空からの狂兵5
その夜は、スタッグリフォードに存在する人類にとってはとても長い夜となった。
中心街の夜闇を丸々取り払う様にその上空に展開された直径20キロの白銀の円は、未だ実感の無い正体不明の人類の敵――アグレッサーの危険値を現地の人類に刻み込む事となる。
磁場を発生させつつ、その輝きを増す白銀の円『スカイホール』の出現で、避難は一層慌ただしく、半端混乱状態だった。
『落ち着いてください! まだ、敵は出てきていません! 落ち着いて避難を――』
避難民を護る最終防衛ラインを人の波が通過する。正直な所、スタッグリフォードの市民たちはアグレッサーが来るなど半信半疑だったのだ。
どうせ大袈裟に騒いでいるだけ、都市機能の停止による損害賠償を『サンクトゥス』に叩きつけてやる。
そう思っている企業も多かったのだが、今この瞬間に確信した。
本当に現れた。もし『サンクトゥス』の警告が無かったら、間違いなく都市と運命を共にしていただろうと――
白銀の円にぽつぽつと“影”が現れる。まるで水面から落ちて来るように、ソレは明確に視覚で確認できる敵勢勢力だった。
そして、都市全体で耳を塞ぐほどのアステロイドの武装が生み出す銃撃音で避難の際の悲鳴も聞こえなくなる。
『陣頭敵戦力。大気接触の前に撃破。数機が都市上空にて作戦行動を展開しましたが、全て大破』
カナンは“ある場所”で、【インゼル=アドミラル】の搭乗席でスタッグリフォード全ての状況を把握しつつ、全部隊に指示を出していた。目の前には戦場の立体映像を表示し、平面ではなく三次元で戦場の動きを捉えている。
「先制攻撃は成功だな。これで、ハッキリした。奴らにとっても、この展開は予想外と言う事だ」
予期していなかった事態。恐らく敵は、奇襲するつもりだったのだ。こちらに『スカイホール』の出現時期と場所を特定できる事を知らなかったのだろう。たったそれだけの情報によって、出鼻をくじかれたのである。
この先制攻撃は大きい。敵の先頭走者をコケさせる行為は、大軍同士の戦いでは大きな楔となる。さて、奥の手があるなら早めに切った方が良いぞ? アグレッサー。
「歩兵12中隊は、A8へ移動。リーダス小隊はG7へ。入れ替わりだ。敵にこちらの世界の空気を吸わせる」
鋼鉄の弾丸が、反撃さえも持さずに『スカイホール』を通って現れる敵機をバラバラの鉄塊に変えていく。現状では、全くもって隙間の無い弾幕展開。しかし、ずっとソレが維持できるかと言えばそうじゃない。
『歩兵12中隊、リーダス小隊。共に指定ポイントに到着』
「奇数番小隊は、一時後退。弾薬の武装の補給と冷却を急げ。空いた穴を偶数番小隊でカバー。弾幕形成を開始。ただし、ゆるやかでいい」
『了解』
さぁ、エサ場だ。そこなら安全に空気を吸えるぞ。ただし、半端な戦力では後悔する事になる。
レーダーに目を向けると中心街でも一か所の弾幕の無い空間が出来上がっていた。そこへ、数機の敵機が『スカイホール』より直接降下する。
奇襲をしたハズが、奇襲を受ける形となった敵勢勢力は、カナンの想像以上に混乱していると言っても良かった。
冷静に戦場を見極めれば、初手で徹底した弾幕展開を一部分だけ停止するのはおかしいと考えられる。加えて、そんな策を使用すると言う事は戦力的に余裕が無い、とも“グラウンドゼロ”を指揮したアグレッサーの指揮官だったら悟れるハズなのだ。
しかし、今回の指揮官は別であり、更に先制攻撃によって戦場の方向性を見失っている。そんな中、敵の連係ミスで空いたと判断した“陣の穴”へ、対地制圧部隊を降下させたのは浅はかな判断だった。
