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悪巧  作者: 豆腐
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始まり

 細くて薄暗く、人気がない、ただ脇に木が連なるだけの砂利道を私は気に入っている。

朝方と深夜は必ずここに戻る。生き物というものは暖かい所が好きらしい。本来であれば、暖かい所を探して移動していくものかもしれない。だが私には、暗くてジメッとした誰とも会わない場所が好みなのだ。

 とはいえ私の仕事はパトロールなので、昼間になれば日向の場所も動く。毎日ただ、決まったルートを周回するだけである。曜日によってルートは変わるが拠点を中心に半径500mを持ち場としている。

 

 この仕事に就く同類は、世に「ボス猫」と呼ばれる。

 しかし、猫以外の種族は我々の仕事を本当に理解してはいない。一番知られていないことは、ボス猫は生まれないし死なない、不老不死であるということかもしれない。ボス猫とは、猫でないのかもしれない。だがそれを教えてくれる者はいない。

 人間はすぐ名前を付けて研究したがるので、調べてみて教えてほしいものだが、我々の存在は知られてはいけない。全国に同類が大勢いることは分かる。ボス猫同士はお互いを感知することが可能だ。これもなんとなくの距離や数が分かるだけだ。

 私自身もいつからどのように生まれたか、それは分からないのだ。ただパトロール地域を15年に1度移す決まりがあり、それを記憶のある限りではもう8度は移動している。120年以上ボス猫をしているということになる。

 ボス猫は普通の猫の何倍も知能が発達しており、人語を理解し自律行動が可能である。我々は人間の生活を傍で観察し、持ち場の野良猫に極力共有することで秩序を守ることを活動目的としている。

 とはいえ意思疎通の種類が少なすぎて、完全に注意事項などを伝えることはできない。出来ることといえば、匂いやボディランゲージぐらいである。どんな猫でもボス猫の匂いを嗅げば、その役割を理解し逆らうことはできない。

 それを利用し、近づくと危ない場所などにボス猫の匂いを付けるようにしている。とはいえ、他のことに夢中になって侵入してしまったり、車にひかれたりすることは減らないものである。


 知能が高くても意外と不便なことは多い。ルールも細かくて、野良猫より自由かといえば全くそうではない。以下の10個のルールを全員が守っている。


 ①15年に1度、2つエリア先に移動する。

 ②新しいエリアでは素早く野良猫達に匂いを覚えさせる。

 ③パトロール中は人間に極力会わない道を選ぶ

 ④生死に関わる危ないエリアに自分の匂いを付ける

 ⑤人間の去勢活動は推進も妨害もしない

 ⑥人間に「ボス猫」を認識させてはいけない

 ⑦持ち場内で一番力の強い猫とよくコミュニケーションを取る

 ⑧持ち場内で一番力の強い猫を定期的に人間の前で「ボス猫」らしい行動をさせる

 ⑨定期的に隣のエリアのボス猫と情報共有を行う

 ⑩どうしても逃げなければならない場合は自殺行為を行う


 自殺行為といっても、我々は不老不死なので死ぬわけではない。一度私も車に轢かれたことがあったが、車の下に轢かれた私のコピーされた体だけが残り、自分は離れた場所へ自動的に移動してしまう。この原理は分からないが、我々のようなものが存在している時点で理解しようとするものでないのかもしれない。


 こんな細かいルールの中で生きていると、普通の猫がうらやましくもなる。人間的な目線で人間観察すること、地域のパトロールをすることという業務で働くだけで何の見返りもないような気がしてくる。

 確かに日々の危険から守られていることは確かかもしれない。喧嘩もないし、事故死もない。病気もなければ去勢もしなくていい。しかし、人間とも野良猫とも接触が少ない我々は、楽しみが少ないような気もする。楽しみといえば、世間の波から外れたであろう人間の観察と、隣接するエリアのボス猫と行う情報共有の時間である。


 隣のエリアのボス猫は白く可憐で珍しいメス猫である。名前は、ユキといい、縁あって2周連続で隣接しているもう20年以上の付き合いということになる。ボス猫なのである程度は、人目を避けて生きているが彼女はとても綺麗なので目立ってしまう。

