表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スミレ  作者: 七瀬 海亜
1/5

今年は、春が遅くやってきた。

咲き誇る桜が、俺の新しい門出を祝っているようだ。


大きく息を吸い、絞り出すように言葉を吐き出す。

『今日から、か。』

暖かい風が、頬をすっと撫でる。


幾多もの試験を乗り越えてきた。

きっと上手くやれる、多分。


俺は梶谷 将太、26歳。

今日から教師だ。


小さい町の、50年の年季が入った古い校舎を見上げる。

宇治川町立西峯岸中学校。


自然豊かな町にある、たった一つの中学校。

町に一つしかないのに、全校生徒はたったの500人。

自然豊かな小さなこの町は、都会から来た俺にとっては全てが新鮮だった。


ここが、俺のスタートだ。

校長・・・校長先生に話を聞いたところ、温厚な生徒が多く、平和な学校と聞いた。

真偽の程は定かではないが、泣いても笑ってもここで俺の教師人生が始まる。

「梶谷先生、もうすぐ赴任式なので準備をお願いします。」


見た目偉そうな先生から声がかかった。よし、行かねば。

何と言っても赴任式は、最初の挨拶でイメージが決まると言ってもいいイベントだ。

逆にここで失敗してしまうと…考えただけでも恐ろしい。

校長先生に連れられ、体育館前の廊下で待機する。

体育館内では、もう始業式が始まっているようだ。

こもったマイクの音が微かに聞こえて来る。


前後に並んでいる教師は、全員俺と同じように赴任してきた教師だろう。

堂々としている若干白髪頭や、緊張している新米眼鏡女教師が目に入る。

「では、新しく西峯岸中学校に赴任してきた先生を紹介します。」という声とともに、重そうな音を立て、ドアが開く。

中にいた生徒たちの視線が、集まる。

拍手と音を潜めた喋り声の中、俺は白髪頭の後ろを歩く。

絶対ミスるな、俺。

そう心の中で念じた。



はずだったんだ。



俺は気づいていなかった。

左足のスニーカーの靴紐が、ほどけていた。

そんなのに気付く由もなく、俺は歩みを進め、ようとした。

『あっ』

傾く視界、こちらをスローで振り返る白髪頭、笑顔に変わる生徒の顔。

あれ、俺どうなってんだ?



一瞬静まった体育館内に、ドサッという音が響く。


静寂。次の瞬間、巻き起こる笑い。




そこで、俺はやっと、自分がこけた、ということに気づいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