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恋心




流石と言うべきか、神殿を統べる神王の言葉はやはり違う。

茉莉花はしみじみ感じながら、フィニアスには今後も、マリスフィエナの分まで優しくしようと決意した。恐らく彼女の優しさは嘘偽りしかなかっただろうから。


(悲しくなるから、その事については忘れよう、うん。サイコパスモンスターの思考とか感情とか、私にわかるはずも無いし·····)


額に手をやり小さく息を吐くと、フィニアスはそれを体調不良の仕草と勘違いしたらしい。目に見えて慌てだした。


「マリスフィエナ様、仰って下されば治癒しますのに。そんなにお辛いなら我慢なさらないで下さい」


そう言えば主人公のアンジェラが治癒の神力を使って、傷を負った男性陣を癒す場面があったと茉莉花は思い出す。

ただこの場合、便利だしありがたいが、ご大層なことをしなくても薬を飲めば済む話だと思うのだ。この世界にもちゃんと薬学というものがあるはず。


「ありがとう。でも、少し寝てスッキリしたから大丈夫よ」

「そうですか?」


疑わしげなのは本当に心配しているからだろう。茉莉花はなるべく晴れやかに見えるよう笑顔になり、「もう元気だから、大丈夫」と頷く。

するとフィニアスは一瞬固まり、今度は発熱したかのように顔を赤らめた。下を向いて、たじろぎながら合間に茉莉花を盗み見る。


「そのように笑顔をお見せになるのも、初めてですね」


こっちまで恥ずかしくなりそう、と思いながら茉莉花はから笑いした。


「それでしたら、昼食会に戻りましょう。ご一緒します」

「そう、ね。でも、ちょっと気乗りがしなくて·····」

「お気持ちは分かりますが·····」


視線を逸らした訳は、きっとロスと婚約解消したせいで気まずいのだと考えているに違いない。どこの誰かも分からない少女達が知っているのだから、きっともう周知されているのだろう。


「けれど私もいつまでも席を外すことは出来ませんし·····と言ってこのまま貴女を一人にする訳にはいきません。不埒な考えを起こす者がいないとも限らない」

「不埒な?」


首を傾げると、うっ、とフィニアスは口ごもった。


「·····貴女を妻にしたいと願う男性は星の数ほどいるのです。あまりお一人にならないで下さい」

「ああ、そういうことね」


あのマリスフィエナ親衛隊みたいな男達がやって来たら、確かに鬱陶しいし面倒だ。

それに、


「無理矢理迫られたりしたら危ないものね、気をつけるわ」

「は、はい·····」


下心のある男は油断してはいけない。

夜道に変態は付き物だと思え、電車には痴漢がいるから油断するな。身を守る術、自衛の心構えは全ての女性に必要だと茉莉花は思う。


「あの、マリスフィエナ様、一つ聞いても良いでしょうか·····」

「なあに?」

「その、ロス様とは·····どうして婚約をおやめになられたのですか?」


遠慮がちにフィニアスは問いかけたが、茉莉花はさっぱりしたものだった。深刻なのは周囲の人間だけの話で、当の本人である茉莉花としては、現代日本人の若者として当然の主張をしているに過ぎないのだから。