 綺麗なだけでなく、彼女には変わった点がある。ボス猫は他の猫達に自分の匂いを嗅がせることで、本能的に「ボス猫」であることを教えるのだが、彼女はそれをとても嫌がる。

 その為、付けた匂いから認識をさせるようだが、たまにバカなオス猫が近づいてくる。その瞬間を見たときは、長く生きている私も腰を抜かしそうになったものだ。

 彼女は、まがまがしいオーラを全身から放ち、目の色を黒く変え、毛は逆立ち、それは間違いなく猫のソレではなかった。その時「ボス猫」なのだと改めて認識させられた。しかし、普段の彼女が纏うオーラは優雅で落ち着いており、私は彼女と話す時間が楽しみになる。


「ユキさん、先週は何かありました?」

「何もなかったけど、今週R公園の隣になにか建つみたいで工事が始まるみたい。あのあたりには何匹かいるから周辺に匂いをつけるのに忙しいわ」

「そうですか。私も特には何もなかったのですが、商店街のK屋さんのお婆さんが重い病気のようです。あそこはお茶のいい匂いが外まで漂って好きなのですが」

「本当?前に通った時に、少し撫でられてしまったと後悔したのだけど、そのときも服からいい匂いがしたのよ。次に会えるわけでもないし、少しくらい甘えてこようかしら」


 こうやって時たまお気に入りの人間に撫でてもらうことはある。しかし、こちらから行こうとしなければ人間との接触はほとんどないものである。一体、ルールを破ったらどうなるというのであろうか。

 ボス猫になった時から、生まれる記憶も普通の猫だった記憶も持ち合わせてはいない。ただ、決められているルールが体に染みついている。植え込まれているといったほうが正しいかもしれない。

 ルールを破りたいという強い欲求があるわけでもなく、ただ使命感だけで動いている。特にしたいことがない私には良いものだった。


「ユキさん、あの男はどうしてますかね?」

「ああ、公園を移りゆく宿無しさんね。あの人が名前を呼ばれているのをこの前みたわ。

 りくさんというそうよ。あなたってほんとに変わってるのね。どうしてあんな人が気になるの?」


 少し冷めたような言い方をされる。他人から見たらそうなるのも分かる。


「人間の暮らしやその進化を見て生きているとね、あんな世間からおいていかれている人が気になるんです。ホームレスをみていたり、こっそり傍にいるとなんだか考えさせられるような気がする……なんなのか分からないんですけども。

 特に彼はいつも一人で、池のある公園だけを渡り歩いて、何かブツブツと話しているんだ。

 それが気になって仕方ないんだよ。」

「ふーん。そんなものかしら。ただのオカシイ人としか思わないけど…」

 ユキさんには、私の殆どの行動がおかしく見えるらしい。その後、他愛もない話をして別れた。

 すると、なんだか心のあたりが、モヤモヤしていることに気が付いた。


 りくさん……りくさんというのか、あの人は。ただ名前が分かっただけ、それだけなのに、前より確かに気になっている。

 気になり始めると、もうだめだった。パトロールを終わらせたらすぐに、りくさんがいるであろう公園に向かう。

 猫の足で1km弱はなかなかに遠い。ユキさんの匂いを消さないよう、自分の匂いを付けないよう、深夜にこっそりと向かう。

 ユキさんにばれては怒られてしまうかもしれない。慎重に行動する。


 公園につくと、男は池の横にあるのベンチで小さくなるように眠っている。

 これから寒くなっていくというのに、穴があいて汚れが目立つカーキのジャンバーだけだった。中にはなにか着ているのだろうか。ズボンはどころどころ土で汚れており、ほつれもある。

 本当に、みすぼらしくて見ているこちらが涙が出そうになる。この男は何故ここにいるのだろう、どうして家がないのだろう。

 ホームレスを地域は受け入れようとしているのに、なぜそれを受け入れないのか。この男の何一つを知らないのに、なぜか引き込まれる。


 ずっと見ていると鼻をすすっていることに気づいた。季節は10月、外のベンチで寝るには寒い。私は気が付いたら、リクさんの足元で丸くなっていた。

 何をしているのだろうか。人間に我々を認識させてはいけないし、極力見られてはいけないのだ。このルールの意味も分からないが体が勝手にルールを守ってきた。

 それを破ってでも、りくさんを温めてやろうと思った自分に驚いた。遠くまで歩いてきたからなのか、仮眠のつもりが相当寝てしまった。朝日が昇るころ、こっそり公園をでて、いつものパトロールのルートに戻った。


