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コレはワタシのモンダイなの!?  作者: 荒木テル・ダッチャブル
7/7

エピローグ The Word is “I Love you”~その言葉、永遠に~

 空は曇天。

 年は明け、冬休みも残すところあと二日となった。

「武蔵、ちょっとそこどいて!」

「ん?」

 掃除機の轟音とともに巨体を揺らしながら彼に迫ってきたのは、母の節子である。

「アンタ、正月終わったんだしもうゴロゴロするのやめなさい」

「別にいいじゃねぇか」

「課題は全部終わったの?」

「終わったよ」

「ならいいけど、いつまで正月気分なの!もうすぐ3学期じゃないの!」

 武蔵は何も言わず、ソファに仰向けになってスマホを見つめている。掃除機の轟音がリビングに鳴り響く。彼の視線の先には、はにかみながら彼の隣に寄り添う夏海の姿が写っていた。

 今頃、何やってんだろな…アイツ。

 あの日の夜から何度試みたことか。彼女の番号をタップしようとする度に、あの日、泣きながら走り去っていった彼女の姿が頭を過ぎる。それ故、武蔵の頭の中は空っぽだ。約ニ週間、ただなんとなく時間が過ぎるのを待つだけの日々。形式的な毎日に彼は疲れ果てていた。謝罪メールの文面も未だ浮かばないままだ。

 まァ、どうせすぐに会えるし、今は謝る必要ねぇか。逆に明後日会いづらいし

 今日も自分を正当化し、ホーム画面に戻る。

 ふと、天井を見上げていると膝の上から着信音が聞こえてきた。その着信ピクリと反応した彼は画面に書かれた表示名に目を丸くした。

 

 その頃、夏海は独り部屋に籠っていた。

「何やってんだろ? 私…」

 彼女はそう呟きながら枕元のスマホに手を伸ばす。武蔵からのメールはない。最後の彼からのメールはクリスマス・イヴだ。その翌日には彼女に追い打ちを掛けるように突然、再びオーストラリアへ戻ることを告げられたのだった。その日から彼女は泣いた。布団に顔を埋め、ずっと泣いていた。もうどれだけ泣いたことか。いくら泣いても涙が止まらない気がした。

 もうどうしようもできないし、仕方がない。それは十分解ってる。今までもずっとそうだったから。だけど、今回はこのまま皆とお別れするのは絶対に嫌…悲しい。でも、こんなに涙が止まらない理由は他にもある。


『ムサシが好き』


 この気持ちを素直になれない自分が情けなく、どうしようもなく悔しかった。

ようやく気持ちが落ち着いたのは数日前の出来事。

「いっそこのまま…」

彼の連絡先を開いたままのスマホに夏海は問いかける。いつの間にか彼女の目には再び涙が溜められていた。


 武蔵は大声で笑った。

「何が可笑しいの?」

 彼の意外な反応にエミリーは訝しげに返す。

「ど~せ、冗談だろ? 黒崎にそう言えって言われたんだろ? そう言えば俺とはもう会わなくて済むと…」

「アナタ、何言ってるの? さっきから変よ…」

「は? いや、だから冗談…」

「あの子がこんなこと冗談で言うはずないでしょ!」

「じゃあ、本当なのか?」

「当たり前でしょ…じゃなきゃ、何でアタシがアナタに電話しなきゃいけないワケ?」

「だよな。わざわざ、ありがとな」

「別に。夏海にはいうなっていわれたんだけど。カレシであるアナタにもこんな大事な事言わないで去ろうなんて、あの子もズルいな~と思ってね。まァ、何で教えなかったのか、その理由までは知らないわ。まったく、夏海ったら、もっと自分に…」

