白銀者の帰還1 人形を見る者
“人形”が街を歩いている。
のっぺらで、手足の関節だけが曲がって、てくてく歩く“木の人形”だ。集中すれば肉付きなんかを良く観察できるが、必要が無ければ普段は適当にスルーする。
それがオレの日常の風景だった。
建物や、料理、動物――“人”以外は普通に見えるのに、“人”だけは“人形”に見えるのだ。
その原因は知っている。それこそ人生で一度は経験する“不幸”や“失敗”ってヤツだった。
不幸が強力過ぎると精神障害になり、生涯引きずる心の棘となって中々抜けない。
何が言いたいかと言うと、人は誰だって大なり小なり、抱えるべきモノを抱えて生きているって話だ。
もちろん、オレも例外じゃない。その結果が、“人”が“人形”に見える狂った世界だった。
多くの建築物。高いビルなど、世界でも先進国の境に存在する大都市――『ウォーターフォード』は屈指の観光名所としても名高い場所だった。
都市の西と東を分ける巨大な運河が特徴の綺麗な街であり、季節ごと開催される祭りと、それによって打ち上がる花火は街の名物となっている。
だが、ソレは『グラウンドゼロ』以降の都市模様であった
現在は、まともな建物は殆ど無く、崩れた建物が瓦礫となり道は封鎖。半年経った今でも瓦礫の撤去作業が続いている。
死者も多く確認され、行方不明者はその10倍近く。現在は復興と被害者の確認を中心に行われている最中なのだ。
その街中で作業をしている人型の機械が存在した。
全長15メートル。重量の大きい物を持ち上げる為に、がっちりとした両脚。運河に停止している作業船へ重機では運び出せない瓦礫を撤去していた。両腕にアームを着けた作業用のロボットである。
年季が入っているのか、あちらこちらに錆が来ており、人で言う老人のような機体だ。
「ん? おーい!」
すると作業している、その機体が侵入禁止区域(地面にひびが入っており崩れる危険がある他、ガス管や水道管が密集している地区)に移動しようとしている所を、治安関係でパトロールしていた警官が発見してパトカーのスピーカーで呼び止めた。
「そっちは『アステロイド』の侵入禁止区域だぞ! 直ちに進行を反転させなさい!!」
警察からの注意で古びたロボット――アステロイドは、進行を止めると頭部のソリッドカメラの奥にあるモノアイが彼を見る。
そして、パトカーの前で停止すると片膝を着き、胸部部分の装甲が開いた。
「お勤めご苦労様です。なにか違反しました? この機体、外からの通信が入り辛くて――」
そこから顔を出したのは、白銀色の髪を持った青年だった。
『今年――創生暦7800年で、最大の戦い。まさに人類の命運を賭けた決戦だったと言う訳ですね!』
『はい。私も“グラウンドゼロ”に参加していました。と言っても後方の補給部隊でしたが……それでも死を連想するほどの戦場でしたよ』
『それほどに戦火が広範囲に広がっていたと言う事でしょうか?』
『元々、“スカイホール”の定義は解明されておらず、出てくる敵も何者なのかは不明なのです。未知の技術に、未知の兵器。部隊内では“スカイホール”を通って現れる敵を“アグレッサー”と暫定的な呼称がつけられていました』
『アグレッサー。侵略者と言う意味ですね』
『今までは、度々“アグレッサー”の襲撃は確認されていたのです。その中心に立っていた企業が“サンクトゥス”だったようで、一般的には市民の皆さんを不安にさせないために出来る限り秘匿にしていたようです』
『今回の“アグレッサー”との大規模戦闘である“グラウンドゼロ”で隠しきれなくなったと?』
『おそらくは。しかし“グラウンドゼロ”が起こらなくても、近い将来に戦力が整った時点で諸々の発表は行われるつもりだったようです。ソレが、“グラウンドゼロ”の時点で前倒しになったのだと思います』
『アステロイドが軍事利用をされ始めたのは今から50年前ですが、その頃から“アグレッサー”の接触があったと思いますか?』
