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魔王と語らう夜




茉莉花の世界で発売されたゲーム、『アルビオンとアイテールの乙女』の物語は一度この世界で起きた事だった。


退屈な世界を滅ぼしたいと思い立った一人の令嬢が発端で、あらゆる生命が奪われアルビオンは壊滅状態となる。しかしアイテール王国の乙女、アンジェラによって完全なる滅亡は阻止された。


これは想像の産物ではなく、どういう事か異世界での出来事がゲーム化されていたのだという。


問題はここからだ。

すでにここまでで色々ツッコミたい問題はあるが、ここからだ。


アルビオンの最高神は、『やり直し』をしたらしい。

そもそも、世界が被害を受ける以前へと時間を巻き戻し、更に阻止するべく原因である令嬢の魂をすげ替えた。

世界に同じ魂は二つとはない。だが数多ある世界には、魂を同じくする者が異なる世界で同時に存在している事があった。


「それが私だって言うわけね?」


茉莉花は目の前の青年、自称魔王へと確かめた。

陶磁器のように白い肌と、丁寧に紡がれたようにサラサラと流れる長い黒髪。長い睫毛が縁取る目はアメジストの輝きを放ち、ミステリアスな雰囲気を醸していた。

作り物めいた、人ならざる美貌。


「同じ魂ってのがまずよく分からないんだけど、私がマリスフィエナの生まれ変わりだとか、そういうのとは違うの?」

「違う。魂はあらゆる世界に存在している。私の魂も異なる世界ではまだ誕生しておらぬかもしれぬし、あるいはただの人間として生まれているかもしれぬ」

「魔王の魂でも?他の世界じゃ一般市民とかやってたりするの?」

「さて、私なら凡庸な人間とはいかぬだろうがな。魂にも善し悪しがあり強弱がある」

「待って、私はフツーの人間だったのよ?マリスフィエナみたいに凄い力なんて無いし」


体力は平均的、成績が良いのは勉強の結果。天才と言えるほど飛び抜けた何かは茉莉花には無い。

魔王は艷麗な動きで首を傾けた。いちいち様になる男である。


「マリスフィエナは、異様な存在なのだ」

「異様?」

「本来ならそなたと変わらずただの娘にすぎぬはず。しかし、最高神はマリスフィエナを女神と申した。この世界において、何かがそなたの魂に起きてしまったのだろう」

「魔王でもわかんないの?」

「人間の娘に易々と殺められるような魔王に、何が分かろうか……」


途端に魔王が落ち込んでしまった。意外と面倒臭い。


「巻き戻されようと、多少は記憶を“私”に渡せたはずだが、それ以前にマリスフィエナに殺されてしまったせいで私にも分からぬ。おそらく知っているのは最高神である女神のみ」

「その女神も居ないのよね?」

「然り。女神は己の存在を等価として世界を戻した。誰にもマリスフィエナの正体は分からぬ」

「時間を巻き戻すより、生き返らせた方が早い気がするんだけど。なんで女神はわざわざ私を巻き込んだわけ」


もっと言ってしまえば。


「元凶が分かってるんだから、こんなややこしいことしなくてもマリスフィエナを暗殺するとかナントカすればいいじゃない」


とても迷惑だ。巻き込むならばせめて事前に事情を説明するだとか頼むだとか、一言断りを入れるべきでは。

まぁ絶対拒否していたけども。


「そなた恐ろしいことを言う。事も無げに、殺めよと?」


口に手を当てて魔王は怖気たように茉莉花を見やる。なぜ魔王にドン引かれるのか甚だ疑問だ。魔王なのに。


「そんなことが赦されるなら、創造の主にして最高神が災いを止めていた。人の成すことに主は手出しはしない。ーーー出来ないのだ」


そういうことなら、天罰が下る、という言葉は無いのだろうか。どんな悪い事をしても神はそれを看過すると言っているのと同じな気がする。


(ん?でも輝きの神であるソル・ステラは主人公のこと助けに来てたけど、あれはアリなの?)