即ち、結婚は自分で決める、である。


「結婚相手をまだ決めたくなかったの。それだけよ」

「それだけ、ですか?」

「だって、どうせ結婚するなら、私のことを好きで一緒にいたいと思ってくれる人じゃなきゃ。というか、恋愛の一つもしてからじゃなきゃ」

「れん、あい·····。マリスフィエナ様は、誰か想い人がいらっしゃるんですか?」

「えー、と·····今のところは·····」


正直、生身の人間に恋をした経験は無い。

それでも男子から告白された事はある。茉莉花が無難に優等生をして、それなりに身綺麗に、そして当たり障り無く人と接していたので好意的に見られたのだろう。

一度「まあ良いかな」と告白をオーケーした事があるが、透のことを優先していたら呆気なく終わった。茉莉花も早々に面倒だと感じていたので、ホッとした記憶がある。


ゲームとしてこの世界を見ていた時は、攻略対象は全員好きだった。心からときめいて盛り上がって、こんな人が現実にいたらな、と夢想したこともある。

しかし、二次元と三次元の間には越えられない壁というものがあるのだ。ここに来て理解した。

二次元であるから茉莉花は好きなのであって、生身の人間を相手にする三次元はまた別の話だ。

どんなに彼らが美しくカッコイイからといって、萌えと恋とを一緒くたにはできない。


「もし、その·····貴女を一生大切にすると誓える人がいたら·····」


歯切れ悪く言われ、茉莉花は首を傾げた。

フィニアスは息を一つ吐くと、取り戻すように大きく息を吸った。


「いえ、たくさんの男性が貴女を心から慕っているのです。皆こう思っているはずです、どうしたらマリスフィエナ様は自分ただ一人を選び、恋をしてくれるのでしょうか、と」

「それは、その·····」


今度は茉莉花の歯切れが悪くなる。


「どう、と、言われても」


茉莉花自身にも分からない。

現実の恋愛や結婚に、夢なんて抱けないからだ。

言葉を失う茉莉花を見て、フィニアスは申し訳なさそうに微笑んでゆるりと首を振った。


「すみません、詮無いことを聞きました。どうぞ貴女はその御心のままに。私はこの先もずっと、マリスフィエナ様の幸せを願っていますから」




きっと彼女に恋する誰もが、彼女の為なら全てを差し出しても良いと思っているに違いない。

だからこそ惜しみなく愛を囁き言葉を尽くし、持ち得る財を投げ打ってでも気を引こうとする。

フィニアスにもその心情が理解出来た。


美しく、春の陽光のように穏やかで、女神のようなマリスフィエナ。

姉に等しい存在だった彼女は、多くの男性の憧れの的だった。


いつからだろうか、解ってしまったのだ。

彼らの心情を。


自分にも、姉という親しみとは別の感情があることを。仄かに宿ったそれは身を焦がす程では無かったが、淡い恋心をいつの間にか抱いていた。


フィニアスにはそれを口にする勇気など、到底無かったが。




少し風が出てきたようだ。垂れ下がった髪飾りの真珠が揺れて音を鳴らしていた。ドレスの裾も風を受けて、ふわりと優雅にはためく。

シフォンのように軽やかな布を重ねた水色のドレスは、まるでさざなむ湖の水面のようだ。


「人間の衣装というのは、凝っているな」

「え?」


フィニアスと共に戻ってきた庭に、いるはずのない存在がいた。


「美の追求に余念の無い種だ。特に女というのは」

「ま·····っ!」


魔王。

神を祀る神殿の庭に、魔王。

なぜいる。

貴族達は依然として、談笑を交えながらあちらこちらで軽食を取っている。

そのただ中に明らかに浮いた存在。長い黒髪と漆黒の衣服、なぜか妖艶な雰囲気の漂う人外の美貌という無駄に目立つ男。

気づいたご婦人や令嬢は遠巻きに色めき立って眺め、紳士の幾人かは首を傾げながら何かを囁きあっていた。


あいつは誰だ、という当然の疑問を浮かべているに違いない。


「マリスフィエナ様、この方は?」

「え!?」


フィニアスが茉莉花へ聞いてくる。魔王が明らかに茉莉花へ視線を定めているからだろうが、どう答えたものか。

ーーーー魔王と紹介していいのか?

して良い訳が無い。いくらなんだって、この世界でも魔王がいきなり人間の前に現れて良い訳が無い。


(魔王、魔王としか知らないわよ?名前とか聞かなかったわ、そういえば)


「そなた次代の神王猊下か。私はまお」

「ルシフェル!ルシファー?あれ、どっちだったかな·····ええとそんな感じの名前よね!?」

「ルシフェル・ルシファー殿·····?」


(この世界の魔王ってアホなの!?それとも魔王は普通に自己紹介していい世界なの!?)


咄嗟にキリスト教的なイメージで口にしてしまった。サタンと言うには悪者感が皆無だったので、なんとなく選んだ名前だったが、アホ太郎でも良かったかもしれない。


「ルシフェル・ルシファー·····」

「ええそうルシフェルだったわね、ほほほ、お元気?久しぶりねぇ、こんなところで会うなんて奇遇だわ。私に会いに来てくれたのかしら〜?」


眉間にシワを寄せる魔王の腕を鷲掴み、黙れと言外に威圧をかける。

茉莉花にとってこの世界の衣服など全て馴染みのないものだったが、こうして比べてみると確かにデザインの違いが分かる。

魔王が纏うのは裾がドレープを作れるほど長く、袖もゆったりとしていた。和服のように腰帯を絞めて、魔王の瞳の色に似た石の飾りがこれでもかと巻かれている。


(これ傍から見たら絶対変な人でしょ)


周囲の視線など欠片も気にしていない魔王は、茉莉花の真意を分かっているのかいないのか。素直に頷いたのは、茉莉花に会いに来たというのがその通りだったからだろう。


「あら、そうなの、何かお話があるのかしら?」


(用があるなら普通、人のいないところでしょーが!深夜人の部屋に訪ねて来たと思ったら、次はよりにもよってここって!)


「そなたに頼まれていた件だが」

「フィニアス、ちょっとルシフェルさんと積もる話があるの。ごめんなさい、少し失礼しても良いかしら?」

「え、はい」


思わず、という感じでフィニアスは返答する。優美な微笑みを浮かべる茉莉花から、有無を言わさない気配がしたせいだ。

実際腹の中では「顔かせや魔王コラ」の単語しか考えていなかった。


確保するように魔王の片腕を両手で抱き込み、茉莉花は努めて笑顔を崩さぬようにしながらフィニアスと距離を取る。一刻も早くこの魔王を隔離せねば。


せっかく茶会の庭園に戻って来たというのに、再び茉莉花は人のいない場所を探さざるを得なくなった。





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