実際に存在しているかのような口振りが気になるが、取り敢えず同じ性質のモノだと信じ茉莉花は説明を続ける。


「元々は位の高い天使だったのが、神に敵対して堕天した結果、悪魔になったの。その堕天使の名前」

「悪魔だと!?この私に悪魔の名を付けるなど、不愉快極まりない!」

「あー、ハイハイ。ごめんなさいねー」

「·····ッ!」


面倒になって軽くあしらう茉莉花。

生まれて初めての仕打ちだったのか、魔王は悲愴と怒りが綯い交ぜになった、ある意味器用な表情で絶句する。


「ああ、思い出した。ルシファー、ルキフェル、ルシフェル·····言語によって色んな呼び方があって、確か明けの明星とか、光りをもたらす者って意味があったはずよ」

「光をもたらす者·····私が?」

「だから、偽名よ偽名。透の居場所が分かったって言うなら、正しく私には光をもたらす者だけど、それでどうなの?」


期待に満ちた目で見つめると、魔王はふいと、そのアメジストの瞳を華麗に逸らした。それはもう分かりやすく。


「·····どうなのよ?」

「·····恐らくだが」

「恐らく?ハッキリしないの?」


渋面を作ると魔王も眉を顰めて顔を逸らし、茉莉花を目の端で見返す。そんな仕草も妖しく美しいのだが、いかんせん既に印象がアホで定着してしまった。


「コルドケシュという地方の村に、気の乱れが起きたと報告があった。それが異世界と繋がったせいなのかは分からぬ。時折気脈がぶつかり、嵐のように渦巻き荒れることはままある事だからな」

「気脈どうのはよく分からないけど·····まったく手掛かりが無いよりマシよ!ありがとう魔王!」


ようやく光明が得られた気分だ。

ホッとして身体から力が抜けそうになった。ようやく、透を追える。

悪口雑言でも予想していたのか、素直に顔を輝かせる少女に魔王は目を瞬かせ、腕を掴んでいる茉莉花の手にそっと自身の手を重ねた。


「·····まだそなたの弟が見つかった訳では無い。トールがいると確認出来ていないのだから、礼を言うのは早いと思うが」


気遣うような声音と手。今度は茉莉花が目を見張り魔王を見上げる。


「言ったでしょ、恐らくだろうが何だろうが、何も分からないよりマシなのよ。当たってたらもっと良いけど」

「ああ、そうだな」

「自分にできることがないのが一番つらいの。私だって今すぐ探しに行きたい·····」


言いながら、茉莉花はあることを思いついた。


フィニアスが気後れする程の力を持つマリスフィエナ。

様々な男性から言い寄られ、選び放題の有り様。


(今の私は普通の女子高生じゃない。何もかも()()な、マリスフィエナだし·····)


侯爵令嬢という地位は、父親あってのものだ。けれど、最高神さえ女神と呼ぶ程の『マリスフィエナの力』は彼女のもの。

神力を備えた者は神聖視され神殿の最高位に立ち、神王の名を冠する程に尊ばれる。この世界では神々と人との関わりが深く、日本より遥かに政治にも生活にも根付いているのだ。


(神力で国の天候とか操ってるってゲームの中で言ってたもの!フィニアスが、こんな凶事が起きるとは神々は何も告げていないとかオープニングで言ってたもの!)


神のお告げ。

それは強い神力を持つ者にしか、真偽は分からない。


「魔王!」

「な、なんだ」

「そのコルなんとかって所の村、私が行くわ!」

「そなた現在は貴族の娘だろう。易々と村に出向ける身分では無いと私でさえ知っているぞ」

「大丈夫よ、考えがあるの」


茉莉花は自信たっぷりに言い、儚げな美少女と評される顔貌に似合わぬ不敵な笑みを浮かべた。

そんなタイミングで声を掛けられたものだから、必要以上に驚いて肩が跳ね上がってしまう。


「マリスフィエナ殿」


ロスだった。

冷たく眇められたその眼は氷柱のように鋭く、身が竦みそうなほど凍てついた気配が全身からしている。


「貴女は本当に、見境の無い」


見境、と言われた意味が分からず茉莉花は首を捻った。理解したのは意外にも魔王である。

人ならざる種の力と呼ぶべきか他者の感情には敏く、手に取るように分かる。今も男から侮蔑の感情が発せられていた。


「私と彼女は会話をしているだけだ。そなたに蔑まれる謂れは無い」


気位の高いロスは魔王の言葉に一瞥をしただけで何も答えない。名乗りもしない不審な男に答える義理はない、という所だろうか。

ロスの態度に魔王も片眉を上げ、その美貌を凍らせる。


(え、なに。私、蔑まれてんの?なんで?)


