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ともだちの花

作者: 広瀬倫康

ある冬の夜。ものしりうさぎのところへ、やせっぽちのおおかみがたずねてきました。


うさぎはおどろき、おびえましたが、おおかみはうさぎを食べようとはしませんでした。


「ぼくはうさぎさんを食べたりしないので、どうか、あんしんしてください」


そういって、おおかみはうさぎに、ていねいなおじぎをしました。


「きみは、この森いちばんのものしりだって、聞きました。ぼく、教えてほしいんです。ともだちって、どうしたら、できるんでしょうか」


うさぎには、おおかみが、ひどくさみしそうに見えました。


外はびゅうびゅう、冷たいかぜが吹いていて、凍ったおおかみの毛をぱりぱりと揺らします。


うさぎは教えるより前に、おおかみをじぶんの家へと招き入れました。


「わたし、ちょうどスープを作っていたんです。今日は、とてもさむいでしょう?どうぞ。あがって、いっしょにたべていってくださいな」



家のなかはとてもあたたかく、かまどでは、大きなお鍋が、くつくつと煮えています。

オレンジ色の、人参スープをうさぎがお皿にもって出すと、おおかみはがつがつぺろりと、あっという間にたいらげてしまいました。


「ああ、うさぎさん。このスープ、とってもあたたかくて、おいしかったです」

「おいしすぎてぼく、思わずにこにこ、わらっちゃった」


おおかみは満足そうに、おなかをさすって言いました。


「それはよかった。ねえ、おおかみさん。よかったらまた、食べに来てくださいね」


「ええ!ほんとう!?」


おおかみはおどろきました。

だってみんな、小さなどうぶつは、おおかみのことを嫌っているはずなのです。


「ぼく、おおかみだよ。うさぎさん、それでも、いいの?」


「もちろんですよ。だってわたしたち、もう、おともだちじゃないですか」


そう言って、うさぎはにこにこわらいました。

おおかみはふしぎに思いましたが、なんだかつられて、わらってしまいました。


こうして、うさぎとおおかみは、さむいさむい冬の夜、ともだちになったのです。




おおかみははじめてできたともだちがうれしくてしょうがありませんでした。


「ああ、はやくうさぎさんにあいにいきたいな」


「うさぎが、なんだって?」


ほかのおおかみが、言いました。


「うさぎかあ。最近、くってねえなあ」


「あのまんまるな腹に、がぶりとかみついたら…ああ、おもいだしただけで、よだれが出るぜ」


ほかのおおかみたちの話を聞いて、おおかみはこわくなりました。


おおかみは、うさぎとともだちになったことを、けっして知られてはいけない、と思いました。



それからおおかみは、他のおおかみたちに見つからないよう、雪の降るさむい夜にだけ、うさぎの家をたずねるようになりました。


さむい夜なら、他のおおかみたちも外に出ようとしないからです。


「うさぎさん。今日もさむいね」


「うん。さむいですね」


うさぎとおおかみは、窓の前でならんで座って、夜空を眺めていました。


ちらちと雪が降る、空の遠く遠く。小さな月が、見えました。


「ねえおおかみさん。あのお月さまには、うさぎが住んでいるんですよ」


「ええ?あの、お月さまに?」


「昔、さると、きつねと、うさぎが、おなかをすかせた神様に出会い、さるは木の実を、きつねはさかなをとってあげたのですが、うさぎは、何もできなかったんです」

「だからうさぎは、自ら、火に飛びこみ、体を焼いて、神様に食べてもらおうとしました」

「そのごほうびに、神様は、うさぎを月にすまわせてあげた、というわけなんです」


おおかみは感心しきりで、うさぎの話に聞き入っていました。

ものしりなうさぎの話はどれもとてもおもしろくて、飽きることがありません。


「うさぎさんは月で、何をしているのかな」


「おもちをついているんですよ」


「おもち?人参スープじゃなくて?」


うさぎは笑いました。

そして、今度はおおかみと一緒に、お鍋いっぱい人参スープを作りました。


