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クライシス~白銀の空~  作者: 古河新後
第2部 空からの狂兵
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空からの狂兵12

魂は人から人へ伝えられて輝いていく

 アステロイドの弱点は搭乗席――通称コアである。

 コアの位置はどのアステロイドも例外なく胸部にあるが、これにはいくつかの理由がある。

 基本待機姿勢の直立、屈んだ場合、機体が仰向けになっていればいつでもハッチを開くことが出来、搭乗者(ドライバー)が搭乗しやすいと言うことを考慮されている。加えて整備のし易さ、OSを調整する機器をつなぐためには胸部が最も効率的なのだ。


 その常識はアステロイドを造る基本思想として『エルサレム・ソロモン』が提唱していた。


 コアはアステロイドにとっての頭脳であり、この場所が完全に機能停止すると、搭乗者が無事でも機体は当然のごとく行動不能になる。

 その(ことわり)はアステロイドである限り例外は無い。

 当然、【ジェノサイド】もその枠に当てはまり、弱点はコアである。ただし、【ジェノサイド】のコアは特殊な仕様になっており、人が乗ることを想定されていない。

 コアに位置する場所にはAI用の端末が設置されている。全てを完璧にコントロールし、時間差ゼロの動きを可能にするほどに高度なプログラムをAIが管理している。更にヴェロニカは不測の事態に備えて“仮宿”を用意していた。


 データが破損した時を想定し変わりのサーバーを複数用意するように、コアを破壊されても、もう一つの“仮宿”に宿ることで問題なく動かすことができるのだ。


 フィロの一撃で一瞬だけコアの機能は停止したが、ヴェロニカは一時的にもう一つの宿へ移動し、システムを高速で書き換えた。僅か数秒という時間でヴェロニカはOSの仕様を変更。

 結果、【ジェノサイド】は僅かに沈黙したものの、再び稼働に至ったのである。


 高火力の兵器に無敵の盾。隠されたもう一つのコア。この装備を使い、本来なら『セブンス』と正面からぶつかるはずだった。

 しかし……ソレは一つの部隊によって儚くも散ることになった。






 どういうことだ? ボクが負けた? あり得ない……彼ら(セブンス)でもなければ……総長でもない。

 目の前で……もはや動くことの出来ず、敗者のように横たわっている機体(メイガスIII)に――


“未だ姿を見せない“七人目”の存在を――“


『ああ、そうか。君がそうなのか?』


 ようやく理解できた。あの予測できない動きは、決められた動作を洗練させたモノじゃ無い。本能が自然と動かす意思。どう動けば致命傷を避け、敵を圧する事が出来るか勝手に導き出される究極の才。

 ヴェロニカはソレを極めた者を二人だけ知っている。だからこそ、相対したリエスがソレを持っていると解ったのだ。

 【ジェノサイド】は片膝をつくと前のめりに倒れる。燃え、制御回路が弾けていくと機体の四肢制御を物理的に消失。ソレに呼応するように『SOA』も停止しし、糸が切れたようにその場へ転がった。


