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悪巧  作者: 豆腐
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黒鳥

 自由になっても何がしたいか分からなければ、それは自由ではないのかもしれない。心躍らせながら職務放棄したものの、家を飛び出したばかりの少年のような、クビになったばかりのサラリーマンのような、不思議な気持ちだった。


 ボス猫として長く生き、秩序とルールを守ってきた私だったが、ルールを破ってしまったボス鯉の末路を見て、私も旅に出たいと思ってしまっていた。


 しかし、いきなり自由になってもどうしていいかわからず、気が付いたら住処にいた。そうして考えているうちに、隣接しているエリアのボス猫ユキさんが情報交換の為に来訪した。


「もう情報交換の時間を2時間も過ぎているわよ? まさかリクさんと話して自分も自由になろうって言う事はないでしょうね?」

ユキさんにはお見通しというわけらしい。私は、後ろ脚で耳あたりを掻きながら答える。

「その通りです。昔ボス鯉だった、リクさんが自殺を繰り返して、人間にされた。私は自殺を繰り返す気はないですが、意味のあることをしてみたい」

 ユキさんは、呆れたという顔を一瞬してから、こちらを睨む。

「もう戻れないわよ? 私はリクさんが何者か、すぐ分かったから忠告したつもりだったのに。確かに、私達の本質を変化させられても、今すぐ殺すことは神にはできないらしいわ。だからといってこれからどうなるか、分からないのに、今の仕事を捨ててまで、やることかしら」

 ユキさんの言う事はもっともだった。そんなことは分かりきっていたが、それでも何か意味を探したかった。

「ユキさんの言う事は分かりますが、もう気持ちが決まっているのです。何をするかは決めてないですけど」

 ユキさんは、もうこっちを見てくれなかった。

「そう。ならいいと思うわ。好きにしなさい。持ち場を離れても少しすれば、代わりが呼ばれるでしょうし。やること決まってないなら、他のボス動物でも探してみたら?」

 そう言い捨てて、帰って行った。

 

 ユキさんは軽い気持ちで言い捨てただけだろうが、私はその選択肢に惹かれていた。せっかく今は不死身で、ボス同士の意思疎通ができるのだから今のうちにやれることをしてみよう。この特権を罰として奪われる可能性は十分にあり得る。


 そう思い立ち、まずは今の持ち場から離れることにした。あえて、リクさんに会いにいくのはやめた。そこにとどまってしまいそうだったから。


 猫の体でも安全な夜を選び、ゆっくりと気ままに歩く。それは普通の野良猫が散歩するようなペースで。夜中のこの街は不思議だ。都会のネオン街ほどの派手さは一切なく、ただ居酒屋と食堂が交互に並ぶだけである。夜になれば開いている店は少ないが、どこからともなく着飾った女性達が現れる。歓楽街のようなものは、見当たらないというのに不思議なものだ。彼女達は、何かと食べ物をくれるのでこのあたりの猫は飢えない。それこそ、体に毒なものをくれるときもあるのだが。


歩く彼女達の反対側を歩き、商店街を抜ける。どこに行くかは決めていないものの、東に向かって歩く。猫の体では、そんなに長くは歩けない。昔、担当していた海沿いの公園に向かい、体を休める予定にしていた。


こんなに便利な体なのに、どうして遠くへ一瞬で移動できるような能力はないのかと不思議に感じる。死はなくても疲労は存在するというのに、困ったものだとぼやいてしまう。


 そうこうしているうちに、日付は変わっていた。数分に一度、横を通り過ぎる車両に気を付けながら、海沿いに向かって歩く。冷たい風が、体を吹き付ける。人が触りたがるこの毛も、冬はそう役に立つものではない。

 寒いことは、何故こんなにも虚しさを掻きたてるのか。まるで世界から、「そうまでして自由になってやりたいことがあるのか」と問われているような気分だった。ただ、足を進めるしか他になかった。もうボス猫は辞めたのだから。戻ることはできない。


 朝が来る前には、海沿いの公園に到着できた。公園に入ってすぐの植え込みとトイレの隙間に体を丸める。明日から何をしようか。寒さと意識は次第に遠のき、風の音に耳を澄ませながら眠りについた。


 朝方に、何か金属がぶつかったような大きな音で目を覚ました。危険がないか、トイレ側からそーっと覗き込む。どうやら、カラスが公園のごみ箱を倒したらしい。ごみ箱から出た食べ物のカスをつついている。

 すると、いかにも掃除のおばちゃんといった格好をした女性が箒を振り回しながら現れ、公園から追い払おうとし始めた。「こらー!」「えいっ! えいっ!」という掛け声をだしながら、舞う。カラスの方は当たってはいないものの、距離を取るしかなくなっていた。おばちゃんは、荒く息を切らしながらゴミ箱を元に戻していた。