「違うんだ…エミリー」

「えっ?」

 さっきとは明らかに違う彼のテンションに驚きながらも、エミリーはなんとか聞き返したが、

「悪ィ、何でもない…それより、飛行機の時間は?」

「ちょっと待って!さっきの違う、ってどういう意…」

「いいからっ!!!」

「今日の夕方五時十二分発の飛行機よ」

「そうか…もう空港向かってる頃だな。教えてくれてありがとな。俺も今から向かう」

「ちゃんと想い伝えなさいよ。後で夏海とのこと全部話してもらうから!」

「…分かったよ」

 時刻は午後三時三十分を回っていた。


 その頃、夏海の姿は空港のロビーにあった。

「そういえば、あのイケメン君には帰ること伝えたの?」

 乗車の手続きを終えた楓が腰を下ろしながら娘に尋ねる。すると、スマホを眺めていた夏海の肩はピクリと跳ね上がり、その直後彼女は小さく頭を振った。

「どうして?」

「ママには関係ないでしょ」

「関係あるわよ!だって、あなたの彼氏でしょ?」

「だから、付き合ってないってば!! ムサシの話はもうやめて」

「意地なんて張らない方がいいわよ。もったいない。だいたい夏海は、どうしていつも素直じゃないの? 顔にはちゃ~んと『好き』って書いてあるわよ」

「えっ?」

 ふいに顔を上げた彼女の頬に母の人差し指が優しく触れた。

「あなた達に何があったかは知らないけど…いい? 夏海。あのイケメン君のおかげで、あなたは変われたんでしょう? だったら、そのお礼ぐらいはちゃんと言っとかないと」

「私、変われたのかな?せっかく武蔵が差し出した手を振り払っちゃって」

「…」

 しばらく何かを考え込んでいた母は娘にこう告げた

「夏海は私と似てる気がするわ」

「えっ?」

「実はね、パパとママも恋人になる前、こんな事があったのよ?」

「そうなの?」

夏海は驚く。現在は娘が呆れるようなラブラブ夫婦でもそういう事があったのか、と

「いい機会ね! ちょうどパパもタバコみたいだし教えてあげるわ」

片手に持った缶コーヒーを一口飲んでから楓は語り始めた。


 何やってんだろ俺。アイツのこと全然わかってなかった…。この前のことちゃんと謝って、スッキリ別れよう。待っててくれよ、黒崎!!

 空港まではまだ少し距離がある。父親から借りたバイクに跨り、空港へ急ぐ武蔵はそのハンドルをさらに強く握りしめた。彼の目にもう迷いはなかった。

 俺は、お前の事が好きだ!!!


 夏海は自分と武蔵との日々を重ねながら母の話に聞き入っていた。

「それでね、何回も誘ってくれるパパの一生懸命さに段々惹かれていったの。プロポーズされたのは付き合ってから四年たった私の誕生日だったわ。プレゼントがあるんだ、って指輪を渡された時、あまりの驚きと嬉しさにその場で号泣しちゃった」

 恥ずかしそうに照れ笑いする母を見て、夏海のかおにも自然と笑みがこぼれる。

「ねぇ、プロポーズの言葉って覚えてる?」

「もちろんよ」

「教えて!」

「えっ? それはちょっと…」

 好奇な眼差しを向ける娘と、たじろいだ様子で動揺を隠しきれない母。

「どうして?」

「だって、ほら…それにはパパの許可が…」

「オ~イ、サッキノ アナウンスキイテタ? ソロソロ ジカンダヨ」

二人の空気は父親の介入により、一気に緩んだ。

楓は助け舟が来たといわんばかりの凄まじい勢いで夫の元へ走っていった。その光景を見ていた夏海は呆れ顔で一つため息を落とす。

 もしかしたら私と武蔵も、ママとパパのようになれたのかな?

 手元のスマホに視線を落とすと、イヴに撮った写真が見えた。

 顔を近づけ、無邪気に笑う武蔵。

 近寄る彼に照れながら抵抗する自分。

 あの時が一番楽しかったな…。

 そう心で呟いた彼女の視界がみるみるうちに涙で歪んでいく。

 ごめんね、ムサシ…私、やっぱりダメだった。

 ゆっくり立ち上がって父のもとへ駆けていく。


『いつも近くにいると、案外気づかないもんよ。その人が自分にとって一番大切だなんて…』


 母の言葉が胸に沁みる。

 でも、もう何を思っても遅い。

 もう絶対に振り向かない!!!

