空からの狂兵11
【ジェノサイド】より撃たれた一射は見えていた。
部隊の皆が……一方的に蹂躙された一射に、あたしも同じように吹き飛ぶと思った。けど、
「やっぱり……すごい。【セブンス】は――」
その絶望の一射は、予想しない狙撃により、【ジェノサイド】から【メイガスIII】の姿を隠す熱波となったのだ。
熱波を抜けると、【ジェノサイド】との距離は更に縮まっている。リエスは確かな感覚を感じ取った。このまま接近できる! と――
『――――だが、君の手はこれで終わりだ。カナン』
『サーモバリックショット』の次弾発射まで10分。【ジェノサイド】は『対アステロイド用機関砲』を構えた。
その間、『SOA』を“攻撃”に移行。レーザーによる牽制射撃を見舞う。
【メイガスIII】の脚関節部を狙うが、舞い上がる土煙によって中々当てられない。だが、持っている長銃は銃身を溶解させ使用不可に追い込む。
「っ!」
それでも【メイガスIII】は止まらない。断続的に撃たれるレーザーの雨。一発一発は大したことは無いが次第に装甲は耐熱の限界を迎え、機体全体の熱量が許容限界に達す――
その時、再び閃光が飛来する。『SOA』の一機が、斜め上からの狙撃によって小規模な爆発と共に破壊された。
『! カナァァン!!』
カナンによる狙撃。完全に迎撃していた『SOA』の弱点を的確に突いた一射も又、針の穴を通す様な狙撃だった。
『Shield of Aegis』。略称『SOA』。
高度な迎撃システムを搭載した長さ7メートルほどの円柱ユニットはそう呼ばれている。
細かい原理や構造は不明だが、その脅威は【セブンス】でも下手をすれば正面から相対するのは危険だと思わせる程の代物であった。
『SOA』自体の攻撃能力は皆無に近い。その真価は“迎撃”にある。
一定範囲の飛来物を全て的確に捉え、レーザーによる迎撃によって全て無効化するのだ。円柱状の形状によって、一機でも360度全ての角度をカバーできるため死角は存在せず、正面からそのレーザーの盾を抜けるには迎撃処理を越える弾幕を浴びせるのが理論上の攻略だった。
しかし、コレはあくまで“理論上”の話である。
実際にアグレッサーは、『SOA』を一機だけ装備した運用はほぼ考えておらず、基本的に八対を浮遊させ、一個中隊の弾幕でさえ耐えしのぐ事が可能なように考慮されている。
更に、『SOA』を持つ機体の大半は、一撃火力の兵器を多数装備し、盾の裏から一方的に攻撃する事が可能なのだ。
盾で攻撃を防ぎ、その裏から攻撃。
個人でも集団でも、古来よりの伝わる基本戦術。あまりにも単調だが、その究極にして最新の兵装が『SOA』である。
攻略を発見したのは、【セブンス】の『近接防衛』シゼン・オード少尉だった。
彼は持ち前の“捨身”と戦術を読み解く本能から、『SOA』の弱点を二度の戦いで看破した。
『SOA』にある大まかな機能は二つ。『攻撃』と『迎撃』である。
この二つは、レーザーを発射すると言う点では同じだが、その精度が大きく異なっているのだ。
『迎撃』は全てを完璧に捉えて自動で撃ち落とすが、『攻撃』はレーザーの射撃に方向性を持たせるため、迎撃能力は高くない。
故にシゼン・オードは、対峙した“アグレッサー”の大量破壊の主武器を正面から撃ち切らせ、更に近づいて撃破すると言う自殺にも等しい方法を持って、この攻略法を見出したのである。
『………それならそれでいい』
ヴェロニカは『SOA』を『迎撃』に切り替える。これで、カナンからの横槍は絶対に入らない。
目の前の【メイガスIII】に集中し、全てを終わらせよう。【ジェノサイド】と【メイガスIII】の距離は更に縮まっている。
『来い――』
一機減った分、『SOA』の配置を修正。そして、『対アステロイド用機関砲』の射撃補正を確実なものとして展開する。
確実に撃ち抜ける距離まで近づいてこい。そっちが思っている以上、こっちの適性距離は長い。後100メートルで確実に撃ち抜ける距離だ。
モニターに【メイガスIII】の影が映る。
70メートル――
燃える木々の淡い光によって【メイガスIII】の装甲まで明確に把握する。
30メートル――
命中率90%【メイガスIII】の持つ武器まで明確に確認できる距離。終わりだ――