 おばちゃんはゴミを手慣れた手つきで集め、何かをぼやきながら掃除を進める。私に気づいたようで、ズンズンと近づいてくる。カラスのように追い払われるのは困るので逃げようとすると、彼女は両手で私を勢いよく撫でまわした。よく見れば、私がこの付近を担当した時にも見かけたボランティアの掃除のおばちゃんだった。彼女は、大の猫好きで餌をくれることもあったことを思い出しながら、豪快に撫でられていた。


 そういえば、自分はもうボス猫ではないのだから暴れる理由もないなと、しみじみした気持ちになってしまった。自由というのは、流れに身を任せてもいいし抗ってもいいし、不思議な感覚になる。それでも、前よりおばちゃんの手が温かく感じていた。


 おばちゃんは、豪快に撫でる手を止めることなく、話しかけてきた。

「あんた久しぶりね~! たまに猫の集会に混ざったり、一人でフラフラ散歩したと思ったら、最近は全然見ないんだから……」

 おばちゃんに撫でられながら、結構見られているんだなあと感慨深くなった。ふと、空を見上げると追い払われたカラス達が宙を回っている。

 私の視線の先に気が付いたおばちゃんは、撫でる手を止めて、ため息をつく。

「最近は、ここら周辺のカラスが暴れて困っているのよ。急に増えたのよね。公園のゴミまで漁りはじめちゃうし、どうしたものかしら……」


 カラスはとても賢いと呼ばれる生き物。こいつらのボスは相当大変だろうなと考えていた時、天空から声を投げかけられる。

「おい、お前! お前だよ。黒猫! お前、その婆さんの仲間なのか?」

 急に声をかけられても、困る他ないが、その声はガアガアと五月蠅いものではなく、私にしか聞こえないものだった。要するに、ボス用の意思疎通というわけだ。

 

私は、おばちゃんの手の中を後にして、海沿いに走りながら答えた。

「私は、ただのボス猫だよ……元、だけど。あのおばちゃんには良くしてもらったことがあるだけだ。君は?」

 カラスの方は何匹もいるので、ボスがどれか分からないと思っていたが、意外とすぐに見つけることが出来た。リクさんの時もそうだったが、ボスの役割を持つ生き物は雰囲気が周りとは異なる。だからユキさんもリクさんの正体を見ただけで分かったのかもしれない。私は「興味を魅かれる」程度にしか感じてなかったので、鈍感らしい。


 私の言葉を聞いたカラスの方は、傍にテクテクと歩いてきて私の顔をジロジロと左右交互に見る。

「どうやら、本当のようだな。俺は、この辺のカラスのボス役。名前はコウ。ま、よろしくな。もう何でもないただの猫さんよ」

嫌味気に話しかけてくるが、どうやらそういうキャラクターのようだ。

「俺らは、ボス猫達みたいに持ち回り制度はないんだ。だから、お前さんがここの担当だった時からよく見てるさ。お前さんは、空なんか見てないだろうがね。で、なんでボス役捨ててまで来たんだい?」

私は、ここにくるまでの経緯とボス猫側のルールを話した。コウは、大きく首を縦に振りながら最後まで聞いてくれた。

「なるほどな。他のボス動物と会うのが目的なら、まずは俺と居ればいいさ。このエリアは俺のもの。記憶がある限りだと200年位はね。だから、怖いものはない。周辺のボス達も理解しているしね」


確かに、空から陸を監視している彼らと最初に行動を共にするのは心強いかもしれない。自由とはいえ、何があるか分からないことは確かである。

「お前だって、ボスより上の何かしらが命令して、この地区のボス猫を自分に向かわせるかもしれないとかそういうことは危険視しているんだろう?」

 見透かされたことを言われてしまい、耳の後ろを掻きながら答える。

「コウの言うとおりだよ。少し離れた場所に移動して話をしたい」


 すっと空に飛びあがり、電柱の上に止まる。私がついていくと、次の電柱に飛び渡りの繰り返しで少し山の中へ案内された。私は、登山客が一休みするであろうベンチに飛び乗る。隣に生えている木の上にコウは止まり、こちらに顔を向けた。

「俺らは、猫みたいなボスの形態ではない。というか正直めちゃくちゃ羨ましい。ボスは人間との調和のために存在するはずで、意識的に俺らのようなポジションに逆らえなくなっているはずだが、カラスには自我と知能がありすぎて意味がない。カラスとして適度なゴミの漁りは仕方ない部分だが、電柱の上に巣を集団で作って停電を起こすから注意しても無駄なもんさ」