 その日パトロールが終わり、自分の寝床に戻るとユキさんとは逆側の隣接するエリアのボス猫がきていた。

「ああ、久しぶりだね、メロさん」

「ん、久しぶりだな、ちょっと情報があって寄らせてもらったんだわ」

 メロさんは、いつも少し言い方が雑な猫だ。毛並も舐めていないのか、ボサボサである。


「そうか、でもメロさんとの情報共有は来週じゃなかったか?」

「いや、それはそうなんだが、急ぎなんだわ。

 ちょっとよくない話を聞いてしまってな、念のため全エリアに共有していってんだ。」

 珍しく、顔に焦りが見える。


「なにかな?事故?地震?災害?はたまた終末かな?」

 メロさんのこんな顔は初めてだけら、敢えておどけて見せる。

「ふざけんでくれよ。実はな……ボス猫を、人間が注目しているらしい。

 もちろん我々がたてている代役の方さ。とはいえ、話題好きが写真を撮ろうと探したり捕まえようとしてるって話さ」

「へー、ボス猫を探す変わった人は何人か見てきたけど、注目されてるってのは変だね。

 何かきっかけがあったのかな?」

 流石にこれ以上ふざけると、怒られそうなので真面目に答える。


「ええ、それを話しに来たんだわ。ある人間の飼ってた猫が逃げてしまった。結構探したが見つからない。そこで、たまたま見つけたボス猫に自分の飼っている猫を知らないか、もし知っていたら帰ってくるように伝えてほしいと頼んだそうだ。

 すると飼い猫はすぐに帰ってきたそうだ。それをインターネットで共有したものだから、他の人間も似たようなことがあったと話が集まってしまった。すると、興味を持った人間がボス猫を探そうとするって話だ。」

「なるほどねえ、それを探してやったのは、間違いなく同士だろうね。」

「だろうな。まあ俺らは人間にはボス猫だと分からんだろうが注目されるのは困るだろ。ルール的にな。

 それで一応注意喚起して回ってるってわけだ。」

「確かにね。分かったよ。気を付けよう。」

 お互いに口には出さないが何故か分からないことを、気を付けなければならないことに疑問を持ちながら解散した。


 人間がボス猫に興味を持ったところで我々が見つかるわけではない。ボス猫代役には我々が作ったルールを守らせている。道の真ん中を歩くこと、他の猫が挨拶しにくるようにすること、無法者を追い払うこと、去勢を受けないこと、人間を怖がらないこと、あまり威張らないこと。

どこのボス猫代役も堂々としており、分かりやすい特徴で、我々とは逆のため見つかったからといってどうということもない。

 だが注意は必要とは、ルール固めもいいとこだ。知能の高さと寿命の長さを知られるきっかけなんてあるとは思えないのだが。


 とりあえず、ユキのところに行き、情報共有を行うようにした。話をするとユキの方も渋そうな顔で情報を共有しに隣のエリアに向かっていった。

 この調子なら、この前のエリア侵入はばれていないらしい。少し胸をなでおろした。


 当分は帰ってこないと踏み、りくさんのところへ向かうことにした。相変わらず、人気のない公園で池を眺めて何かブツブツと言葉を話している。普通の野良猫のフリをして、近くの草むらに隠れる。

 

 彼の方は少し顔を上げたようにも見えたが、また池の中を眺め始めていた。今までこんなに近づいたことはないので何を話しているのか聞きたくもなる。

 もう少しだけ近づいてみると、

「すまない、すまない、俺だけ。俺だけ……」

 と呟くのが聞こえてきた。異様な声と雰囲気にたじろぎ、気が付いたら、その場を離れていた。公園から出るときにユキに会ってしまい、目で怒られたが見逃してくれた。


 その日はすぐに寝床に戻って眠りについた。あの時、りくさんに見られていないか気になっていたのは一瞬だけだった。


 次の日は早朝からなんだか嫌な予感がしていた。五感というよりは完全な第六感。しかし、お昼を前にしてその勘は当たることになる。


 突然の縦揺れと停電。こういう時、猫の体は人間より便利かもしれない。

 冷静に安全な場所さえ探せれば、もう安心である。人気のないところに隠れ、人間の動きを観察する。彼らの安堵の声が聞こえたら、エリアの被害を確認し危ないところに匂いを付ける。

 結構大きめの地震だったせいか、野良猫に交じって家を飛び出した飼い猫も見かけた。自分の家に戻るように威嚇しておいたが、効くか定ではない。


 ふと、メロさんの話を思い出した。飼ってた猫をボス猫に探してもらう……地震の影響でその行動を近隣で何人か行えば、ボス猫以外に話しかける者もいるかもしれない。我々も完全ではないから、応対の方法によっては問題になる場合もあるだろう。

