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今年は、春が遅くやってきた。
咲き誇る桜が、俺の新しい門出を祝っているようだ。
大きく息を吸い、絞り出すように言葉を吐き出す。
『今日から、か。』
暖かい風が、頬をすっと撫でる。
幾多もの試験を乗り越えてきた。
きっと上手くやれる、多分。
俺は梶谷 将太、26歳。
今日から教師だ。
小さい町の、50年の年季が入った古い校舎を見上げる。
宇治川町立西峯岸中学校。
自然豊かな町にある、たった一つの中学校。
町に一つしかないのに、全校生徒はたったの500人。
自然豊かな小さなこの町は、都会から来た俺にとっては全てが新鮮だった。
ここが、俺のスタートだ。
校長・・・校長先生に話を聞いたところ、温厚な生徒が多く、平和な学校と聞いた。
真偽の程は定かではないが、泣いても笑ってもここで俺の教師人生が始まる。
「梶谷先生、もうすぐ赴任式なので準備をお願いします。」
見た目偉そうな先生から声がかかった。よし、行かねば。
何と言っても赴任式は、最初の挨拶でイメージが決まると言ってもいいイベントだ。
逆にここで失敗してしまうと…考えただけでも恐ろしい。
校長先生に連れられ、体育館前の廊下で待機する。
体育館内では、もう始業式が始まっているようだ。
こもったマイクの音が微かに聞こえて来る。
前後に並んでいる教師は、全員俺と同じように赴任してきた教師だろう。
堂々としている若干白髪頭や、緊張している新米眼鏡女教師が目に入る。
「では、新しく西峯岸中学校に赴任してきた先生を紹介します。」という声とともに、重そうな音を立て、ドアが開く。
中にいた生徒たちの視線が、集まる。
拍手と音を潜めた喋り声の中、俺は白髪頭の後ろを歩く。
絶対ミスるな、俺。
そう心の中で念じた。
はずだったんだ。
俺は気づいていなかった。
左足のスニーカーの靴紐が、ほどけていた。
そんなのに気付く由もなく、俺は歩みを進め、ようとした。
『あっ』
傾く視界、こちらをスローで振り返る白髪頭、笑顔に変わる生徒の顔。
あれ、俺どうなってんだ?
一瞬静まった体育館内に、ドサッという音が響く。
静寂。次の瞬間、巻き起こる笑い。
そこで、俺はやっと、自分がこけた、ということに気づいた。