第6話
「うひゃあ……感動だよ! 二口女が私の前で生きて動いてる!」
渡邉さんは感極まったと言わんばかりに喜んでいる。
「わらわもお主のような教養深い主人を持てて喜ばしいぞ」
二口女のお凛は色っぽい声で言った。そのままどこからともなく扇子を取り出し口元を隠して笑う。
「きゃーーーーー!」
渡邉さんは人気アイドルのコンサートに行ったファンのように喜んだ。
【29日目 ダンジョン マスタールーム】
時刻は12時半。俺たちは昼ごはんを食べていた。
ダンジョンモンスターに食べ物は必要ない。そのため俺たちは自分たちの部屋でご飯を食べている。
今日の献立はオムライス(30DP)だ。うまうま。
いつもなら渡邉さんとの軽い雑談をしながらパパッと飯をすませるところだが。
「…………………」
「…………………」
部屋の入り口から確かに感じる視線。
さすがに視線に耐えかねたのか渡邉さんが声をかけた。
「ガン君、お凛さん。食べたいの?」
こちらを覗き込んでいたネームドモンスターの2人。
「べ、別に……ただ見ていただけじゃ。わらわは別に食べたいなんて思っておらぬわ」
そう言うお凛はチラチラとオムライスに目線がいっていた。
「ぼ、僕は食べてみたいですけど……い、いえ!主人の食べ物を欲しがるなんて失礼ですよね! 我慢します!」
ガンはギュッと大きな目をつぶった。
「いやいや、遠慮しなくていいんだぞ。たまには娯楽も必要だろう」
俺はもう1つオムライスを用意した。
「さあ、ガン。食べていいぞ!」
「よ、よろしいんですか!」
「ああ、気にせず食べてくれ。そうだな、他の1つ目小僧にも後で何か差し入れるか……」
「いただきまーーす!」
ガンは俺の話を最後まで聞くことなく、パクパクとオムライスを食べる。
「う、うまい! こんな美味しい食べ物があったなんて……感激です!」
ははは、大袈裟なやつだ。
「お、おい……ナカムラよ」
「なんだー?」
「わらわの分はどうした? はよう出すのじゃ」
「え? お凛は食べたいなんて思ってないんじゃないの?」
「ぐっ……」
「あ、良いんだ良いんだ。飯もタダじゃないから。気にせずそこで見ててくれ」
「ぐにゅにゅにゅにゅ………」
「はい、ストップ」
渡邉さんが口を挟んだ。
「仲村君、意地悪しないで出してあげよ?」
「ははは、悪かったなお凛」
「この恨み……はらさでおくべきか……」
俺はオムライスを取り出した。
「さあ、どうぞ」
「うむ!いただくぞ!」
お凛は一気に上機嫌になった。
そしてスプーンを手に……とることなく、髪の毛がうねり皿をつかんだ。
「!?」
そしてオムライスはお凛の後頭部へと運ばれ、後ろの口に皿ごと丸呑みにされた。
「………………」
「………………」
「………………」
俺と渡邉さんとガンは固まる。
しばらくお凛の咀嚼音が響く。ボリボリボリ……。
「うむ、美味じゃ!やっぱり飯というものは良いのぅ!」
そういってお腹を叩くお凛。
「お凛さん……お皿は残しましょうね……」
渡邉さんが絞り出すように言った。
その後、俺はガン以外の9匹の一つ目小僧におにぎりを渡した。
一つ目小僧たちは無表情でそれを受け取ってくれた。
【30日目 ダンジョン大広間】
「いよいよだな」
「うん、ドキドキしちゃうね!」
今日はダンジョン解放の期限日。ダンジョン解放まで残り5分を切ったところだ。
現在、俺と渡邉さんは2階層に。お凛達は1階層で臨戦態勢を取っている。解放の瞬間に敵がなだれ込んでくる可能性もないとは言い切れないからな。
残りDPは1万ほど。結構余らせたつもりだがやはり不安はある。
そして時は来た。
ダンジョン全体が大きく揺れ、ついに入り口が外の世界と繋がった。
●○
結論から言うと敵がなだれ込んでくると言うことはなかった。
安堵しながらも渡邉さんは次の指示を妖怪達に飛ばす。それは周辺の探索だ。
お凛はダンジョン内で待機。
一つ目小僧達は2チームに分かれて周辺の探索をする。
ここで役に立ったのがダンジョンモンスター固有のスキル『マップ化』。
なんでもダンジョンモンスターが認識した地理情報はメニュー画面から確認できるらしい。
みるみるうちに手元の地図が広がっていく。
どうやらダンジョンは小さな丘の麓にあるらしい。周囲には手付かずの雑木林があるようだ。小さな川も流れている。
『「野生モンスターは今の所確認できません」』
ダンジョンコアを通して報告されるダンからの情報。俺はメニュー画面を見つめていた。
メニュー画面に映るのはダンの視界。画質は少し粗いが十分にあたりの状況を確認できる。これもダンジョンモンスター固有のスキル『映像化』だ。
「あまり大きくない林地だから生態系がそこまで発達してないのかも……」
渡邉さんが分析する。
と、そこでトラブル発生。
『「生物の気配です……!」』
小声で叫ぶガンの報告。俺と渡邉さんは話をやめてメニュー画面を食い入るように見つめる。
ガンは木の陰に隠れているのか視界には木目が映っていた。
だが、音声からはガサガサと言う物音。もちろん一つ目小僧達のものではない。
『「こちらに来ます……!」』
物音は間違いなく大きくなっていた。心臓が高鳴る。
「ガン君。聞こえる? ギリギリまで引きつけて飛び出して『威嚇』。そのあと全力で逃げて」
『「了解です……!」』
そして物音が極限まで近づいた瞬間。
『「ぐわああああああああ!!!」』
ガンの絶叫。それとともに視界も明るくなる。
画面に映ったのは茶髪でショッートカットの少女。動きやすそうなズボンを履いていており、手には大きなカゴを持っていた。ガンの視界を通して少女と目が合う。
「!!!!」
少女は赤い瞳を限界まで開くと
「ブクブクブク………」
泡を吹いて卒倒した。