『私の産まれる前ですからね。本当な所は解りませんし、調べても解らないでしょう。ですが、少なくとも水面下では戦力を蓄えていた事は間違ありません。“グラウンドゼロ”で“アグレッサー”と互角以上に対抗できたのは、やはり技術躍進を進めていた人類の成果だと思います』
『今後も、このような大規模の“アグレッサー”の襲撃にも対抗できると言う事でしょうか?』
『はい。敵の勢力は不明ですが“グラウンドゼロ”は少なからず大規模な侵略戦だったハズです。物量的にも、一回か二回投入できるかの大攻勢だったでしょう。ソレを退けられて、今日の明日で再び大規模な侵略は起こりにくいと思っています』
『なる程。つまり、態勢を立て直す事こそが、“アグレッサー”との戦いにおいて勝利へ繋がると言う事ですね』
『そうです。次の襲撃で敵が性能を上げていたとしても、こちらも同等に技術躍進が成されています。サンクトゥスが公式発表した【セブンス】と呼ばれる部隊が主軸となり、きっと次戦も勝利を収めてくれるでしょう』
ラジオから流れている特番は半年以上続いていた。
題材は“グラウンドゼロ”を生き延びた兵士からのインタビューやゲストとして、話を聞く事で高い視聴率を得ているのだ。
それだけ、皆関心がある。
人類の命運を分けた大規模戦“グラウンドゼロ”と、それを引き起こした侵略者“アグレッサー”。
都市ウォーターフォード上空に現れた“スカイホール”より、出現した“アグレッサー”との戦い――通称“グラウンドゼロ”と呼ばれる大規模戦闘は、多くの犠牲と爪痕を残しつつ、半年前に終戦した。
時間にして丸一日の戦いは、人類が滅亡を容易く連想するほどの戦火と蹂躙の様子が戦史に記録されたのだ。
2700対500。戦力比5:1。
アグレッサーはスカイホールから、現地に存在した兵力の約5倍以上の戦力を引き連れて現れた。
視界を埋め尽くすほどの大隊に僅か一時間でウォーターフォードは壊滅し、100万人近くが命を落とす。
常駐軍による反撃も行われたのだが被害の方が圧倒的に大きかった。
彼らは知らなかった。人類の戦いは地上戦がメインなのだ。しかし、アグレッサーの所有するアステロイドは、ほとんどが高空に仕上がった性能を持ち合わせており、中には見たことの無い兵器を所有している機体もいた。
『指揮官機』と思われる機体には一切の射撃が通用しない装備も存在しており、被害は分毎に肥大。それは、半日もすれば都市全ての人間が排除され、ウォーターフォードは地図から消えると決断されるほどだった。
全く歯が立たない現地軍とアグレッサーの技術差は誰が見ても圧倒的に離れていたのだ。
そして、人類を護るために“核”の検討が世界に走り出す。だが……ソレは同時に多くの反対意見が駆け巡り、遅々として決断されなかった。
そんな議論をしている間でもウォーターフォードでは膨大な犠牲者が発生している。そんな中、一人の男が名乗りを上げた。
大企業サンクトゥス総帥――エルサレム・ソロモンは、アステロイドによる作戦を考案したのである。
彼は、核など使わなくても十分に勝利を収めることが出来ると告げ、既に待機させていた私兵部隊の派遣を申し出た。
ソレは“アグレッサー”の蹂躙を止める為に、ウォーターフォードへ戦略行動を開始。各国の代表達は藁にも縋る思いで、エルサレムの提案を受け入れ、全てを一任したのである。
対アグレッサー戦特化部隊『セブンス』。
アステロイド開発の最先端を行く、大企業サンクトゥス。その私兵団であり、僅か7機の特機アステロイド――『インゼルタイプ』の戦場介入は、大きな戦果をもたらした。
7機とも全て、搭乗者に合わせて改良された機体であり、縦横無尽に戦火の広がるウォーターフォードで戦闘行為を開始した。
その後、他国からの増援部隊と連合軍の合流によって戦いは人類にとって、ようやく、立ち回れる程度に機能し始めたが、それでも戦力比は3:1だった。
絶望は拭われず、ただ目の前の敵に奮起し続けた連合軍だったが『セブンス』はそれら全てをカバーし、そして解っているかのように敵の指揮官機を次々と撃破していった。