降下するのは八体の細身の機体。バイザー型のアイガードの下からモノアイが覗いている。両腕は人のモノだが足は先端が針の様に鋭く、背部には二枚のk字の翼を所持していた。噴射光が無い所を見ると高空機関を搭載していると容易に想像できる。
その敵機を見て、ささやかに応戦する様に、その場所に移動したリーダス小隊は、弾幕を展開。しかし、まるで空中を泳ぐように、細身の機体は射線を躱しつつ、地上へ接近。抑えきれないと判断したリーダス小隊は後方へ下がる。
細身の機体は、周囲を索敵し、アステロイドが前方のリーダス小隊だけであると判断すると、追撃を行おうとして――
「かかった」
戦場の全てを観測しているカナンが、そんな言葉を呟いた瞬間、まるで決められているように、細身の機体は角を曲がって追いかけた先に目の前に現れた“網”に掴まった。
建物の間に隠す様に張っていた物理的な“網”は、地上を走るアステロイドが引っかからない高さ、20メートルの位置に都市中に張り巡らせてある。
今回、カナンは航空戦力を極端に制限していた。理由は、空中に弾幕を展開する関係上、『セブンス』程の技量を持つ搭乗者でなければ、あっという間に撃墜されてしまうからだ。それに、一個小隊が動けなければ戦略上は意味を為さない。
なので、今回の自軍戦力は全て地上に集中した。空中に関しては、敵にくれている。ただし、そこは地上以上の地獄だ。
「戸惑っているな」
リーダス小隊を追っていた先頭2機は、網に引っ掛かって振りほどけず建物にぶつかって自滅していた。その様子を確認した後続6機は、慎重にルートを見定めるように高度を上げる。
「ああ。その機体は地上を進めない」
だから、飛び上がる。この辺り上空には弾幕が形成されていない。だから、高度さえ上げれば、制空権を取れる。と思っているのであれば、本当に戦いを知っているのかと疑いたくなる。
そんな飛翔をカナンが逃すはずはない。
ビルよりも高く飛び上がった瞬間だった。細身の機体は建物の屋上に、ロケットランチャーを構えている歩兵部隊の姿を捉え、飛んで来るその弾頭が六機のアグレッサーの最後の映像だった。
『マスター。主戦場に問題が発生しました。サーライト小隊が全滅。隣のフード小隊が攻撃を受けています』
「弾幕を躱す……か。敵にも居ると思っていたが、もうエースを投下してきたか」
既に別の問題にカナンは意識を向ける。
停止、急発進、旋回、ホバー。空中で行える全ての挙動を駆使して、弾幕を躱す敵機。ソレだけの挙動が出来る機体があることにも驚きだ。
弾幕の切れ目に刺し込まれた。だが、刺し込まれただけだ。そこから簡単に“毒”が回る様な陣形では無い。
「『機動戦闘』をぶつけ――」
『シエン・ラド・グリフは別任務です』
「そうだったな。『インサイト』を使う。ハッチを空けろ」
夜風が入り込む。機体を覆うフード付きのコートが細長い強風にはためく。狙撃銃を構えた機体――【インゼル=アドミラル】は、敵エースを落す為にスコープを覗いた。
『クソッ! なんだ! コイツは――』
弾幕の夜空を、我がもので飛行する敵機は、次々に友軍機を落していく。武装は分からない。通過するだけで鋭利な刃物で両断された様に、分断されてしまうのだ。
『どけ! マーク! コイツをくれてやるぜ!』
目の前の飛行型敵機を狙って両手持ちの重機関銃を連射する【ヴルムIII】の横から、大型電磁加速銃を構える【ヴルムIII】が前に出る。
『くたばれ、クソ野郎!!』
