空からの狂兵10
「諸兄らには話しておこう。【セブンス】の存在と、その意味についてだ」
淡く、紫色の光が薄らと闇を作る会議室。その場所に集まった者達は、組織を統括する“総長”の言葉にそれぞれ注目する。
「【セブンス】とは、アステロイド戦闘における人類の最先端とも言える者達だ。本来ならばエースと称されるところだが、彼らはその枠に収まらない」
「と、言いますと?」
“総長”の声に最も近い位置に居る副官の声が問う。
「君達でも交戦した者はいるだろう。そして、対峙した者は肌で感じたハズだ。彼らの成長に制限は無い、と」
「成長に制限がない?」
今度は未成熟な女声が暗闇に通る。彼女もまた、【セブンス】の一人と交戦して生き延びた一人だった。
「彼らが何故墜ちないのか。そして、なぜ未だ人類に祭り上げられているのか。それは彼らの持つ潜在性と意志が何よりも強靭だからだ」
次に沈黙が場を支配する。その場にいる彼らは、その言葉の意味するモノが、偽りでも仰々しく騒ぎ立てている事でも無いと歴史を通して知っている。
「人としての強度」
再び“総長”の声が闇に通る。
「彼らは何よりもその探究に忠実だ。私としては、彼らは味方としてこちらに着いてくれると思っていた。それが、今回失ってしまった事実はいかんしがたい」
既に【セブンス】は全滅している。しかし、彼らには後を継ぐ者達が居り、未だに抗っている。
「星の戦いは決した。しかし我々が完全に沈黙するには、継いだ者達を納得させなければならない」
「戦いでは無いのか?」
男勝りな女声が、戦いで勝ち取った現実に置いて、“総長”が意外な言葉を発した事に素朴な疑問を口にする。
「それは過程だ。彼らが未だ孤立しないのは、【クライシス】を所持していると言う事と、七人目と言う二つの要素を持っている事に他ならない」
「七人目……。【セブンス】は本来“七人目”が居ると言う、あの話ですか?」
副官は、自分たちが認識している【セブンス】は六人しかいない事に疑問を抱いていたのだ。そして、どこを調べても“七人目”が居たと言う事実は確認できない。
「結論から言うと七人目は“居る”。これは間違いない」
「しかし……」
この場に居る皆、“総長”の言葉を疑うわけではないが、それでも信じがたいのは事実だった。
「諸兄らの言いたい事もわかる。だが、この情報は私が【セブンス】の隊長から直接聞いたのだ」
『セレグリッド・カーター……母さんの敬愛する、英雄』
呟く様な言葉は電子音のように何かを介した人以外の声である。
「各々、これから二つの地で任務を行う事となるだろう。その中で、気に止めておいてほしい」
【セブンス】の残したモノ。そして、
「【クライシス】は元より、未だ姿を見せない“七人目”の存在を――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『真っ直ぐ行け。お前を奴の懐まで届ける』
「はい!」
リエスはカナンの通信を聞き【メイガスIII】のコアで、操縦桿を強く握る。
やる事は分かっている。そして、手を貸してくれるのは世界の英雄の一人だ。
脚部操作のペダルに意志を流し、まるで自分の足で走っているように、伝達の時間差も考慮した走操は、見事に速度を生み出していた。
それは理屈から熟練した操作技量ではなく、リエスの持つ天性の操作感覚から成せる“才”だった。今の彼女からすれば、【メイガスIII】は単なるアステロイドではなく、手足の延長という認識で大差ない。
「あれが。【ジェノサイド】!」
【メイガスIII】は北部山岳地区の崩れた山頂から飛び出すと、灰塵と化した麓に灰を浴びながら立ち尽くす【ジェノサイド】を捉える。頭部に光る四つの眼。自らのコアを貫いている直刀を引き抜き、捨てる様は不気味な様子だった。
「行くよ。【メイガスIII】!」
勇気は皆から貰っている。彼女の声に応えるように機体は出力を上げ、戦闘状況に適した熱量を纏う。
『ACF』を起動せず、機体の姿を晒した状態で様に山肌を駆け下りる。余計な事はしない。一直線に【ジェノサイド】を目指す。
『へぇー。正面から来るのかい?』
ヴェロニカは向かって来る【メイガスIII】を見る。『サーモバリックショット』瓦解した山肌はかなりの悪路となっている。普通に降りるだけでも困難を極めると言うのに、無謀にもあの機体は駆け下りようとしている。