『君のソレは後の脅威になる……にしても、割に合わないよねぇ。カナン司令』


 ヴェロニカは最後の攻撃を仕掛けていた。発動には時間がかかるが問題にはならない。彼女はもう動けないし、カナンも間に合わないからだ。


『ここで死んでもらうよ。七人目の【セブンス】』





「動かなくなった?」


 リエスは仰向けに倒れ込んだ【メイガスIII】から【ジェノサイド】の様子を観察していた。

 まだ攻撃能力を残しているのなら外に出るのは危険だと判断したからだ。それが、力なく制御を失い、コアから火の手を上げながら倒れた事で一気に緊張の糸が切れる。


「……隊長、カルメラさん、スペラさん、先輩。敵を倒しましたよ!」


 皆の敵は討てた。皆がつないでくれたらから生き残ることが出来たのだ。


「……うぅ」


 妙な興奮状態が解け、皆が死んだことを思い返してしまう。泣いている場合では無いのは解っている。しかし、どうしても堪えることは出来なかった。


『リエス。聞こえるか』


 入ってきたカナンからの通信に、一度涙を払ってから応える。


「はい。大丈夫です! 敵を倒しましたよ!」

『観ていた。機体はもう動かないか?』

「え、あ、はい」


 【ジェノサイド】は機能を停止したが、【メイガスIII】も戦闘行動は不可能だった。両脚の損傷と左腕部の消失。かろうじて右腕部は動くが、移動することは難しい。


「【メイガスIII】は中破です。装甲も一部が溶解しています」

『北部山岳地区のスカイホールは閉じたが、敵が来る可能性がある。徒歩でも良い。急いでその場から離れろ』

「了解です!」

『【メイガスIII】に後方拠点の位置を転送しておく』


 間を置かずに、一番近い後方拠点の情報が割れたモニターに映った。そのデータをリエスは『小型端末(クリスタ)』に移し替える。


『私は指揮に戻る。作戦が終わったら彼らに追悼をさせてくれ』

「……はい! ありがとうございます!」


 と、リエスはいつの間にか敬礼していた。

 回線が切れる。【メイガスIII】も最低限の索敵能力を残して機能停止を引き起こす。リエスは、ここまで共に駆けてくれた相棒が疲れて眠ったように感じていた。


「ありがとう。【メイガスIII】」


 グライスト小隊に配属され、最初に支給された愛機。長いようで短い間だったけど、共に戦場で戦い抜いた半身とも呼べる存在だ。


「大丈夫。この戦いが終わったら、ちゃんと修理してもらうから」


 リエスはこの戦いで改めて決心することが出来た。下を向いていても何も変わらない。悲しくても、顔を上げて前を向かないと、歩み出す道も見つけられない。

 悲しみも、別れも、全て背負って、顔を上げるのが兵士としての在り方。伝えていくことが生き残った兵士の義務なのだ。


「次は胸を張って戦います。だから見守っててください」


 その時、索敵に熱源反応が引っかかった。周囲の燃える木々や、熱を持った大地の反応ではない。覆われるようなこの反応はアステロイドに準ずる感知(モノ)だ。しかし、モニターに映り続けている【ジェノサイド】は機能を完全に停止している。


 なら、どこから?


 リエスは席に座り直すと、改めてその発信源を探る。外に出るにしても、それが何なのか調べなければならない。

 その時、ノイズが走り割り込むようにモニターに文字が流れた。


『己が生きる以外に、“他を殺す”のは人だけが持つ『狂力』だ』


「なに……これ?」


 あまりに突拍子な事に思わずそんな言葉が出る。


『だから星は君たちを排除する』


 次の瞬間、警告が鳴り響く。その警報(アラート)と共に『高熱原体感知』の文字も一緒に浮かび上がる。

 そして、【メイガスIII】がソレを見つけ、モニターに表示する。高熱原体は――


「『|燃料気化爆弾専用射出銃器サーモバリックショット』……」


 うつぶせに倒れた【ジェノサイド】の後ろ腰に固定されている『サーモバリックショット』だった。


『さようなら。七人目の英雄――』


「あ……」


 光を感じ、ソレに反応する間もなくリエスは何も聞こえなくなった。






 光った瞬間。大気が鳴動する様をカナンも感じ取っていた。そして、咄嗟にその方向へ視線を向ける。


「……イヴ。今のは北部山岳地区か?」

『イエス』

「伏兵が居たのか?」

『違います。敵指揮官機の装備していた『サーモバリックショット』の炸裂光と思われます。おそらく残り弾数の自爆です。技術を我々に取られない為の』

「奴の熱源反応は完全に沈黙していた」

『イエス。ですが、あの辺りは炎上していました。火種の感知は不可能です』

「彼女は気がつかなかったのか……」

『炸裂する数秒前は機能の低下した【メイガスIII】でもあの距離なら感知できます。しかし中破した状態では――』

「ああ。逃げられなかった」


 カナンは全てを理解し、いつものように冷静にその目を細める。戦いにおいて、人の数はただの数字だ。一人一人の戦死に嘆いていては、指揮官は何も出来なくなる。


“カナン。お前はスタッグリフォードの指揮に就け。お前にしか出来ない『任務』だ”