トリガーを握る【ジェノサイド】の指部がゆっくり動く。射線、角度問題ない。命中率は100%――
【メイガスIII】は読んでいたように横へ跳ぶ。当然補正する様に『対アステロイド用機関砲』も射角が動く。
刹那、【メイガスIII】は横へ跳ぶと同時に、『ACF』起動。その姿は空間に呑み込まれるように消失した。
『!?』
“LOST”
刹那、閃光が飛来。【ジェノサイド】を狙ったカナンの一射は『SOA』によって完璧に迎撃される。
『無駄だと――』
すると、撃ち落とされた弾丸は煙を炸裂させた。【ジェノサイド】に布をかぶせるように視界を覆っていく。
『スモーク弾頭だと!? 小賢しい真似を――』
灰塵とスモークによる目くらましによって完全に視界を失った。しかし『SOA』はこの程度のジャマーには左右されない。絶対防御は崩れないのだ。
となれば、今警戒するのは――
モニターの端に“影”が映る。【ジェノサイド】は『対アステロイド用機関砲』を向けると反射的に発砲。数発の弾丸が影――長銃を破壊する。
しまった。こんな手に――
“ALERT”
背後から敵――【メイガスIII】の反応を全センサーが捉える。だが、『対アステロイド用機関砲』によるコンマ数秒の硬直から現れた【メイガスIII】に対応する事が出来ない。
『――――』
【メイガスIII】は地面を削る様に横滑りで背後に現れた。強く踏ん張る一歩で、【ジェノサイド】へ直進する。
『はぁぁぁぁ!!!』
リエスの雄叫びが【メイガスIII】のコアを木霊する。その手には、近くで倒れていた【メイガスIII(フィロ機)】のショートダガーを携えていた――
思考がコンマで動く。
【ジェノサイド】は『対アステロイド用機関砲』の発射反動をあえて、受けるとその反動で半身を翻す。
『対アステロイド用機関砲』が接近する【メイガスIII】に向かって叩きつけるように旋回した。
「――――」
『それを――』
【メイガスIII】は回避していた。
機体を捻って宙に浮かし、ぶつかった瞬間に『対アステロイド用機関砲』の打撃に逆らわずに回転。それは機体の特殊機能ではない。まるで人間の曲芸師のような動きはリエスが再現したモノだ。
逆さまになった【メイガスIII】は回転の勢いを乗せた、ショートダガーを【ジェノサイド】の胸部へ、コアを狙って斜めに突き刺す。
【ジェノサイド】の胸部装甲が砕けて、深々と突き刺さるが、ヴェロニカは止まらない。
『それこそが! 君たちが! 星を滅ぼす!!』
「!? 人の声――」
咄嗟に聞こえたスピーカーの声にリエスは一瞬だけ動揺する。
【ジェノサイド】は落ちているハイブリットソードを蹴り上げ、空いた腕部に取った。
【メイガスIII】は大地を踏みしめ、腕を添えて着地。同時に横へ倒れる様にリエスは機体を動かす。
「――――人が乗ってるの?」
リエスは片膝をついた状態で問いかける様に独り言を口にする。
『その程度で止まるのかい? 人の意志はぁ!!』
「―――っ!」
ハイブリットソードを振り上げた【ジェノサイド】へ【メイガスIII】は逆に接近し、その間合いへ踏み込む。
『この星で最も生きる価値のないモノ! それがお前たちだ!!』
“アダム。ごめんね……私はリッドさんの後を歩くわ”
【ジェノサイド】は半歩下がり、ハイブリットソードの切っ先を【メイガスIII】に向けて高速で貫く。
「そんなの!」
ハイブリットソードは【メイガスIII】の左腕部を根元から貫き破壊。だが【メイガスIII】は、そんなものでは止まらない。
「わたしに言うなぁー!」
【メイガスIII】の眼が強い光を放つ。接近の速度と機体の全重量を乗せた膝部で、【ジェノサイド】のコアに突き刺さっているショーダガーを更に深く押し込む。
『――――』
初めて効いたのか【ジェノサイド】は放心するようにふらふらと後退する。【メイガスIII】も膝部が砕け、立つこともできずに片膝をつく。
「“グライスト小隊によるアステロイド戦闘の心得その7、全力を出して倒せない敵はいない”」
【ジェノサイド】はショートダガーによって作られたコアの隙間から黒煙を上げると、内側から火の手が上がった。
「さぁ……帰ろう」
彼女は敵を討った。大切な場所へ帰るために、彼女の戦いは終わりを迎えた。




