騎士ウィルトス
城には騎士が付き物だと思う。
むしろ騎士のいない城とか王国とか、それ本当に王国なのかと問いたい。それぐらい重要だと茉莉花は思うのだ。
「ロス様、話を戻しますが」
程々に時間も経ったし帰ろうかという雰囲気になり、茉莉花は口を開いた。
「もし私が他の人を好きになってしまったら、どうします?」
「他の……?」
「そうです。例えば、王国騎士団の団長、ウィルトス・ケントーリア様とか」
「どこになにをどう話を戻したのかまず聞きたい」
「あの方もかなり人気なんですよね」
SNS界隈で二番目に人気だったはず。一番人気は王道のラウルスだ。
「せっかくお城に来たので、ウィルトス様に会ってみたいなぁなんて」
ふふふ、とできるだけ無害そうに笑ってみた。
しかしロスは完全に感情が死んだような目をして茉莉花を見返す。
「婚約解消もしていないうちから、ずいぶん大胆なことを」
「でもロス様、私と婚約しようがしまいが、どうでもいいんでしょう?」
「だからといって貴女の色恋の戯れに付き合う義理は無い」
「私がどうなろうと、どうもしないんでしょう?」
「……」
「別に私に興味とかないんですよね?」
畳み掛けるとロスは無と化した。
「なぜ私が」
「ロス様、ウィルトス様と仲が良いんですよね?いいじゃないですか、ちょっと一目挨拶ぐらいさせてくれても」
ロスの兄貴分、とキャラ相関にあったし、ゲーム内でもウィルトスとのエピソードが出てきていた。ラウルスとも幼馴染みだが、ウィルトスは兄のようにロスに接するので特に茉莉花は好きだったりする。
普段クールなロスが弟扱いされて、微笑ましいのだ。
「貴女は遠慮という言葉を知らないのか。普通は婚約者に男を紹介しろとは言わない」
「え、気にするんですか、そこは。ロス様は意外と繊細な男心してたんですね。良いこと知りました、ありがとうございます」
不本意な解釈と謎のお礼。
会話が成立している気がしないロスと、結婚はしたくないがキラキラとした瞳で自分を見つめてくる茉莉花。意味がわからない。
繊細ではなく常識だ、と言い返そうとしてロスは諦めた。不毛な気がする。
「……ウィルとなら結婚したいと?」
「ですからそういうのは会って人となりを知ってからです。どうしてそう、一足飛びで結婚てなるのかな」
現代っ子の茉莉花には理解に苦しむ感覚だ。
そもそも、両親は不仲で結婚というものに夢もへったくれも無い。好きで一緒になって子供まで産んでおきながら、ろくに育てずお互い好き勝手するーーーそれが現実。
だから絶対に主人公を裏切らない二次元が好きなのだ。
なぜかロスの目が一層冷たい物になった気がしたが、茉莉花は構わず続けた。
「私は好きな人と結婚したいんです。ならまずは出会いがないと始まらないでしょ?」
茉莉花は自分なりに正当な主張だと思っているので堂々としたものだ。
可憐な美貌で笑う少女を前に、謎の生物と話しているようだと、ロスはその瞬間全てが面倒になった。
つまり、諦めたのだ。
騎士の仕事なんて、正直想像もつかない。
なんたって茉莉花は普通の女子高生だ。想像なんてしたこともなかった。
騎士団て王様を守る人達かなぁ、と思っていたがどうやら違うようだ。
大統領をシークレットサービスが守るのと一緒で、軍人や警察が専門にするわけじゃない。戦うことが専門の王国騎士団は、軍の部類に入るようだった。
「私は言われた通りにしただけだ」
「だからといって、ロス……マリスフィエナ様をこんなところに……」
背後に吹雪でも背負ってそうな、冷気を漂わせたロス。
それに対面するのは手触りの良さそうな紅の髪をした男。銀色の瞳は柔和な色をしていて、声からも優しげな様子が伝わってくる。
訓練の途中だと言う彼はラフな服装で、タオルで拭っているが未だ引かない汗が顎下から流れていた。
