1-123 世界樹の森の戦い その5 カーン 対 ジルブレヒト
「おい、どうしたんじゃ木こり!黙りこくりおって!」
ドルガンは、先祖伝来の名槌を以て、カーンの『大地の斧』に相対している。名槌といっても業物ではあるが『大地の斧』のように強力な土のルーンでエンチャントされているわけではなく、うっすらと光のルーンの加護があるのみである。武器も武器なら、体術もカーンには二歩も三歩も及ばない。いつもならカーンの素早い二の手、三の手に、ドルガンの槌術など為す術ないはずであったが、何故かカーンは防戦一方だ、いつに似ず動きが鈍い。
「お前らしくない、辛気くさいな!!」
その膂力で光の槌を一振るいすると、『大地の斧』はカーンの手から離れ、弧を描いて後方10m程にはじき飛ばされた。カランと音を立ててカーンの手を離れる『大地の斧』。カーンが操斧術で他の打撃系武器に遅れを取るなど前代未聞であった。これでは、地下世界の動きののろい炎の巨人か唐変木かである。
うぉぉー!!
ドルガンの傍で無人魔装兵と戦っていた『緑の騎士団』の若手貴族騎士達が大歓声を上げる。
「さすがドルガン殿、あの悪名高きカーンを押しまくっているぞ!!」
「このまま、『レボルテ』など一網打尽かな!!!」
彼らにとってはドルガンは7年前の敗戦を生き抜いた、いわば神格化された存在である。無人魔装兵達に手傷を負わされている若手騎士達も、俄然盛り上がり士気を上げた。
(腑に落ちぬな、7年前の無謀にも見える一心不乱な姿は見る影もない、ああしてドルガンの槌撃をあっさりかわしている間にも何か悩み疲れているような印象を受けるな。さて、攻撃が通じて乗りに乗っているドルガンは後でいなすとして、その精神不安を突くか。)
《ナイトメアー》(精神錯乱)
(初歩的な魔法だが、今のあの様子なら効くだろう。。。)
ジルブレヒトはごく初歩的な闇魔法を唱えた。初歩的とは言っても、『ウェールズ』が誇る闇魔道士の全魔力が乗っている、通常の人間がそれを食らえば、人格崩壊かともすれば脳死も免れない強力な悪夢の術であった。
ドゥッ。見立て通り、頭をかかえ、あっけなくその場に崩れ落ちるカーン。ジルブレヒトの予想は彼の持つ正確無比そのままにカーンの正中を貫き、老将軍を永遠に続く悪夢の中に捉えたようであった。7年間には一度として『ウェールズ』軍が見かけたことのない、無様な敗戦の姿である。あの神将のごとく恐れられた悪鬼カーンが、あっさりとドルガンの目前に崩れ落ちる。ドルガンは別として、『ウェールズ』軍は拍手喝采、すさまじい盛り上がりであった。
「な、くの~!この小細工はジルブレヒトか!?余計なことをしおって!!!」
ドルガンは一人地団駄を踏む。
その時、カーンの後方に刃先を地面に向けて突き立っていた『大地の斧』は妖しく鳴動を始めた。微動しながら辺りの大地を振るわせ空中に浮かび出した。斧の周りは暗く悪意に満ちた赤黒いオーラが滲みだし、『大地の斧』が本来持つ清々しい自然の土のオーラを侵食しているようであった。
(レーネめ、何か仕組んだな?そしてカーンのあのうろたえはそれとも関係があるのか?)
次の瞬間、『大地の斧』の膨大な土のオーラは周辺の無人魔装兵達へ流れ込み、そして魔装兵達は変態を遂げた。地下世界の伝説的な土の化け物に。
「べ、ベヒーモス!!?しかもミスリル銀でできた!?」
ジルブレヒトと共に、カーン達主力に相対していた土魔道士ルースは驚愕の声を上げる。初級魔道士の教程で教科書でしか読んだことのない土の上級精霊ベヒーモスと同じ形をしていたからだ。中原では神話の中の存在である『アースガルズ』の天使を見ているかのような場違いな感覚である。
その後も『大地の斧』は続けて泣き叫ぶかのようなうめき声を上げ、それと共に数多の無人魔装兵は離合集散を繰り返し、体長7,8mはあろうかというあの土の猛獣ベヒーモスを形作るのであった。数十体はあり、皆、土や岩ではなくミスリル銀で出来ている。
(鎧、狼、蜘蛛、巨人と来て、ベヒモスか、なかなかいい趣味をしている(笑)。)
ジルブレヒトは冷静にレーネの造形を評していた。戦う意志を挫かれたカーンを捨て置き、この後、死力を尽くした大乱戦に突入する『ウェールズ』と『レボルテ』の両軍であった。