白銀者の帰還20
この話は時系列的に第一部の直後の話になります。
深夜の『ウォーターフォード』に現われた一機のアグレッサーによる襲撃は、駐屯小隊と『タフリール』所属隊員1名の犠牲の下に終息していた。
【フリークス】と呼称された敵機による音波兵器の効果は、戦闘後も多くの市民が頭痛を訴えるも、命に別状は無く、民間人の死者は奇跡的に0という結果に落ち着いていた。
そして、長い夜が終わった事を告げる朝日は、ウォーターフォードを照らし始めていた。
ウォーターフォード南部に存在するコンテナ港。
本来は企業などが物資の搬入を行う為に使われる場所だが、今は戦地復興を名目に、『タフリール』の支援船を優先して受け入れていた。
「わちゃわちゃしてるなぁ」
昨夜の【フリークス】の襲撃を聞きつけたのか、早朝にもかかわらず『タフリール』の支援船が接岸し物資や人員を荷下ろししている。
『戦地復興支援組織『タフリール』です。本日より、都市復興活動を本格始動すると『サンクトゥス』も把握しています』
【クライシス】は降下地点をエイルの居たコンテナ港に定めていた。そこなら一般の人間は殆ど居らず、街中に降りるよりは注目されないであろう、という彼女の提案である。
「……リコさんの……私が身を置いている部隊です」
「リコって、班長かなにか?」
『リーマル・コセルト。マスターの義妹で、『タフリール』の第六班の団長です』
「なんでそんなこと知ってんの?」
『マスターより、シゼンに誤認させない為に言い渡されています。あちらもそれなりに好戦的な性格であるようですので』
「そんなことは……ないと思います……けど」
どこか自信なさげに知り合いを庇うエイルだが、シゼンはその反応で、なんとなく“リコ”なる人物の性格を察した。
「ま、いきなり殺し合いになる事はないっしょ。それならそれで、楽しそうでもあるけどさ」
シゼンはコンテナ港の様子をモニターから見た。
接岸したコンテナ船からは、荷を積んだトラックや【クランク】が次々に降りて、市街地へ走って行く。
「“人形”だらけだな。ミニチュアの展示会みたいだ」
踏みつぶしたら蟻のように逃げ回りそうだ。
このまま、踏みつぶしてみようかなぁ。あ、でも【クライシス】は片脚ないんだったか。
「……シゼンさん……あの位置にお願いします……」
「お? そう? んじゃあっちに降りようか」
シゼンはエイルの誘導に従って【クライシス】を空いているエリアへ向かわせる。すると、正面のモニターにコンテナ港には似合わない最新の飛行艇が映った。
「ファラ、あれってエルじぃ専用の飛行艇じゃない? 垂直離陸の出来る最新のヤツ」
『そのようです』
「…………」
リーマル・コセルト。
戦地復興支援組織『タフリール』第六班班長であり、同時に『タフリール』の第六護衛中隊『ピースメーカー』の中隊長を務めている。愛称はリコ。班内ではボスと呼ばせていた。
当人は20歳で、他の班の班長に比べて若い年代だが、実父にして先代班長の叩き上げによって身についた実力は本物。『タフリール』では特に復興地での評価が高いとされている。
ただ、実父の影響か。少々好戦的な性格であり、『タフリール』を良く思わない、現地の軍組織や支配組織との衝突は多々あった。
「…………」
リコは、潮風を考慮してフードコートのようにシートを被せた愛機をコンテナ港の一角に膝付きの姿勢で待機させていた。
“じゃあな、ボス”
それが先代の頃から家族のように関わってきた『イノセント・ハーバー』の最後の通信記録だった。余計なことを言わない短的な遺言は、命の価値を常人とは違う認識である事が分かる……戦争に生きた者達の一言だった。
「まったく、勝手なことするんじゃ無いわよ。死ぬ時はアタシの許可を取れっての」
リコはソレが嫌いだった。死ぬべき屑は居るし、生きていれば害のある奴だって世界には沢山いる。
命に価値はあり優先順位がある。彼女は父から何よりも部下を……“家族”を護るように教わった。
「コセルト君」
ぶつけようのない苛立ちと悲しみにいつもの調子が出ない彼女へ声がかかる。
「なに?」
「君の機体、少し右側に歪んでいるようだが、【ノーン】には直立固定のハンガーは無いのかね?」
リコは愛機の肩部から慣れたように降りると、声をかけてきた老人の目の前に着地する。
「本来なら、左に重量のある武装をつけるから、自然とこうなっちゃったの」
「サラフの意見かな? 操縦が難しいだろう?」
「もう慣れた。ていうか、ナチュラルに会話してるけど、なんで『サンクトゥス』の総帥がこんな所に居るのよ」
彼女の目の前には、紳士を彷彿とさせる雰囲気と穏やかな表情を持つ老人――エルサレム・ソロモンが護衛に細目の女を連れていた。
「ウォーターフォードにアグレッサーが現われたと言う話は知っているだろう?」
「知ってるけど、『サンクトゥス』が知るには早すぎない?」
