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幸せの瞬間?

「今日は楽しかったわ、またふたりで遊びに来てね。いつでも歓迎するわ」


西日が空を赤く染めだした頃。

遊びに来てくれた新婚の年下の従兄弟夫婦に別れを告げて、玄関の前で二人の姿が見えなくなるまでアンジェリーナは見送った。

辻を曲がったのかその姿が見えなくなると、そっと扉を閉めてさっきまで来客がいた痕跡を残す応接間の椅子にぐったりと身体を投げ出した。

小さい頃からアンジェリーナの後をひよこのようについてきたミカエル、いつの間にか大きくなって、アンジェリーナが故郷を離れてる間に、どうやら結婚したらしいと両親から連絡をもらった。

何でも務め先のお屋敷で知り合った下働きの女の子だそうだ。


その知らせをもらったときに、アンジェリーナは何とも言えない複雑な気持ちになった。

弟のように可愛がっていたミカエルが幸せになるのは嬉しい。

だけどあんなにアンジェ、アンジェと慕ってくれていた子が他の人のものになったのがなんとも淋しい。

とはいってもアンジェリーナが故郷を離れたのはもう20年も前のことだったし、その間に結婚もしたし、あの頃追いかけてきたミカエルと同じ年頃になる子供もふたりいる。

だからずいぶんと身勝手な感情だとは自分でも自覚してた。

それでもモヤモヤが晴れないから思いきって故郷の両親づてに手紙を出した。


せっかくだから、1度新婚旅行がてら王都の家に遊びにこないか、と。


そして今日、ミカエルがはるばる故郷から訪ねてきてくれた、妻を連れて。


ベル、はミカエルよりも5つも年下だった。

そばかすの浮いた顔は、初めてきた王都の人混みにに怖じ気づいたのか、なんとなく不安そうな表情を浮かべて、ミカエルの後ろからそっと顔を覗かせていた。


にこやかに迎え入れて、用意してあったお茶とお菓子を出す。

お菓子は最近王都で流行しているものだ。


おずおずと長椅子に腰をかけ、もの珍しそうに辺りをみまわす。

その仕草がなんともあか抜けない。

久しぶりにあったミカエルもなんか思ってたよりもいかつくなっていて、お似合いな位に田舎くさい。


ふわっふわの金髪でくりっくりの青い目を上目遣いにして「アンジェ、大好き」って抱きついてきた可愛かったあの頃の面影が見当たらない。

こんな感じだったのかしら。


ふたりに会うまでの、なんとなく憂鬱だった気分もいつの間にか晴れていた。

離れていた故郷の話を聞きながら、そっとふたりを値踏みする。

新しくはあるけれど、やぼったい服。

日に焼けて色褪せた髪。

農作業で節くれた、ずんぐりした指。

たいして自分はどうだろうか。

年をとって白髪がふえたとはいえ、まだまだ髪の色は衰えてない。

新しい服ではないけれど、着こなしは悪くないはず。

肌もまだまだ弾力を失ってはいないし、手先も手入れを怠ってないから荒れていない。

若くはないけど、それでも、まだまだ負けていないわ。


気分よく故郷の噂話に相槌をして、王都の見所を教えて、若い二人のなれそめを聞いて、最近の自分の近況を話す。

時間はあっという間に過ぎて、ふたりは暇を告げる。

この後芝居見物に行くそうだ。


迎え入れる前よりも気分はよいけれど、それでも久しぶりの来客に随分と疲れてしまった。

暗くなった部屋の中にランプの灯りを灯し、アンジェリーナは片付けを始める。

そろそろ夫が、帰ってくる頃だ。

台所に作りおいておいた夫の好きなシチューに火をいれながら。

ふんふんと自然と鼻歌がでる。

パッとしないと思ってたけど、うちの夫も捨てたものじゃない。

なんてたって気が利いてる。

記念日には花を買ってくるし、今だってアンジェリーナを大切にしてくれる。


若い子に負けてないわ。


料理をテーブルに並べ終わった頃、ガチャリと扉の音がした。


「お帰りなさい!あなた!あのね……」


うん、わたし、今とっても幸せだわ!

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