コウは、呆れたように首をふりながら話した。

「なるほど、確かにカラスは行動の意味と結果を理解していると聞いたことがある。コウの役割は暴走の予防ということなのだろうが、そこまで賢いと大変そうだな」

「そうだよ、俺は人間と喧嘩したいわけではないのだがな。ただ、みんな俺が注意しても隠れて行う。人間側も害が多いから電力会社が巣の撤去とか、業者が駆除を行う。そうするとカラス達は仕返ししようと、さらに行動が悪化する。悪循環さ。最近は、人間の研究も進んで、他にも問題が多いんだわ」


コウは木から降りて、隣にベンチにひょいっと飛び移る。隣に来て、口ばしを私の顎の所に押し付けた。

「お前は、ちょっと不用心すぎるんじゃないのか? 俺らは肉食な面もあるんだぞ。猫の死体も食べる」

 コウの鋭く黒い目玉が、まっすぐこちらを見つめる。その先に見えない暗闇を感じた気がした。

「コウは私を食べないよ。一00年以上生きてる奴の肉は美味しくないって知ってるだろ。それに、食べるつもりなら公園で居る時に集団で食いに来るだろ」

 コウは、口ばしの側面を私の喉に擦り付けた。

「まあ、その通りだな。それに基本生きた猫は空腹時くらいしか襲わないよ。今のは俺の口元をぬぐっただけだ」

 コウは、えっへんと意地悪そうに、こちらに背を伸ばした。

「勘弁してくれよ、一応天敵なんだから」


 なんだか久しぶりに楽しい気持ちになった気がする。私達は、他愛もない話をしながら山を下りていった。コウは楽しく気取っていたが、本当は自分の存在に矛盾を感じているようだった。きっと、注意しても隠れて行うから自分は監視するだけに回っているのだろう。立場上は難しいとはいえ、駆除されるような展開を防げない自分を責めているようにも見えた。


 少し街に出たときに、コウが首をクイっと突き出して「あれを見ろよ」といった。そこには、先程のカラスの集団がマンションのゴミ出し場でゴミを漁っていた。そこへ女性がおりてきて、カラスに気づき後退りをする。

 コウは、「この後だよ、問題は……」と呟くので、私はまた女性の方を見る。女性は、カラスに向かって、大声で「グワァ」と何度か叫ぶとカラスは一目散に逃げていく。

「あれは?」

私が訪ねると、コウは悲しそうに答えた。

「多分メディアからの情報だろうな。鳴き声を分析されたんだ。あの鳴き声は、俺達が危険を察知した際の鳴き声。あれを聞くと反射的に逃げてしまう。」

私は、人間の研究家もなかなかやるなと素直に感心してしまっていた。

「感心してる場合じゃないぜ。確かに俺らはあれを聞くと逃げてしまう。でもそれは最初だけだ。そのうち慣れれば、味方との差が分かるようになる。そうすれば、人間への復讐心が芽生えるさ。俺らは顔を覚えるんだぞ」


さらに、コウは続けた。

「人間が何が困るか分かっているからな。さっきの女性にもしかしたら嫌なことをするかもしれない。他にも困ることはある。緊急で逃げることを意図した鳴き声なのに、まず判断する時間が生まれる。それは人間でいうオオカミ少年と同じさ。本当に必要な際に機能しなくなるということさ。俺にはどうにもできないが、な」

 

また、コウの瞳は光を映していなかった。

「大丈夫かい?」

私に出来ることは、心配の言葉をかけることだけだった。

「カラスなんてどれも同じだから、配置変えもない。ずっと同じさ。俺は、この先どうなるか分からないけど、出来れば穏やかに遊んで暮らしたいよ。激化する前は夜中に公園で滑り台したもんさ。カラスの知能高さはみんな知ってるから、今更何をしても動画に撮られるくらいさ」

 またコウは、口ばしの下を私の頭に擦りつけた。

「こらこら、口を拭くんじゃないよ」

私は手で、頭の上を拭きなおす。

「違うよ。ここでお別れさ。まるで、今の生活が全く嫌のように聞こえたけど、猫よりも知能が高いカラスは、もう友達なんだ。離れることは考えられない。存在の意味はなくても、ただこの種族がどこまで生きていられるか、それを見るべきだと思っているんだ」

「じゃあな、黒猫。今日は、このまま去る。他の動物にも会って、その無関心なとこ、何とかしろよ」

 そう言い残して、彼は真っ赤な空へ飛び立っていった。

 私は、また一人になった。ここに居たら、彼に丸見えなのだろう。西へ移動することにした。海の見えるところに行こう。昔、海の凄く綺麗な場所を見たことを思い出した。とても時間がかかっても、あの場所の夕日が見たい。私のしたいことをしよう。


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