ほんの数時間前の戦いを、今ウォーターフォードに来たエルサレムが把握しているのは、耳が早すぎる。
「実際に交戦したのが、『セブンス』ならば、必然と入ってくると言うものだよ。調査団も半年前から滞在しているし、特に迅速な情報はあらゆる事態を左右する」
と、言いつつもエルサレムの興味は、ウォーターフォードでは無い様をリコはどことなく察する。
まるで楽しみを待つ子供のような様子をエルサレムから感じ取れた。
リコはエイルから“【クライシス】を動かした。コンテナ港に着陸する”と言う通信を受け、愛機から信号を発しながら、この場で待機しているのだ。
「『セブンス』ねぇ。そういえば、カナンが世話になってるけど元気してる?」
「誰から聞いたんだい? 彼が『セブンス』だと」
『セブンス』の部隊員の名前は伏せられている。部隊員のプライベートを考えての配慮だったのだが。
「カナンから。まぁ、親父から教えてもらって裏をとった形だったけど、他の情報は何も知らないから安心して」
「カナン・ファラフリの情報統制は完璧ですよ、総帥」
エルサレムの護衛として同行した糸目の女はカナンのことを一心に信用している様だった。
「出所が気になってね。私も彼の事は疑っていないよ」
「で、そっちは自己紹介しないの?」
「これは申し遅れました。私はレン・ナギサと申します。妹のオウカが、カナンさんとお付き合いさせてもらっています」
丁寧に頭を下げる女――ナギサにリコも慌てて会釈する。
「あ、どうもどうも……は? 付き合ってる?」
効率厳守、規則第一、それらを護らない違反者を激しく嫌悪する義兄が異性と他人と恋愛をするなど想像さえつかなかった。
「はい。妹がお付き合いしています。聞いてはいませんか?」
「……マジ? ぜんっぜん知らなかったわ。ストレスで妹さんが死なないように見張ってて上げて。アイツ、思ったことは真顔で普通に言うから。むかついたら刺してもいいよ」
義理とはいえ、兄妹として育った身としてはカナンの事はよく知っている。それを踏まえた上で長時間一緒に居るのは苦痛でしか無かった。それだけ、カナン・ファラフリという人間の発する空気は重く何よりも規律を重んじるのである。
「敵に頭撃ち抜かれても、その性格は治らなかったらしいし」
「そんなことも話しているのですね」
過去のアグレッサーとの戦いで、カナンは片目と脳の一部を損傷するという大怪我を負っている。一命は取り留めたものの、脳の一部をナノマシンに置き換えているとか。
「一応は身内だからねぇ。親父もカナンが死にかけた時は、手下集めて報復に行こうとしたくらいだしさ」
リコの実父は世間一般では“海賊”に分類される荒くれ者であり、戦場に現われては機体を奪ったりする傭兵としても知られている。
『サンクトゥス』の私兵がまだ一つだった頃にも何度か交戦しており、因縁の深い間柄なのだが、『タフリール』に吸収されてからは成りを潜めていた。
「それは頼もしいな。君たちとは争うよりも、手を取り合う方が互いに『利』がある」
「『利』ねぇ……」
リコはエルサレムの言葉に微妙な表情を浮かべる。リコ個人としてはエルサレム個人に対しては、義兄が世話になっていることもあり、悪い印象は無い。
しかし、戦地復興支援組織に所属している身としては戦火を拡大する人型機械駆動兵器を造り、提供している組織を大々的に肯定することも出来なかった。
ただ、自分たちも抑止力として『アステロイド』を使わざる得ないこともある為、矛盾というか同族嫌悪というか、複雑な思いである。
「総帥。来ました」
ナギサの言葉に反応し、二人も空を見上げる。朝日を反射するその機体を目の端に捉えた、『タフリール』の面々も、アステロイドとは思えない美しさを持つ機体を見上げた。
片脚、片腕を無くした【クライシス】が降りてくる――
「リコさん……」
片膝を着いた【クライシス】のコアから、恥ずかしそうにシゼンに手を引かれて、貴族のように降ろされたエイルは、リコの姿を見て駆け寄った。
「エイル――」
その彼女へ、リコは渾身のデコピンをくらわせる。
「イノセントが死んだわ。知ってるでしょ?」
「……はい……私のせい……です……」
次にリコは【クライシス】とシゼンを見る。
「あれが【クライシス】と『シゼン・オード』ね。あたしからすれば、その二つはイノセントの命とは等価じゃない。もし、あんたが二つとも諦めてたらイノセントは死ななかったかもしれない」
「…………その通りです……」
エイルはスカートの裾を強く握る。イノセントが出撃したのは、【クライシス】の離脱する時間を稼ぐ目的もあっただろう。リコの言うとおり、【クライシス】を諦めれば彼は【フリークス】と対峙することも無かった。
「あんたに第六班は命を助けられたわ。だからこそ、命の失われる可能性を軽視したらダメなのよ。消えた命は、何も応えてくれない」
「……ごめんなさい」
