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ラスボス令嬢のラスボスたる所以




マリスフィエナはなんでもできた。

強大な神力はフィニアスをも凌ぐと大人達は言い、そしてこう続けるーーー「侯爵令嬢として生まれるとは、なんと惜しいことを」と。


しかし生まれに意味があるのだろうか。

マリスフィエナには不思議でならなかった。大人達はなぜ当然のように、そんな事が言えるのか。

例え村娘に生まれようと、娼婦として生まれようと、尋常ではない力を持って生まれたならその者に枷を填める事など不可能だ。


なぜ他者に己の有り様を決められなければならず、他者の考えた定めに従わなければならない。

侯爵家として、女として生まれた義務を親は求め、周囲はマリスフィエナの見目通り嫋やかな人格であることを期待する。


誰より全てにおいて凌駕するこの自分に対して、なんと尊大な考えをしているのだろう。


なぜならマリスフィエナは、なんでも出来るのだから。


世界を滅ぼすことも、創ることも。


創造の主に均しいと、なぜ誰も気づかないのだろう。





「ああ恐ろしい」


妖艶なる美貌を愁いに充たし、男は片手で口を覆った。


「どうなさいましたか?まさか神の御業は失敗していたのですか?」


白髪を肩で切りそろえた男が心配げに問いかける。片膝を付き、玉座に座る主を見上げた瞳は薄い水色だ。茉莉花がもしいたなら「なんちゃって和風衣装」と称しそうな、袂で襟を重ねて帯で締めるという衣服を纏っている。


「魂の召喚は成功していた。しかし結局のところ人間の娘とは恐ろしい生き物であった」


魔界に帰ってからも魔王の顔色は蒼白なまま、いつもなら泰然として優美な振る舞いを崩さないというのに、今はなんとも弱々しい。


「ガナンよ、未だこの世界は危機に瀕しているぞ。最高神が選んだ娘もまた危険な気性をしている。野蛮な言葉遣いに品性に欠いた振る舞い、そしてこの私に対し礼儀も持たず、あまつさえ弟を見つけねば世界を滅ぼすと脅してきた」

「なんと……」


魔王の説明を聞いたガナンは、同じく顔を青くする。

この優しき王がこれ程言うのだから、よっぽど酷い性悪な性格をしているのだろう。


「異世界の娘はマリカという名らしい。相も変わらず凄まじい神力をしていたが、娘の方はマリスフィエナの力に気づいておらぬようだった」


茉莉花は無自覚に魔王を威圧していた。

そのせいで終始調子を狂わされてしまったが、普段ならばあのような暴言を許しはしない。決して魔王が気弱だとかそういうことではないのだ。断じて違う、断じて。


「それはそれで恐ろしい気がするのですが……」

「うむ……だが今のところ悪用されずに済んでいるのは重畳としておこう」


少しは前向きになれる要素が欲しいと魔王は思う。

マリカ、とあの娘は名乗った。

魔族を統べる魔界の王たる自分に向かって、よくもあれほど無遠慮に暴言を吐くものだといっそ感心してしまいそうだ。かと言って腹立たしいのは変わりはないが。

溜め息が自然と口から溢れ、それは二人しかいない静謐な大広間に思いの外響いた。


「それで、弟というのはどういうことです?」

「魂の召喚の際、弟が共に次元を越えてしまったそうだ。トールという。マリカは弟を無事に探し出さねば世界を滅ぼすと」

「そんな……!我々の落ち度では無いというのに!それこそ神々が面倒を見れば良いではないですか」

「マリカが真に神へと祈れば、神々も手助けができるだろうが。あの様子では神への信心など起きぬだろうな」


マリスフィエナの力があれば、神々も聞き届けぬ訳にはいかない。神をも引き摺り下ろすほどに、神威を纏って彼女は生まれた。あのような脅威をそもそもなぜ放置していたのか、神々の考えは魔王でさえも推し量れない。

魔王に与えられたものは魔族を統べ、魔界を治めることのみ。世界を安定させる為の礎の一つにすぎず、元々魔族は魔界以外への興味は全くと言っていいほど無いのだ。


「ああ煩わしい。なぜ人間とはいつも騒乱を起こすのか」

「全くです。放っておいても瞬く間に終える命だというのに、その短い生涯でよくも面倒をもたらす。なんとも騒々しい種族ですね」


今度はガナンが溜め息を吐く番だった。


「魔王様、異世界の人間を捜す方法は考えておいでなのですか?」

「……」

「魔王様……?」

「特徴はマリカより聞いてきた。探索の得意な者達を使って虱潰しに捜すよりなかろう」

「そうなりますよね、やはり」


人間に誤解されがちだが、魔族の持つとされる魔力は人間が想像するような万能のものではなく、魔族においての生命力と呼び替えても良い。

故に魔族の者は魔力を「使う」とは表現しない。彼らが使うのは魔術である。


「召喚された日付と日時から選出するより無い。その日に現れた変異を精霊達より聞き出し、場所を特定させよ」

「御意に」

「如何なる小さな事柄でも、私に報せてくれ」


人間界にも自由に行き来する精霊達は世界の至る所に存在していた。彼らもまた王を戴く者達だが、魔王のように種族を統治しているという訳ではないらしい。

らしい、と推察する程度にしか精霊はその種族性を他種族には見せない、謎多き者達だった。


ガナンは一礼すると足音も立てずに広間を出ていき、魔王の命令を遂行すべく迅速に行動を起こす。魔術を操る魔族を招集し、少ない情報からたった一人の人間を捜さなければならない。

魔王の望みを聞き、叶えるべく采配するのは全てガナンの役目であった。


玉座に残された魔王は広々とした空間の中で、その目を閉じて静かに件の娘を思い出していた。

寒々しいほどの静寂。魔王はそれを一度たりとも気にしたことは無い。

あのマリカという娘は騒々しく魔王を責め、生まれてから初めて浴びる不名誉な暴言を放ってきた。


魔王とて如何にこの世界が滅ぼされ、何故に最高神が再起の方法を採ったのか分からない。

知の神と魁の神は、最高神が消えたことを報せ、召喚された魂を見定めよと魔王に告げたのみで、質問をする猶予を与えてはくれなかった。


(禍の女神とは……)


マリスフィエナは、一体どこから生まれた?

人と呼ぶには収まらない力。

その力の出処はどこだ。

創造の主たる最高神は、マリスフィエナの正体を本当に知っていたのか。それもまた謎だ。


(世界に仇なす神は、この世界には存在しないはずだが……)


遥か太古、天地の分かれるその時に荒ぶる御霊どもは神々が平定した。

その御霊を慰める場所がこの魔界であり、魔王を主として置くことでそれを維持している。


マリカは「魔王っていったら大抵は世界支配を狙ってて、勇者とか英雄とかがそれを阻止するのが定石」と言っていたが、甚だ迷惑な話だ。

世界を支配してどうする?

人間など関わるのも億劫だ。

全くもって意味が分からない。


魔族の願いはただ一つ。

今日も明日も平穏に。

昨日と変わらぬ今日を望み、変化や波風立つような事は好まない。そういう種族だった。

魔王もひたすら静かに毎日を過ごしたいと思うし、平和が一番だ。


(魔王として生まれ幾千年か。よりにもよって悪鬼のような娘に扱き使われる日がこようとは)


世界平和の為、そう自分に言い聞かせて魔王はこれからの不穏な日々に立ち向かう決心をしたのだった。




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