そんな冷気漂う二人の男に挟まれた渦中の茉莉花であったが、気になる点はそこだった。


「マリカ、この小僧は何者だ」


おい。

と茉莉花は寸での所で声を上げるのをなんとか堪えた。


「マリカ?マリスフィエナ殿のことか?」

「ええ、はい。わ、私の愛称です」


マリスフィエナからどうしてマリカになるんだか。言ってて茉莉花も謎だ。


「ロス様、こちらはルシフェル・ルシファーさんです。私の友達でして、えー、神殿の関係者の方なの」


苦しい。実に苦しい。しかしここは何としても押し通さなければ。


「ね、ルシフェル」


バン、と魔王の背中をひと叩きする。魔王は顔を顰めつつ茉莉花を見下ろし、それでも文句を口にしなかったのは多少は意図を汲んだからだと思いたい。


「それでこちらはロス・サフィラス様。公爵家の御子息よ」


頭が高いからもう少し穏やかな空気をお願いしたい。


「なぜ私は呼び捨てで、この小僧に敬称を?まったく解せぬ。私はまお」

「だってあなたと私は友達でしょ?オトモダチなんだから堅いこと言わないでよルシフェル。あなたと私の仲じゃない、いまさらそんな細かいことを気にするなんていやね。私のことはマリカって呼んでるんだから。そうでしょ?」


茉莉花は早口で言いあげて愛想笑いを零す。


ダメだ、このアホ魔王を早くどこかへと追いやらねば。魔界とはどうやったら繋がるのか。さっさと返却しないとボロがボロボロと出てくる一方だ。


「なるほど、友人であるなら」


(やっぱりアホ太郎でよかったわ、この魔王)


鷹揚に頷く魔王を見て茉莉花は不遜にもそんな感想を抱いた。普通、いきなり友達認定されて魔王がすんなり納得するだろうか。むしろこっちが納得しない。


「トモダチ、ね」


納得しない人がもう一名いたようだ。ロスは不審そうに魔王を見ている。

黒で統一された衣装の二人の男はどちらも良く似合い、しかも癖の無い黒髪と白皙の美貌と似通っていて、まるで魔王が二人いるようだ。なんなら凍てつく雰囲気のロスは魔王よりも魔王らしく見える。


「悪いが侯爵令嬢は返していただく。ーーーマリスフィエナ殿」

「はい」

「国王陛下と王妃殿下が貴女をお探しだ」

「·····はい」


国王夫妻が直々に呼んでいるとなれば断れない。なるほど、このロスの冷ややかな声は元婚約者を連れ歩かなければならないという、苦々しさのせいだろう。茉莉花はそう結論づけた。


まだ魔王と話さなければいけない事があったのが名残惜しいが、仕方ない。隣に立つ長身の魔王の袖を引いて屈めさせ、ロスに聞き取られないよう小声で耳打ちする。

その姿がどう見られるかも気づかずに。


「今夜、昨日と同じくらいの時間に来て」


魔王が小さく頷くのを見て、茉莉花は応えるように微笑んでみせた。


「ロス様、行きましょう」


ロスを振り仰ぐと、相変わらず凍るような目付きで茉莉花を見ていて流石に気が滅入りそうだ。二次元の疑似恋愛とはいえ、ロスという人物にときめきを感じていたのは事実なのだから。


(完全に嫌われちゃったなぁ·····)


肩を落としつつ、茉莉花はロスの隣に並び着いて行く。

魔王はその様子を大人しく見送り、やがて人知れず姿を消したのだった。





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