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第1話 3年後

「マリアさん。朝ですよ、起きてください」


 まどろむ私のそばで、優しい声が聞こえた。

 明るくなったのは、誰かが私の顔にかかる髪をそっと払ったからだろう。

 もう少し眠っていたいけれど、頑張って目を開けた。


 窓が開いているのか、さわやかな風がカーテンを揺らしている。

 小鳥のさえずりが聞こえ、暖かい光が部屋を満たしていた。


「おはようございます」


 そして目の前には、神秘的な美少年の微笑み。

 これ以上幸せな朝ってある?

 いや、「ない!」と断言する。


「おはよう、リヒト君。はあ……今日も美しいねえ。お姉さん、生きててよかった……」

「ふふ、まだ寝ぼけてます? 顔洗って来てください。その間に朝食をもらってきますね」

「ふぁーい」


 背伸びをしながら体を起こす。

 ダラダラしている私とは違い、きっちりと身支度を整えているリヒト君の背中を見送った。

 私が更にのんびりできるよう、本来は食堂でとる朝食をわざわざ取りに行ってくれるようだ。


「これがスパダリというものか……」


 スーパーダーリン……いや、ダーリンでもないし、まだまだ成長途中だけれど、将来誰かのスパダリになることは間違いないだろう。


「リヒト君、ランニングや素振りはもう終えてきたんだろうなあ」


 カトレアやシンシアたちに修業だと言われてやっていた内容を、リヒト君は朝の日課にしている。

 基礎の強化になるし、あの頃を思いだしてがんばろうと気が引き締まるのだそうだ。

 なんて立派なんだ……!

 私も見習わなければいけない。


「よし、顔を洗おう」


 これ以上リヒト君の手を煩わせてはいけない。


「もう私の方がお世話されちゃっているわね……」


 出会った頃は、戦闘はもちろん生活面でも私が面倒を見てきたが、この頃はすっかり逆転してしまっている。


「もう三年か……」


 リヒト君がこの世界に来てから三年経った。

 大精霊の武器を手に入れ、勇者となったリヒト君と私は、ずっと二人で旅を続けている。


「立派な勇者になりたい」というリヒト君に、私は改めてゲームのメインストーリーなどについて話した。


 メインストーリーの主人公――ゲームを操作する人間の分身である『プレイヤーキャラクター』は、不思議な声が聞こえる新人冒険者だ。

 ストーリーを進めると出会う勇者たちと共に、この世界に魔王級の魔物が生まれる真相に迫っていく。


 真相を知るまでのストーリーは長いが、要点をまとめるとこうだ。


【魔王級の魔物を生みだしているのは闇の大精霊で、諸悪の根源を絶つためには、闇の大精霊を倒さなければいけない】


 私が知っているのは終盤までで、最終シナリオはまだ公開されていなかったが、これが物語の本筋であることは確かだった。

 だから、勇者を目指すなら、闇の大精霊を倒すことが最終目的となる。


 この世界でもゲームと同じように、魔王級の魔物に苦しめられている人、犠牲になった人はたくさんいる。

 人々の平和を守る勇者ならば、闇の大精霊を倒し、魔王級の魔物が生みだされるのを阻止しなければならい。

 その目的を果たすため、私たちは魔物を倒しながら、修業の旅をしているのだ。


 そして情報収集も怠っていない。

 ゲームと現実が同じとは限らないからね。


 そして少し気になっているのは、経験値泥棒……あー……えーと……なんとかベルト、あ、ジークベルト!

 あの優男のことだ。

 彼は闇の精霊に好かれていた。

 メインストーリーでは、プレイヤーは後々闇の大精霊の武器を持つ者――闇の勇者になることを思い出したので、何か関連があるのか気になった。

 まさか、私みたいに転生者? と思ったけれど、そういう風には感じなかった。

 ファインツと知り合いみたいだし、その内また会うかも?


 とにかく、私たちの身近な目標はもっと強くなる! だ。


 今、私たちは、リヒト君が召喚された国とは違う『ヴァーミリオン』という国にいる。

 光の大神殿とはギルドを通して稀に連絡を取る。

 大神官様やルイは元気にしているそうだが、まだしばらく顔を見ることはないだろう。


 でも、大神官様の「勇者様のご様子はいかがですか」のお伺い熱がすごいので、その内向こうから会いに来るかもしれない。

 いや、すでにこっそり見に来ている可能性もある……。


 大神官様のリヒト君に対する思い入れは、「勇者だから」という説明では無理があるように感じるが、それを私からリヒト君に聞くことはできない。

 私が踏み込んじゃいけない気がするので、いつか知ることができたらいいなと思っている。


 ルイはゲルルフに鍛えられて、神武官になったそうだ。

 真面目にやっているようなので、本当によかった。


 リヒト君も背が伸び、まだまだ幼さが残っていてかわいいけれど、かなり男の子らしくなってきた。

 まだ私の方が背が高いが、この勢いだと来年ぐらいには身長も追いつかれ、あっという間に追い抜かされるだろう。


 後ろからくっついて、リヒト君の頭の上に顎を乗せるのが大好きだったのに……。

 お楽しみ期間の終了は近づいているようだ。

 残念すぎる! 今のうちに満喫しなきゃ!


 体つきもしっかりしてきたし、レベルも上がって、私も勝てるかどうか怪しくなってきた。まだまだ負けるつもりはないけれどね……!


 顔を洗い、身支度を整えたところでリヒト君が戻ってきた。

 大きなトレイには、二人分とは思えない量の朝食が乗っている。

 かごの中にパン、いくつ入っているの?


「パン、いっぱい貰っちゃいました」


 今日も持ち前の美貌で宿の人を虜にしてサービスして貰ったようだ。

 リヒト君にサービスした方、私もパンを食べちゃうことをお許しください。


 二人でテーブルにセッティングし、朝食タイムを始める。


「マリアさん、今日は長距離移動になりますから、しっかり食べてくださいね」

「はーい」


 リヒト君は私を「マリアさん」と呼ぶようになった。

 姉弟だと思われるのが嫌なのだそうだ。

 私が姉だとそんなに嫌ですか? 血のつながりがあったら恥ずかしいですか!?

 お姉さんと呼んでもらえないのはちょっと寂しいが、名前で呼んでもらえるのも嬉しいので難しい……。


 モリモリにあった朝食のほとんどがリヒト君のお腹の中に入った後、私たちは宿をでた。


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