戦線の乱れを的確に突き、戦争が始まって丸一日経った頃――
アグレッサーは全滅し、人類は勝利を収めていた。
ビルの側面に設置された大型スクリーン。
華やかで、多くの若人が好んで通るストリートは小さなカフェなどが並ぶ洒落た店並。少し離れた郊外には、古びた田舎の雰囲気に包まれた老街に多くの老人たちが暮らしている。
そして、街の代名詞として存在する巨大なセントラル運河は膨大な数に枝分かれして、毛細血管の様に街中に通っていた。
賑やかで、貧富の差が少ないウォーターフォードは、世界でも有数の富裕国と観光名所として認識されていた。
だが、今は唯一変わらない景色はセントラル運河だけだった。
“アグレッサー”の襲撃によって、ほとんどの建物が瓦礫と化し、戦闘中でも被害は拡大し続けた。公共機関はおろか、物資や人材も著しく足りず世界中に支援を求めている。
運河沿いで賑やかな露店も、通勤ラッシュで運河を行き来する船も、全て停止。治安の面でも大きく乱れ、撤去作業の終わっていない地区に足を踏み入れて火事場泥棒をする者も多いのだ。
『――ラジオも大概です。補給部隊など、戦いが終わってから物資を届けに来た部隊のことですねよね?』
【クランク】は6世代の作業アステロイドである。重機などの侵入できない被災地での作業を主な目的として造られ、大規模な撤去作業では必ずと言っていいほど投入される。
今回、ウォーターフォードの復興作業用に投入された【クランク】は全部で20機。古い物は6世代から、新しいものでは8世代までの機体によってシフトと作業場所を決めて、作業は行われている。
日も暮れた夜。【クランク】のチームから離れて、別の地区で単独で作業する白銀髪の青年は、操作のほとんどが手動の古い機体を手足の様に操っていた。
「んー、まぁそうだろ。ま、テレビに出れば多少色をつけたくなるってもんだ」
『私は虚偽の発言をする事に違和感があります。アナタは無いのですか?』
「お前は馬鹿正直すぎるんだ。それに“グラウンドゼロ”の事を、最前線の生存者に聞く事は出来ないんだよ」
最も『セブンス』が戦場に介入した後でも、人類の被害者が減る事は無かった。寧ろ激化し、増えたと言っても良いだろう。それくらい、入り乱れた悲惨な戦場だったのだ。
「サンクトゥスが規制を敷いてるし、何より、壊れて無けりゃ、壊れる戦場だった」
どの部隊も孤立無援で『セブンス』によってようやく戦線を立て直せたのだ。アステロイドの性能的にも、“アグレッサー”が上回っていた関係上、何とか倒したとしても次々に襲い掛かってくる。
常に死の危機に晒される死戦。見ようによっては戦いにすらならなかった部隊も少なくない。そんな中で生き残った者達は、まともであればあるほど、まともでは居られない。
『アナタは平気そうですね。流石と言う所でしょうか?』
「オレは元々壊れてるからな。それよりも、ちゃんとスキャンしてるか?」
『はい。この瓦礫の下、三メートルの地点に生命反応アリです』
彼はチームから外れて『ウォーターフォード』で作業はずっと一人で進めていた。
時に避難民からの頼まれごとや、まだ撤去作業の始まっていない所での生存者を捜している。
「前は、瓦礫の下で何とか生き延びてた“人形”もいたからな」
中にはシェルターに篭り、大勢の人間が生き延びていた事もあった。その時はテレビなんかでも大きく報道されていた。
『次の瓦礫です』
「こちらは作業員です。負傷してますか? 動けるなら、今から動かす瓦礫の傍から離れてください」
スピーカーで外に聞こえるように声を出す。そして瓦礫を退かすと、
「…………おい、こらファラ」
『なんでしょうか?』
「お前知ってただろ」
『確率的には95%でした。ですが、少ない確率を無視するのは良くないと、アナタから教わったので』
「確かにそうだけどよ……」
瓦礫を退かした先にあった生命反応は、出産をしたばかりの猫の親子のものだった。