 なるほど、これはいつも以上に人間に見つからない方がいいかもしれない。パトロールも夕方から深夜に変えて行うようにした。


 そうして何日かたったある日、いつもどおり夕方にパトロールしていたとき、突然若い女性に抱きかかえられた。女は私を抱えたまま、まじまじと目を見つめてくる。

 私は突然のことに反応することを忘れていたが、一般的には暴れる場面である。完全に遅れてはいるが、急いでバタバタ暴れる。

 それでも女は手を離さず、神妙な面持ちで予想通りのことを言った。

「私の子猫を探しているの。名前はハルっていうの。お願いだから、帰るように伝えて!お願いよ」

 掴まれているというのに、このエリアのボス猫も知らん女が、勝手なものだなと皮肉を考えていた。流石に長い間掴まれたままなのも腹立たしいので暴れてみるが、なかなかほどいてくれない。

 すると突然背後から、

「その猫は僕の猫なのだ。放してやってほしい」

 と野太い声が聞こえた。女はヒッと声をあげ、たじろいだ様子で立ち去っていく。

 後ろから現れた男はみすぼらしい恰好をしており、落ち着いた表情で私を見つめていた。

 

 りくさんは、どうしてここにいるのだろうか。わたしは訳も分からず、見つめ返していた。1分くらい経って、りくさんのほうから口を開いた。


「ここ最近、僕を見ている猫は君だな?」

 どうやら気づかれていたようだ。初めて私を見てくれて嬉しいような、ばれないようにしなくてはという緊張感を感じるような、なんだか複雑な気持ちになる。だからといってどうということはない。猫のように私は足元に擦り寄って、ニャアと答える。

「僕は君がこっち側の生き物だということを知っているよ」

 彼は低い声でそう言った。何を言っているのか、この人は頭がおかしいのか、いやそう思える行動は見たことがない。言っている意味が分からない。だが、次の言葉に私は驚きを隠せなかった。

「僕がよくいる場所は違うが、ここのボス猫は君なんだろう?」


 りくさんは、真剣な顔でこちらを見つめていたが私は頭が真っ白になり、少し逃げたくもあった。

 今まで体験したことがないが、ばれてしまえば何かしらの制裁があるのではないだろうか。私が知らない存在から。そのことが頭の中をかけめぐる。だが、まだ確実ではない。

 我々の存在を知るわけがないという自信がある。ニャアとだけ答える。少し声がうわずってしまう。だが、りくさんは落ち着いた表情のままだった。

「信じていないようだから、ボス猫同士で話すときのように声をかけてくれないか?

 さすがにニャアじゃ君が何を言っているか分からないよ」

 この返しには信じるしかなかった。どうして我々が特別な意思疎通方法をしていることを知っているのだろうか。だが、これ以上焦っても仕方ない。こっち側といった言葉を信じることにした。

「……りくさんは一体なんなのですか」

「僕の名前まで知っているんだな。流石に私もこんな身なりだし、目立ちたくない。もう少し人目のないところに行こう」

 私は、自分の寝床まで案内して、りくさんには石段に座ってもらった。

「どうしてぼくたちのことをしっているのですか」

 私はそれが知りたくて、少し焦り気味に尋ねた。

「まあ、人にばれてはいけないというルールは同じだろうからね。私は元々君と同じだったんだ。ボス猫ではなかったけれど」

 少し混乱したが、人間には前世の記憶があるものがいると聞いたことがあるので、それなのかと私は思った。

「前世の記憶ってやつですか?」

「いいや、全く違うね。私は元々鯉だった。語呂は悪いがボス鯉というわけだね。だがある日、突然人間になってしまった。その日の話をしよう」


 そうして、りくさんは寂しそうに話を始めた。

 僕はR公園の池に住む鯉だった。去年の春はとても暖かくて水温が高くなっていたから心配はしていたものの、どうすることもできないうちに何匹も仲間が死んでいった。水温の低い所を探して仲間に教えてはいたもののその勢いは止めることが出来なかった。

 猫には無縁だろうが「コイヘルペス」という病気があるのだけれど、それだと気付いていた。公園には千匹程度の仲間がいたが200匹以上が死んでいった。この公園は県が管理しているので、このままだと全員殺処分だと予測できた。

 食べてはいけないものを食べても、公園内の別の池に移動するだけの我々だが、一斉殺処分となればどのようなことになるかは分からなかった。調査によりコイヘルペスを判明した県はもちろん殺処分を決定していた。僕はこのまま皆と死んでしまいたいと思ったよ。僕には思い出深い仲間だったからね。

