三日目、シナリオの進みがやばいです④
――お昼になっても、蛍池は全く機嫌を直す気配がない。ガン無視状態である。
「なあ、蛍池」
「……」
声を掛けても、あからさまにこちらを見ないようにしている。
ちょっと調子に乗っただけだから、いい加減許してくれないかしらん。ケツの穴のちっちゃい奴である。
俺は鼻に突っ込んでいたティッシュを取り外す。ルナちゃんてば、本気で殴ってくるんだもん。早朝の暴力沙汰に社内が騒然としたからね。結果、全面的に俺が悪いみたいなことになったし。
ともあれ、このままだと業務に支障をきたす。
後輩に嫌われて作業が進まないとあっては、俺の指導力が疑われるし、朱理さんにとんでもなく説教される羽目になる。そのうえ、給料が下がってしまう。
それだけは絶対にイヤダ。
「そういえば、駅前のケーキ屋。ショコラケーキが凄い人気あるよな。いつもめちゃくちゃ並んでるし」
俺は返事がないのも気にせず続ける。
「うちの親戚に、あそこのショコラケーキをどうしても買ってきて欲しいってせがまれててな。今から買って来ようと思ってるんだけど」
後輩のツインテールがピクンと動く。
「せっかくなんで、可愛い後輩のために、お詫びも兼ねて買ってきたいんだが、蛍池がケーキ好きだったかわからんなー。困ったなー」
「……ですよ」
ぼそりと隣から声がした。
「えっ? なんか言ったか?」
「だから! ケーキ好きですよ! 不愉快ですけどせっかくなんで貰われてあげます! 早く買って来てくださいよ!」
無事にガン無視状態は解除された。この後輩チョロ可愛いなぁ。知らないおじさんに着いて行かないか心配である。
「言っときますけど、こんなので許してもらえたなんて思わないでくださいねっ! 先輩に頭触られるとか、思い出しても鳥肌がたちます」
減らず口が絶えない後輩である。
「その、なんだ。悪かったな。調子に乗りました。猛烈に反省してます」
素直に謝る俺。
「言葉の謝罪なんて無駄なことしている暇があったら、今すぐ、迅速に、可及的速やかにケーキを買って来てください」
俺の謝罪はルナルナに届かなかった。本当に無駄なことしたなぁ。
「それじゃ、ちょちょいと行ってくるかな」
「ケーキを買えるまで会社の敷居を跨がないでください」
「お前はおかんか。売り切れてたらどうすんだよ」
「先輩、ツイてなかったですね。二度と帰ってこないでください」
「ひでえ……」
「それが嫌なら、さっさと買いに行ってください」
「へいへい」
俺は椅子に掛けたジャケットを羽織り、蛍池の口撃から逃げるように外に出た。