最短距離で接近するつもりなのか。確かにあまりに近すぎると『サーモバリックショット』は使えない。
『カナ~ン、コレが君の策なのかい?』
瞬時にその真意を悟る。カナンは今駆け下りて来る機体を見捨てたのだ。正直な所、レーダーにも視界にも映らなくなる迷彩機能はかなり厄介な代物。こちらが対応できるな射程距離に入ったら、迷わず使うつもりだろう。
そうなれば、こちらで通じる武装は『サーモバリックショット』だけ――
『一機に対して、街一つを消し飛ばせる武装は確かにつり合いが取れないよねぇ』
カナンは無駄弾を撃たせる事が狙いなのだ。
『サーモバリックショット』の総弾数は5発。2発使い、残り3発。確かに、あの一機に対して使うのはあまりにも不釣り合い。しかし、『対アステロイド用機関砲』も弾幕を作れるほど弾に余裕があるわけじゃなく、確実に当てるには至近距離まで距離を詰めさせなければならない。
『…………』
こんな場所で“思考する”事になるとは思わなかった。流石だ。流石だよ、カナン・ファラフリ。やはり【セブンス】はこの世界でも頭一つ抜けている。
この“遊び”が終わったら、この戦いを決めに行かなければならないのだ。ベストは『対アステロイド用機関砲』で仕留める事――
【メイガスIII】が迫る。亀裂を飛び越え、脆い場所を的確に避けて悪路を攻略している。
【ジェノサイド】は走って来る【メイガスIII】へ武装の銃口を向ける。それは、
『これは想定内かな? 試してみようか。カナン司令――――』
『サーモバリックショット』。全てを焼き尽くす弾丸が駆け下りて来る【メイガスIII】へ、静かに発射された。
読み違えた。それは誰が見てもそう見えるだろう。
使う可能性があまりにも低かった。たった一機に、核に匹敵する兵器を使うなど、通常なら考えられない。
だが、ヴェロニカは違った。それ故に、ヴェロニカは“正体不明の敵”なのだ。その思考は効率重視じゃない。奴が何よりも優先すべきは自らの責を果たす事。それは――
【セブンス】を越える事だ。それだけが意味がある――
予想を上回る。カナン・ファラフリに敗北を刻む事。それが自身に与えられた責務なのだ――
リエスは発射を見ていた。これはコンマの世界で、どうする事も出来ない。覆す事の出来ない死を前に彼女は――
「全速、全進ッ!!」
悪路を抜け、大地を蹴る。正常な大地は臆しない【メイガスIII】に味方する様に、その身を加速させた。
放たれた弾丸は破壊を内包している。空間を直進する小さな弾丸は、炸裂すればその身の何万倍という滅びを生み出す。
装甲に覆われた全長15メートルのアステロイドとは言え、爆心地に居なくとも粉々に消し飛ぶのは必然だ。
小さな死は何のためらいもなく――
『――遅い弾速だな』
斜め上から放たれた微かな閃光に撃ち抜かれ、その身を炸裂させた。
『!!!?』
「うっお!? すっげー!!」
ヴェロニカは驚愕し、リエスは前方で炸裂した弾丸に感嘆する。
信じていた。それぞれが自らの意志を信じていたのだ。だが、ただ一人……カナン・ファラフリだけは――
『想定内だ』
さして焦る様子もなく当然のように呟いた。
『は……はは。ふっふふ……流石だよ……いや、予想を……遥かに超えている』
考えられない事が起こった。これも想定済みだとすれば、この戦いはカナン・ファラフリ以外に創り出す事は出来ない。
カナンは、飛来最中の弾丸を撃ち落としたのだ。
だが、単純に撃ち落としたと一言で済ませるには、あまりにも神がかかった一射と理解できる。
【ジェノサイド】の持つ『SOA』の範囲から外れ、それでいて、【メイガスIII】に対して、風圧以外の衝撃がほぼ無効となる適性距離で撃ち落とした。これは誰にも真似できない事だ。
『これが全盛期の【セブンス】の力か!』
コレを超えなければ自分たちに勝利は無い。“総長”が言っていた事も理解できる。
“彼らの成長に制限は無い”
この地でカナン・ファラフリは確実に葬らなければならない。【セブンス】が集結すれば、この世界全てを相手にするよりも手ごわい存在となる。
『――――人類の意志が届くぞ。いいのか?』
煽るように拾った通信で、ヴェロニカは目の前の戦場へ思考を戻す。
『サーモバリックショット』によって生み出された爆炎と、巻き上がる灰塵を突き破るように【メイガスIII】は【ジェノサイド】へ駆け抜けていた。
灰塵の大地を少女は駆ける。その刃を最強の狂兵へ届かせるために――