 彼女が決意したその時―

「夏海!!」

 後方から聞き覚えのある叫び声が彼女を呼び止めた。しかし、いつもと何が違う。

「ハァ…ハァ…ハァ…。なんとか間に合った…」

 振りかった彼女の視線の先には、ずっと逢いたかったあの人が立っていた。

「ムサシ!! どうして、ここに…?」

「お前って冷てぇよなぁ…クラスの仲良くなった奴らとエミリーには言っといて、私の日本で一番最初のボーイフレンドになってね、とか頼んだ俺には一言も無しかよ」

 戸惑った様子の彼女に、武蔵が無念だと言わんばかりに意地悪っぽく投げかけると

「ごめんなさい」

 彼女は視線を逸らし、くぐもった声で謝罪した。

「じょ、冗談だよ…」

 いつもとは違う素直な返答に、武蔵は慌てて前言撤回する。それを見た夏海が吹きだした。

「何だよ」

「いや、ムサシらしいなぁと思ってね! そういえば、さっき私の事『夏海』って…」

「あぁ、悪ィ…嫌だったか?」

「ううん、嬉しい」

「えっ? 今、何て…」

 笑顔を向ける彼女に慌てて聞き返す。

「ううん、何でもないわ…じゃ、ママたちが待ってるから私そろそろ行くね!」

「そうだよな。呼び止めて悪かった…じゃあ、最後に一つだけ。俺、お前のおかげで変われた気がする。いろいろ迷惑かけたけど、今までありがとな!」

 その言葉を聞いた時、彼女の頬を一筋の涙が伝い落ちた。彼には既に背を向けている。

「私もムサシに会えてよかった…」

 もう限界だ。必死に涙を堪え、振り絞った一言だった。

 その後、武蔵は飛び立つ飛行機をエントランスからじっと見つめていた。

 あんなの卑怯よ…。

「イケメン君来てくれたの? ちゃんと話せたんでしょうね?」

「まぁね」

 そう答えた娘の顔は先程までの暗さはなく、どことなく清々しかった。

しかし、夏海は大切な事を胸に秘めたままだった。

(もしも今度、会えることが出来たならちゃんと言葉で伝えよう。この気持ちを…)


 ~二年後―オーストラリア~

 この国も新学期を迎える季節だ。

「すいませ~ん、遅れました~!!」

「また黒崎か…新学期が始まってもう一週間というのに、また遅刻ギリギリの登校か」

「だから謝ってるじゃないですか!」

「いいから席につけ!」

 教壇に立つ数学講師が口ごたえする学生にチョークを向けた。オレンジ色の透き通った髪を風に靡かせながら席までいくとゆっくりと腰を下ろした。そして、すばやく髪を結い、ポニーテールにしてみせた。黒崎夏海である。彼女は、この春から地元の大学に進学したのである。

「これで全員か? まったく、いつもお前が最後だな」

 早くも恒例になりつつあるこのやり取りに教室では今日も失笑が起こる。

「では、講習を始める前に今日から皆と学ぶこととなる新しい仲間を紹介しよう」

「は?なんでこの時期に」

「何でウチらと一緒じゃなかったんだろ?」

「かなりのイケメンって聞いたわよ」

「女子じゃねーのかよ…」

「日本人って噂だぜ」

「マジかよ!?」

転校生が来たときの盛り上がりはどうも世界共通らしい。

その盛り上がりは、夏海にも飛び火した。

「ねぇ、日本人ならナツミの知り合いじゃないの?」

「まさか!?日本人だって何人いると思ってんのよ?」

「コホン、では斎藤君、入りたまえ」

講師は咳払いで場を正し、留学生を呼んだ。

(サイトウ!??まさかね…)

 学生たちの視線が一斉に前の方へと向けられる。促された学生は黒板の前で立ち止まって一礼した

「日本からの留学生・斎藤武蔵君だ」

 ムサシ!?