茉莉花は首を捻ったが、魔王の説明はまだ続くようなので口には出さなかった。


「そして同時に、死者を生き返らせることは禁忌。それは神とて同じ。しかし再起の術は許されている。世界を創造した最高神にしか出来ぬ御業だ」

「……スケールでかすぎてちょっとよく分からないけど……法の抜け道みたいなもの?」


死者は呼び戻せないけれど、世界をやり直すのはOKなのか。それしか死を覆す術は無いという事かもしれない。


「それで、なんて言うか、マリスフィエナは今どこにいるの?日本?それとも、まだこの身体の中にいるとか」

「私の見た限りでは、あの娘の気配は無いようだが……。他の世界の魂を召喚するのは初めてのことだから、どういう結果が起こるかは分からぬ」

「魔王、やっぱこの世界を代表して私に殴られて」

「なぜだ、断る」

「お詫びの気持ちと誠意を見せなさいよ」

「そなたを召喚したのは私ではない。文句は神々にせよ」

「あーそうね、所詮は小娘なんかに簡単にやられちゃって魔族滅ぼされて、でもってマリスフィエナの正体さえ見破れなかったんだもんね」


半眼でチクチクと言うと、目に見えて魔王はショックを受けたようだった。白い顔が青白く変わり、悲哀に満ちた目は揺れ動いて全力で沈んで行くのが手に取るように分かった。

なんて虐めがいのあるーーーそこではたと茉莉花は頭を振る。

思考が完全に意地悪令嬢キャラになってしまっているではないか。ラスボスからずいぶん悪のランクが下がったなと、他人事のように考える。


「マリスフィエナが女神であった、というのは確かである。しかし女神の生まれ変わりならば神々がその正体を知らぬわけが無い。誕生と共に神々から祝福を与えられるからな」

「ふぅん?でもまぁ、私がこうなってマリスフィエナやってる時点で世界が破滅することも無いし、そこはどうでもいいんだけど。……最大の問題は」

「なんだ」

「私の弟よ」

「弟?」

「弟の透。この世界に来る瞬間、透も一緒に巻き込まれたの」

「トールとな。しかし肉体への召喚が成されたのはそなたのみ。となると、そなたの弟は生身のままこの世界に落ちたことになる」

「えええ!?」


自分の状況がコレなだけに、透もまた誰かの中に入ってしまってるのだと思っていた。

なのに、透だけこの世界でなんの頼りも庇護もなく放り出されたと?


「なにそれ!?早く言いなさいよ!ていうかなんで初日にあんた現れないわけ!?なに呑気に人のこと観察とかしてんの変態ッ!」

「変態……!私を変態と!?」

「やってることストーカーと一緒じゃない!透はどこなの!?」

「もし召喚が失敗していたら怖いではないか!私が消されても良いと!?」

「上等よ!魔王なんだから大人しく勇者にでも討伐されなさい!」

「なんだ勇者とは!?なぜ私が討伐されねばならない!」


おかしい。なんの言い合いをしているのだ。

茉莉花は冷静になろうと髪を搔き上げた。その動作はマリスフィエナの美貌も相俟ってどこか憐憫なもので、魔王は眩いものでも見たかのように目を眇める。


「……人間の小娘のくせに、見目だけは精霊が如くであるな。中身は小猿並に粗暴だというのに」

「聞こえてるわよ弱小魔王」


まだマリスフィエナの容姿と茉莉花の意識が伴っていないので、今の姿が人外の美貌と並び立つ程の美しさだという自覚が薄い。

日本人とかけ離れた容姿というのもあり、馴染まないのは仕様がないというものだ。


「言わせておけば、重ね重ねなんたる無礼な」

「無礼はどっちよ。そっちこそ分かってるわけ?私の犠牲でこの世界の滅亡は阻止されてるんだからね」


ド直球に明言すると、魔王は言葉を詰まらせる。


「ねぇ魔王、あんたの力で透のこと見つけられない?この際、神でも魔王でもいいから、あの子を助けて欲しいの」

「ほう、弟のことには殊勝になるか」

「もしあの子に万が一の事があったら……」


一人ぼっちで見知らぬ世界に放り出され、一体どうしているのだろうか?

眠る場所もなく今もどこかの道端にいるのだろうか?

そんな透の姿が浮かび、茉莉花は血の気が下りる。


「透に何かあったら、この私が世界滅ぼすから」

「!?」

「滅ぼすからね?マジで」


蒼白になった魔王に茉莉花はニッコリと笑いかけた。 絶対やるから、という威圧をのせて。


「待て、早まるな、そなたの弟は必ず見つけよう」

「いいわね?透の安全にこの世界の命運かかってるようなものだからね?」

「う、うむ」


異世界二日目の夜、茉莉花は魔王を配下に置くことに成功した。




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