「解っています、セレグリッド隊長。これはオレにしか出来ない任務です」

『マスター。市民の避難が完了。指揮官機を一機失い、アグレッサー側の動きは若干鈍くなっています』

「イヴ。全部隊に通達――」


 AIの現状を告げる報告にカナンは、もうリエスのことは考えなかった。いつものことだと、冷酷に切り捨てる。死した者よりも今は、生きている者達を優先する。


「全部隊退却。『スタッグリフォード』を放棄する」


 ただ自分が戦場に居る意味を全うする。その為にオレはここに居るのだから――






“全部隊に通達。市民の避難を完了。ただちに『スタッグリフォード』を放棄し、退却行動を開始せよ”






 その通達にスタッグリフォードで戦っている大半の部隊が眉をひそめたが、各軍の部隊長は冷静に状況を見極める。


『おいおいどういうことだよ』

『隊長。どうするんですか?』

『どうもこうもあるか。退却するぞ。動けない機体は捨て、動ける機体は搭乗者(ドライバー)を回収しろ。他は援護だ』


 状況は優勢だが、あのカナン・ファラフリの指示だ。敵が同じ人類ならば現場でも、ある程度は敵を“読める”が……今回の敵は“未知”である。


『若いが……彼の方が“アグレッサー”を知っている。それに――』


 この『スタッグリフォード』を放棄することは並大抵の判断ではない。目で見える限りは優勢に見えている場合は特にである。


『優勢に見えているだけ(・・・・・・・)だとすれば、ソレを見破る手が現場にはない』

殿(しんがり)はどうするんですか? このままじゃケツを撃たれます』

『ソレも考えているだろう。とにかく命令に従うぞ』


 長年、戦場に居る兵士としての長年の勘だが……この命令を無視すると取り返しのつかない事になるかもしれない――

 隊を率いる者全てが、不思議とカナンの命令が正しいと感じていた。





『マスター。全部隊退却を始めました』

「待機中の『スタッグリフォード防衛部隊』に通達。任務は敵勢力を押しとどめ、味方の退却路を確保し、全部隊退却まで我々が盾となる。指揮は私が直接行う」

了解(イエス・マスター)。降下ポイントまで10秒』


 ハッチが開く。夜風と、夜を照らす、禍々しい銀色の光がモニターへ入ってくる。

 『スタッグリフォード』の上空を飛行するステルス輸送機。その場所からカナンは全ての部隊と戦場を常に確認しながら指示や支援を行っていた。

 『スカイホール』の上を飛行するステルス輸送機は小型で一機しか運ぶことが出来ないが、視覚以外の隠蔽装備は完璧である。全ての操作は自動で行われ、AIによって飛行航路も管理されている。


「『スカイホール』はまだ閉じない。航空機は自動制御で予定ポイントへ帰還させろ」

了解(イエス・マスター)


 長距離狙撃の武装とは別の装備を固定されている内壁から取り外し両腕に持つ。

 ハッチが完全に開くと、機体を覆うように耐熱コートを纏った青黒の装甲を持つ機体が銀色の光に晒される。カナンは機体の索敵能力を最大にすると眼下の『スカイホール』の更に下にかる無数の機体反応から敵と味方を区別する。


「敵指揮官機は残り二機か。専用装備『MTN』の起動準備」


 カナンは搭乗機【インゼル=アドミラル】を前に倒れるように脚部を屈伸させ重心が前に動いた瞬間――


「セイバー3。カナン・ファラフリ、出撃する」


 ステルス輸送機から戦場へ降下する。

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