こんなところというのは、王城から続く騎士団が控える塔の一画。石畳で綺麗に整理された吹き抜けの広場を囲んだ、騎士の訓練場である。
そこを見渡せる回廊に連れ出されたのは、ウィルトス・ケントーリアだった。
「ウィルトス様、こんにちは」
侯爵令嬢だから「ご機嫌よう」とかの方が正解だったかな、と茉莉花は小首を傾げた。まあ、言い慣れないお嬢様言語は痒くなりそうだから無理はしないでおこう。
ウィルトスは困惑しつつ笑みを返してくれた。
背後に騎士達が野次馬をしているからか、彼の声は少し控えめだ。
「マリスフィエナ様、ご婚約おめでとうございます」
「あ、その件は保留になりました」
ゲーム通りに柔らかな微笑みを浮かべるウィルトスに、透では無い事を確信して、
(もう用が済んだな……)
と内心落ち込む茉莉花。
そんな様子には気づかず、ウィルトスは顔を引き攣らせて「保留?」と呟く。
「……ロス?」
「マリスフィエナ殿のご希望だ」
どうなっている、と話を向けた相手は機嫌の悪さを隠そうともせず、冷たい声で言いやる。
「それで……なぜここに?」
「それもマリスフィエナ殿のご希望だ」
「普通はこんなところにご令嬢は来たがらないと思うけどね」
若い娘が汗臭い訓練場になど近寄りたがるものだろうか。ウィルトスの一般常識として女性とは血と暴力を怖がるものだという認識であり、荒事を連想させる剣の訓練など見たいものじゃないだろう。
それ以前に男所帯のところにみだりに近づけば、慎みがないと謗りを受けるはずだ。
知るか、と言いたげにロスは肩を竦めた。彼にしてみれば、延々と茉莉花に振り回されているだけなのだから。
「あー、それでは何か僕に御用でしょうか?」
「御用?」
マリスフィエナのたおやかな微笑みが停止する。ノープランで来たので、茉莉花は特別に用件など考えてはいなかった。
「えーと……」
「マリスフィエナ様?」
相手にもそれは伝わったらしい。
もしかして、特に無いのか、と。
「とりあえずお会いしてみたくて」
「はあ……」
とりあえずとは。
「初めまして、でしたっけ?」
「こちらは何度かお見かけしていましたよ。正式にご挨拶したのは初めてですが。このようなところで、お見苦しい格好をお見せして申し訳ありません」
「いいえ、とてもカッコイイです」
「はは、それはありがとうございます。国の至宝とも謳われる女神姫に微笑まれると、疲れも飛んでしまいますね」
こういうところだ、ウィルトスの人気の所以は。
およそ荒事とは無縁のような甘やかな微笑みで、砂糖菓子のような台詞を衒いも無く口にするのだ。
紳士と騎士道を併せ持った、理想を絵に書いたような性格。大人の男性だと感じさせる骨格のしっかりした体躯と男前な顔立ち。
その包容力が魅力的な人物だった。
(はぁ〜、やっぱりカッコイイ〜。現実だと筋肉とか生々しい……ウィルはけっこう欧米人寄りの顔立ちだなぁ……)
ロスやラウルスは大人に成りきってないからか、ほっそりとした顎で女性のように美しい。女装させたらけっこう似合うかもしれない。
そんなくだらないことをつらつら考えながら、茉莉花はマリスフィエナになりきって完璧な微笑みを浮かべた。
「ウィルトス様とお会いできて良かったです。ロス様もありがとうございました」
にっこり笑って「ではどうも〜」と手を振る。引き止める間を持たせてはいけない、ここはすぐ様撤退だ。
後ろで「え?」とか「おい」とか声を上げているけれど、もはやここに用は無かった。
茉莉花のするべきことはただ一つ。透を見つけること。
婚約だの結婚だのやってる場合じゃない。
ファンタジー世界と美形男子にときめいてる場合でもない。
なんてつくづく自分は不遇の人生なんだろう、なんて思いながら、茉莉花は深いため息を吐いた。