ともだちと一緒に食べるごはんはとてもあたたかく、たのしいきもちになることを、おおかみはうさぎのおかげで、知りました。




おおかみはもっともっと、うさぎとたくさん、話をしたいと思いました。

一日中でも、うさぎの話す、月の話を聞いていたいと思いました。


しかし、ある日。

おおかみがうさぎの家から出てくるところを、他のおおかみに見られてしまったのです。


「うまくやったなあ、おい」

「あのうさぎさ。なかよくなったふりをして、太らせてから食べるんだろ?」


おおかみたちは、言いました。


「ああ!ほんとうに、うまそうな、うさぎだった!」

「なあなあ。おれたちにも、分け前をくれよ」


そう。

おおかみたちは、あの、ものしりうさぎを食べるつもりなのです。


いよいよおおかみは怖くなって、急いでうさぎの家に向かいました。



「うさぎさん、うさぎさん!あけておくれ!」


「おやおや、おおかみさん。どうしたんですか?」


大慌てでやってきたおおかみは、うさぎにわけをはなしました。


「どうしよう。ぼくのせいで、うさぎさんが…」


おおかみは、とてもかなしくなりました。

だってうさぎは、おおかみのはじめてのおともだちなのです。


「そうだ!ねえ、うさぎさん。ぼくと一緒に、お月さまに行こうよ!」

「お月さまなら、おおかみなんていないし、ぼくたち、堂々となかよくできるよ!」


おおかみはうれしそうです。

うさぎは少し考えて、こう言いました。


「では、あのお山のてっぺんに、行きましょう。そこからなら 、お月さまに届くかもしれません」


そうして、ふたりは高い高い、お山のてっぺんへと、向かいました。




「はあ、はあ」


おおかみは大きな口から白い息をいっぱい吐き出して歩きます。


「うさぎさん。お山のてっぺんは、あとどれくらい?」


「まあだ、まだですよ」


お山のてっぺんまでは、3日3晩、歩きつづけなくてはなりません。


深い深い雪をかき分けて山をのぼるのは、とてもたいへんでした。


おおかみは空を見ながら、言いました。


「うさぎさん。ぼくたち、お月さまに行ったら、まず何をしようか」


「そうですねえ」


「きっと、月のうさぎさんたちはおもちばっかり食べてるから、ぼくたちで、人参スープをつくってあげようか」


うさぎはくすくす、笑いました。


「そうですね。たくさん、つくりましょうね」


「スープをたらふくご馳走して、そんでぼく、こう、あいさつするんだ」

「こんにちは、ぼくはおおかみですが、うさぎさんを食べたりしません」

「だからどうぞみなさん、ぼくを嫌わないでくださいね、って」


「嫌う?」


うさぎが首をかしげました。


「だっておおかみはどうぶつを食べるから。あ、もちろん、ぼくは食べないけれど…。だって他のどうぶつをおそって食べるなんて、すごく残酷で、かわいそうだ」


「でも、おおかみさんは、人参スープを食べたでしょう?」


今度はおおかみが首をかしげました。


「だって、人参だもの」


「人参だって、命なんですよ。大きいか、小さいかの違いだけです」


うさぎの話は、おおかみにはむずかしくて、よくわかりませんでした。


「人参は、動いたり話したり、しないのになあ」


ふしぎなきもちでしたが、おおかみは、月に行くのがたのしみでたのしみで、すぐに忘れてしまいました。




そして、3日目の夜。

てっぺんまであと少し、というところで、お山をひどいあらしがおそいました。


「うう…さむい。前が、みえない」


あたりは吹きつける雪で、真っ白です。

でも、早く月に行きたいおおかみは、歩くのをやめません。


「あと、もう少し!あと少しで、てっぺんに…」


と、そのときです。


どどど、と大きな音がひびきました。

とおくで、雪煙が見えます。


「雪崩だ!」


おおかみは、うしろにいる、うさぎにさけびました。


けれども、おおかみの声は風でかき消され、うさぎには届きません。


「うさぎさん!あぶない!」


どどどどど…


雪崩は、あっという間に、ふたりを飲み込んでしまいました。




気がつくと、あたり一面、すべて雪に埋もれていました。


