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【始まりは本】


もしもこの物語が実際に存在したら。

ここでは無い世界があるなら。

だとしたら、ここにある無数の物語達はいわゆるパラレルワールドなのだろうか?


小説はただの空想の産物によるものーーー本当に?


巻末にENDがついたものは、もう終わった物語。でもめでたしめでたしのその先、あるいは終えた冒険のその後は、記されずともきっとあるはず。

単に作者が、もしくは筆者が、勝手にピリオドを打ったに過ぎない。ページには限界があるのだ。



疑いはどこにもないのか。

断言できるほどの確信が誰にある。

確たる証拠はない。



この世界がひとつだと、一体なぜ信じられる?



「装丁すごくクラシックなくせに、ずいぶん現代的な文章」


そこまで読んであらためて表紙を見やる。

序文はなぜか、パラレルワールドの存在を示唆するものだった。

『避難先』の市立図書館は、家から自転車で通える距離で、今日も今日とて避難してきた。


茉莉花は家が好きではない。正確には、不仲な両親と壊れた家庭が存在する空っぽな家が。


「姉、読みたい漫画がぜんぜん置いてない」

「透、昨日は推理小説のシリーズモノ読んでなかった?」


姉、と変な呼び方をする弟の癖をもう訂正することも諦め、茉莉花は首を横に倒す。すると丸みを帯びた頬を膨らませ、更に丸くして茉莉花の横の椅子を引いた。

弟の透もたまに付き合って避難してくる。

放課後に遊ぶ友達もいない茉莉花と違って、透はそこそこ友達がいるはずだった。なのに時々こうして姉と一緒に図書館通いに付き合う。それは偏に茉莉花のためにほかならない。


少なくとも茉莉花はそう理解していた。


「あれもう全部読んだよ」


透はため息に次いで頬杖をつく。


「全部!?早くない?」

「面白かったし。姉も読んでみたら?」

「えー、推理小説ニガテ」

「姉はファンタジー小説ばっか読んでるよな」


5歳年下の弟に指摘され、なんだか自分が幼稚なようで、頬が熱くなる。

たじろぎながらも茉莉花は言い返した。


「あんたは人死ぬ小説ばっかり読んでるじゃない。もっと可愛らしい青春モノとか読めば?」

「青春モノってなにそれ美味しいの?」


さらに言い返されむぐっと唸る。

そうだ。共通して苦手ジャンルは青春とホラー。

甘酸っぱくも青臭いすったもんだの若者とかゲンナリするし、幽霊は怖いから無理だ。


ファンタジーと推理小説。

異なるジャンルでも実は二人が求めてるものは同じだと茉莉花は思う。

非現実的。非日常。

趣味嗜好とまた別に、二人にとって読書は現実逃避。


「宿題とかやっちゃう?」

「めんどくさー」

「私もそろそろテスト勉強始めないといけないの」

「別にやんなくても頭いいんだから意味無くない?」

「なにその謎理論」


透の言う通り、勉強で躓いたことはない。それは兄弟揃ってのことだ。

しかし世の中には井の中の蛙という金言があってだな。

上には上がいるのだから、独り立ちした時の為に精一杯有利な学歴を付けたいではないか。

今のところ両親は、金銭面で二人に苦労はかけていない。その心配だけはないのが唯一の救いだ。


茉莉花が小学校に上がった頃。その時にはすでに食事は自分達で用意していた。

両親の姿は食卓に無い。まだ二歳にもなっていない透さえ、あの大人達は平気でシッターもつけずに放置した。『お姉ちゃんがいるから大丈夫』だと。


そんな人達を両親に持ち、二人は子供でいることを早くに捨てなければならなかった。

グレることも荒むこともなく、真っ当(?)な人格形成がよくできたものだと自分を褒めたい。

多少冷めた子供なのはご愛嬌だ。いや愛嬌を失ったから冷めてるのか。


「ゲーム機持ってくれば良かったね」

「昨日はイヤホン忘れて無音でやる羽目になった。姉、貸してくれないし」


どうせ透は謎解きゲーム系をやるのだから、イヤホンなどいらないだろう。テキストを読めばいい。


「当たり前でしょ、私だって必要だったんだから。音声無しの乙女ゲーやって何が楽しいのよ」


というのが茉莉花の主張である。


「ていうか姉、あれ買ったばっかじゃん。もうクリアしたの?」

「そうだけど?何日前に買ったと思ってるの」

「いや三日前じゃん」

「終わるに決まってるじゃない」

「……全キャラ全エンディング?」

「だけど?」


最近の女性向け恋愛ゲーム、いわゆる乙女ゲーはユーザーに易しく、痒いところに手が届く、といった機能がデフォルト。

セーブ、ロード、オート、一度見た場面はスキップ。

至れり尽くせり。そうでなければ数多あるゲームから選ばれない。

女性に優しく、は男女平等を謳う世の中でも必須。


ただ正直あまりに楽すぎてやり込み要素が半減なのが茉莉花の悩みどころ。透に愚痴ると「知らんがな」と呆れられた。


「今日のご飯どうする?今月まだ外食してないし、今からどっか食べに行っちゃう?」

「マジで!?だったら焼肉したい!」


親から生活費は貰っている。お小遣いではなく、生活費だ。

中学にもなれば通帳とクレジットカードを持たされ、必要なお金はここから使えと言われた。やり繰りは自分でしろとのことだ。


「はいはい、焼肉好きねーあんたは」

「焼肉以上のものって世の中にある?」

「小学生のくせに~」

「あと半年したら中学だし」

「うわーもうあと半年?早い、時が巡るのは早いな~」

「オバサンくさ」


透が小さく言う。なんて憎らしい。


こめかみ辺りを小突こうとして拳を上げるも、相手の動きは俊敏だった。透はさっさと立ち上がって歩き出す。


「それ借りるんだったら早くね。俺外で待ってるから」


それ、というのは茉莉花の手元にあるやたら装丁の凝った本。実は見た目がカッコイイという理由だけで手に取った本だ。

パラレルワールドだの他にも世界があるのだとか書いてあったし、きっと異世界物のストーリーだろう。


茉莉花はその本を手に、貸し出しカウンターまで向かった。





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