 しかし、ルール違反は許されないと分かっていた。殺処分される当日、僕は業者に運ばれて殺処分された。そして違う公園の池に鯉としていた。だが死んでいった仲間達が忘れられなかった。僕は、仲間たちの見開いた目と生気のない顔、鮮やかな模様を最後まで忘れることが出来なかった。何度も何度も自殺したんだ。そのたびに違うところへ移された。もうこんなループは嫌だった。ボスなんか辞めてしまいたかった。

 もう何度自殺したか分からなくなってきたころ、突然目の前が真っ暗になった。暗闇の中で声がした。

「貴方の行っていることは職務放棄です。本当に監視されていないと思っていたのですか?貴方が仕事をする気がないのであれば結構です。ボスの役を解きます」

 僕はこの声の主が今まで疑問に思ってきた神なのかと感じつつも、突然の展開についていけてなかったよ。

「ただし罰を受けて頂きます」

「貴方にはこれから人間の30歳になってもらい、そのまま寿命を全うしてください。これ以降の監視は致しません。ボスの存在は喋れないように呪いをかけています。以上です」

 そうして暗闇から抜けた僕は人間の姿で、知らない公園にいたのだ。何が罰なのかと最初は思ったが、それは間違いだと気が付いたよ。

 今まで池に住んでいた僕が人間として生きる……不老不死ではない。突然それがとてつもなく怖いことだと感じたんだ。知識はあっても経験がない。死への恐怖を感じたとき、僕はやっと人間にされたんだと実感したよ。それからおびえながらもR公園を探しにいった。今どうなっているか見たくてね。もう新しい鯉が入れられていたよ。僕は安心したよ。でも同時に寂しくなった。通行人は、もう「前にいた鯉」なんて忘れているんだからね。僕は今でも池のなかの鯉を見ながら、仲間達を思い出しているんだ。こうやって僕だけ生き残ってしまったことを謝りながらね。どうせ戸籍もない身、ホームレスとしてしか生きられない。本当にみじめになったけど、いつか仲間達の元へいけると思うとこれでよかったと思うよ。


 話し終えるとりくさんは、静かに溜息をついた。私には知らないことだらけだった。たまたま気になったりくさんは、こっち側の人間だった。りくさんは監視されてなくても私は監視されている。この人と話していることは問題にならないだろうか。「罰」のあまりの重さに役割が嫌になる。


「りくさん、私は知らないことばかりでした。人間観察していて見つけた貴方が気になったことがきっかけでしたが、話せてよかったです」

「ああ、そうかい。ボスは結構暇だろう。この知能があっても動物の体では出来る事が少ないしルールが多いからね。またそのうち話をしよう」

 それでは、と言い残し彼は公園に帰って行った。

 私には目的が何もないなと感じていた。彼には仲間への思いがあったが、私にはない。この役をやっても、思い入れがある相手などいない。どうせ監視されているのだから決められたことだけをやってきた。120年もただうつりゆく世界を眺めてきただけなのだ。傍観者で居続けた私には何の願いも希望もない。彼との違いに絶望する。


 何か始めてみるか。ふとそう思った。確かに彼への罰は厳しいものかもしれない。だが恐れるものだろうか。今の体に恐れるものはないのだ。恐れるということは、私にはまだない感情だった。


 恐怖心を手に入れるのも悪くない。人間にされるのも悪くないだろう。そのまま死ぬのであれば一興だろう。りくさんと話してから、なぜか高揚している自分がいた。

 今まで「どうせ誰もみていないのに」と思っていたのに見られているとなったからだろうか。何をしてやろうかなと考えたのは生まれて初めてだった。きっと神は思考までは読めない。だから何度も自殺するまでりくさんの考えることが分からなかったのだ。ならば、何からはじめよう。

 そうだな、さっきの腹立たしい女の猫でも探してやるか。ボス猫が本気を出せば余裕だろう。明日までに見つけて咥えていってやろうか。考え出すと悪いアイディア止まらない。


 何も考えずに歩いていたせいか、商店街まで来てしまっていた。離れていても分かってしまう。K屋から、嫌いな線香の匂いがする。

 ああ、今すぐ離れよう。もし私の決断の先に死があるならば、誰にも言わずに地を離れよう。今日を始まりにして他のボスに会ってみよう。限りのある時間を求めて。


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