「うさぎさん!うさぎさん!」


おおかみが探します。

うさぎの白いからだは雪に混じってよく見えません。


向こうに、赤い点々模様が見えました。

おおかみがいそいでかけよると、そこに、うさぎはいました。


怪我をしたのでしょう。

うさぎは、お腹からたくさん血を流していました。


おおかみは洞穴へうさぎを避難させ、冷たい風から守ってやりました。


けれどもうさぎの血は、止まりません。

どんどん雪を真っ赤に染めていきます。


「うさぎさん…」


ただよう血のにおいに、おおかみの喉が、思わずごくりと鳴りました。


なにしろお山に登りはじめてから、何も食べていなかったのです。


おおかみは、腹ぺこでした。


おなががぐう、となりました。口はよだれでいっぱいです。


「だめだだめだ!」


おおかみは頭をぶんぶん振りました。

ともだちをおいしそうだなんて、とてもひどいことだと思ったのです。


「おおかみさん」


目を覚ましたうさぎが、言いました。


「なんだい?うさぎさん」


「今、わたしを食べたいと、思ったでしょう?」


おおかみはどきりとしました。


「そんなこと、思ってないよ!」

「ぼくはおおかみだけれど、ぜったいにともだちを食べたりなんかしないんだから!」


おおかみは、少しおこったように、言いました。


「いいんですよ。おおかみさん、どうぞわたしを食べてください」


うさぎはにっこり笑っています。


「だって、そうすれば、わたしはおおかみさんの血や、肉になって、一緒に生きていけるのですから」

「そして、いつかおおかみさんが死んだら、その体は土にかえり、やがて、緑が芽吹きます」

「その緑は、また他のどうぶつに、食べられる。世界はそうして、順繰りまわっているんですよ。みんな、めぐりめぐって、たくさんの命の欠片になるんです」


おおかみはただ、どんどん声が小さくなっていく、うさぎの話を、いつものように聞いていました。


「だから、心配しないでください。おおかみがどうぶつを食べるのは、ただしいんです」

「だれもおおかみを嫌ってなんかいませんよ。みんな、自然なことなのですから」


うさぎの目の光が、弱くなっていきます。


「おおかみさん。どうか、あなたは、生きてくださいね」


「うさぎさん…?」


「…たくさん、たくさん生きて……」


うさぎの目が、ゆっくりと、閉じました。

うさぎはもう、動くことも、話すことも、しないのです。


「うさぎさん…」


おおかみは、うさぎのふわふわの毛に、顔を埋めました。

真っ白であたたかだった、うさぎ。

今は赤くぬれ、冷えきっています。



ああ。

どうしてだろう。

ともだちと食べるごはんはあたたかくて、たのしいはずなのに。


きみのからだは冷たいし、ぼくは、なみだがとまらない。



おおかみは、何度も何度も、うさぎの名前を呼んでは、泣きました。




それから、おおかみは歩きつづけて、やがて、お山のてっぺんまで来ました。


けれど、月はずうっとずうっと、遠くにありました。


こんな高いところでも、とても月には、手が届きそうに、ありません。


「うさぎさんは、知っていたのかな」


おおかみは、小さくクゥンと鳴きました。

そして、山を下りていきました。



それから、おおかみは精一杯生きました。

時々、挫けそうになる日もありました。

でも、とても悲しいことや、つらいことがあると、なぜだか胸のあたりが、小さく丸く、ぽっと温かくなるのです。

そう、ちょうどうさぎの手の大きさくらい。

まるでうさぎががんばれ、がんばれ、と胸を叩いてくれているようでした。


そうして、おおかみはうさぎの分まで生きました。


やがて、おおかみは年をとって、死にました。

おおかみの体は土にかえり、緑が芽吹きます。


雪の降る、満月の日。

一輪の花が、咲きました。


花は満月を見上げ、きらきら、きらきらと、光っていました。



うさぎのように真っ白な花。

それはきっと、ふたりが確かにともだちだったという、証なのでしょう。


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