 留学生の顔を見た瞬間、夏海は叫びそうになったが、間一髪で息を止めた。

「皆さん、こんにちは! 日本から来ました斎藤武蔵と言います。オーストラリアに来てまだ三日目なので、こちらのことをいろいろ教えてもらいながら、皆さんと一緒に楽しく過ごしていけたらと思っています。どうぞ、よろしくお願いします」

「それじゃあ、空いてる場所に座ってくれ」

 拍手が鳴り止むと、着席を促された武蔵は夏海の後ろの席にゆっくりと腰を下ろした。

 ウソでしょ…また会えるなんて!!

歩いてくる途中のアイコンタクトで彼女はドキドキがさらに激しくなっていく。

「じゃあ、始めるぞ」

1時間目、2時間目と時は過ぎていく。

その間も夏海の興奮は冷めず、まるで一種の『魔法』にかかっているようだった。

やがて、周りからヒソヒソ声が始まる。

「大丈夫かよ、アイツ…? なんか変じゃねーか」

「何、二ヤついてんのかしら?」

「もしかして、ヤバいクスリでもキメてる?」

 クラスメイトに不審がられる始末だったが、夏海は文字通り眼中になかった。

そんな夏海の『魔法』を解いたのは…

「一緒に帰ろうぜ」

魔法をかけた当人からのその言葉は夏海にさらなる『笑顔の魔法』をかけていた。

「うん!」

その声は周りが驚くほど響いていた。

 放課後―

 二人並んで歩く帰り道

 気恥ずかしさからかお互い無言のままだ。

「なぁ」

その沈黙を破ったのは武蔵の方だった。

「な、なぁに?」

「そういえばちゃんと言ってなかったな。久しぶり」

「あ、あぁ、そうね。お久しぶり」

「久しぶりといえば、お前と下校するのも2年ぶりか」

「うん、そうだね」

夏海は深く頷いた

この2年は夏海にとって、とても長かった。「一番大切な言葉」を「一番大切な男性」に言えずにしまい込んでいたのだから

「でもまぁ、2年前とは違うか。周りの景色とか。ハハ、なんたって外国だからなぁ」

武蔵は周りの景色を堪能しつつ、何気ない話をふっていく。

「ねぇ、武蔵」

「ん?どうし…!?」

急に呼びかけられた武蔵が夏海の方を向くと、突然唇に柔らかなモノが触れた。

突然のアプローチにドギマギする武蔵。

「ちょっ、お前、何やって…」

「あの時は本当にごめん。これが私の答えだから…武蔵、大好き!」

夏海は思いとともに自分の体も武蔵にぶつけていく。

武蔵はそれに応えるように、優しく肩を抱く。

「もう、こんな時間だね」

「ああ、そろそろ帰るかな」

「そうだね。あ、私こっちだから」

「ああ、じゃあまた明日な」」

「じゃあ、また明日! 自己紹介、完璧だったわ」

彼を見つめてくる表情は初めて見せる、愛情にあふれた何とも柔らかなものだった。

この2年間でますます愛しくなった彼女の背中を見つめる武蔵

同じ「光景」でも2年前のイヴとはまったく違っていた


そんな彼の頬を異国の風が吹きぬけた。

日本とは違うその感覚に、武蔵は改めて自分が外国に来たのだと、そう感じる。

「そっか、俺外国に来れたんだな」

武蔵は空を見上げ、ふと2年前の事を思い出す。

「あの頃は、ただ憧れているだけだったのにな。まさか本当に来ることになるなんてな」

「全てはアイツに会ってからなんだよなぁ。アイツに会って、アイツを好きにならなけりゃ…今の俺はここにはいなかった」

徐々に小さくなっていく夏海の背を見つめ、武蔵は感慨にふける。

「Thank you I love you♥」

 二人の最初の授業で習った、ごくごく簡単なその英単語を呟く。

 その言葉は風に乗り、日本から遠く離れたこの国での二人の恋の再開を優しく告げていた。

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