後ろを向かないとフリューと誓った。けど……無理だ。命を失ったと感じるこの気持ちは絶対に慣れないだろう。
「叱られるのは、生きてる人間の役目。だから、叱るのはもうおしまい――」
リコはエイルを抱きしめる。班の長として、部下の軽率な行動を指摘するのは当たり前の事だ。
「エイル。よく、生きて帰ってきてくれたわ」
しかし、それ以上に生きて帰ってきてくれた事を誰よりも感謝していた。
「報告をお願いします。セイバー4」
ナギサの言葉にシゼンは『セブンス』の義務として答える。
「個体呼称【フリークス】を撃破。当初の推定戦力は“S”と判断。しかし、現地部隊の活躍によって“B”まで低下。結果、単身でも撃破を完了」
「敵機体の保全は?」
「自爆しそうになったので宇宙空間に投げ捨てた」
「単機で宇宙へ?」
シゼンの報告を聞いていたナギサは呆れて聞き返した。単機で星の重力を突破する程の推進力を持つ機体は開発されていない。
「ま、この機体が特別だと思うけど。本部に持ち帰って色々と解析した方がいいんじゃ無い?」
片腕と片脚を損失している【クライシス】を指さし、この状態では万全とは言いがたいと指摘する。装備の原理も分からないし、出来るなら両手両足を修繕してから使いたい。
「……シゼン君。この四肢の損失は、君が見つけた時からだったかな?」
報告をしている間に、エルサレムは【クライシス】の側に寄って損失した箇所を見ていた。
「いえ……なんつーか。戦闘中に外されました」
「外された? 【フリークス】に?」
「そうっす」
と、エルサレムは何かを考えるように口をつぐむ。それは、設計者と言うよりは“何か対策を練らなければ”という表情だった。
「なんか知ってます?」
「いや、少なくとも知っている情報は君と大差ないと思ってくれて良い。シゼン君。君はこのまま『タフリール』に同行し、【クライシス】の修繕と性能の把握に努めて欲しい」
「正直、無茶苦茶ですよ、この機体。未知の部分も多いですし、本部で解析した方がいいんじゃないですか?」
ナギサにした話をエルサレムにも提案する。あらゆる面において、圧倒的な性能を持つ【クライシス】は、一般的なアステロイドの常識を遙かに凌駕しているのだ。
高空機関。
靱帯構成。
衝撃緩和性能。
どれか一つを解析し、量産するだけでも現在の最新鋭機である【インゼル】を超える機体が出来上がるだろう。
「まずは修繕が必要だ。この機体は万全の状態にしておきたい」
「ならなおさら本部に持っていた方がいいんじゃないですか?」
「破損しているわけではないからね。平たく言えば分解されている。正しい手順で取り付けなければならない。それが出来る人間は一人しか心当たりが無くてね」
エルサレムは【クライシス】が損傷した所を初めて見たのだ。つまり、【クライシス】と同等の能力を持つ敵が、同じ場所から来たと言うことなのだろう。
「『サンクトゥス』の技術を使っても無理なんですか?」
「不可能じゃない。だが、時間がかかってしまう。幸い、過去に【クライシス】の整備に関わった人間が『タフリール』に居るからね。君には『タフリール』に【クライシス】と共に就き、急ぎ『近接防衛』の勘を取り戻して欲しい。後に【スクード】を搬送する」
エルサレムはシゼンが『セブンス』に戻る話を裏で進めていた。隊長の容認や書類の手続き。それら全ては終わらせており、後は本人の承諾だけだったのだ。
「別に良いっすけど、何かあったんですか」
珍しく焦っている口調にシゼンは尋ねる。
「『指揮官』の役割が失われている。今のままでは『セブンス』を招集するのは危険だと判断した」
その言葉に、シゼンは思わず笑みが浮かぶ。不謹慎だとは分かっているが、歓喜が抑えられなかったのだ。
「誰なんですか? カナンを殺った奴」
先ほどまで話していた人間とはまるで別人の様を表す。不気味に笑うシゼンを見て、ナギサは思わず言葉を失った。
対してエルサレムは、冷静に彼に対応する。
「気になるかね?」
「ええ。だってカナンが殺される程の相手でしょう? だったら、オレも死ねるかも知れないじゃないですか。いや、死ぬ気は無いんですけどね。それでも、そう言う場面で命のやりとりをしないと、“人形”が増えるんですよ」
今の瞬間、シゼンの視界に移る人間は全て“人形”に移っていた。どれもバラバラにして良い権利。自制しなければならないのは分かっているが、どうしても絶えられそうに無い。
支離滅裂。シゼンは自分でも、何を言っているのかを理解することさえも出来ていない。『セブンス』という“鎖”によって抑えられている『白銀の凶児』が現れようとしていた。
「……詳しい事は後にデータを送るが、簡説に言うと昨日カナン君は敵に占領された『スタッグリフォード』で単独の脱出を試みた。そして、失敗した――」
エルサレムは報告にて把握していることを語り始めた。
次からカナン視点で始まります。