動きから進行先を予測し、短い発射音がなった瞬間、音速の弾幕の中で群を抜いた高速の一射が、飛行型敵機へ直撃した。
『ああ!?』
かに見えたが、なぜか二つに分かれて左右のビルを貫通していた。弾丸は両断され飛行型敵機に直撃せず左右に散ったのである。
『マジか……』
その武器を危険であると判断した飛行型敵機は、ロイドへ向かって飛行する。
『下がれ! ロイド!!』
入れ替わる様に【ヴルムIII】(マーク機)が割り込み、重機関銃を連射。しかし、弾かれるように弾丸は当る端から両断されていく。
通過する度に、周囲の建物や、撃破されたアステロイドの残骸が更に刻まれて行き――
斜め横から飛来した弾丸が飛行型敵機の頭部を貫いた。
『命中。飛行型敵機、大破』
「あの手の機体は基礎装甲が薄い。フード小隊は下がらせろ。レーメン小隊を入れ替わらせ、防衛ラインを一段階下げる」
『了解』
ハッチが閉じる。夜風にさられた機体は再び定位置に戻り、戦場の観測を再開した。
穴だと思っていた場所は罠。エースは大した戦果も無く大破。さぁ、次はどうするアグレッサー? この程度で八方塞ではないだろう。何故ならまだ“指揮官機”は一機も出てきていない。
だが、機体の質が良くとも作戦が悪ければ全滅は避けられん。今から指揮官が変わるとすればオレなら――
『『スカイホール』より、大型転移反応を確認』
大型兵器で状況を一度白紙に戻す。被害が大きいのは、地形を味方にしている人類の方だ。この一手は敵にとっても人類にとっても、この戦いの大きな分岐点の一つだ。
「来たな。『|艦隊連動式大型狙撃電磁加速砲』を使う。接続マトリクス起動」
『了解。『|艦隊連動式大型狙撃電磁加速砲』を起動』
「精神リンク開始」
『現地待機整備員はクロウ・クリスタです』
「レン・オウカも待機。同調。視界リンク」
『シンクロ率75%です。命中率71%。弾道予測……チャージ107%で適応射程』
「チャージ開始。射撃タイミングはオレが取る――」
『了解』
ソレが節目であると、図らずとも戦場に居る者達ならば誰もが理解できた。
白銀の円から“死”を連想させる弾頭が姿を現す。
ソレが何であれ、この戦場では警戒するに値しない。だが、その数が無数にあると言われれば、話は別である。
数にして数十の弾頭。その一つ一つがどれほどの威力があるかは不明だが、大きさだけ見れば一つで街の区画が消し飛ぶ程の質量だ。爆薬が入っていると仮定すれば、一つで街が消し飛ぶ代物だろう。
すると、都市に展開している全部隊に通達が奔った。
『敵投下兵器には構わず、敵部隊に対応せよ』
引き金を引く。いつもと同じ軽さ。いつもと同じ重圧。ソレらの要素が全て虚空へ消える程に集中していた。ただ、その言葉は癖の様に決定的な一撃を決める時、彼はいつもそう口にする。
『当てる――』
スタッグリフォードより、500キロ以上南に離れた沿岸に浮かぶ一隻の戦艦から放たれた一射は、全ての抵抗を計算された一射。そして500キロ離れた戦場の為の“切り札”だった。
戦場の夜空へ斜め下からの流星が一瞬の光を輝かせた。
戦場でも、その“光”に気がついた者は極僅か。次の瞬間に、『スカイホール』より落ちかけている投下兵器の弾頭を破壊していた。
途端、夜空で投下兵器が炸裂。『スカイホール』を上回る光は、爆音と共に空を灼熱の釜として夜天を支配し、他の投下兵器にも誘爆する。更に、他の敵機をも巻き込み一時的に空を制圧した。
その様子を見た者全てが歓声が上げた。戦士たちの、避難している市民たちの――人類の声が戦場に響く。
「…………」
戦場の歓声とは裏腹にカナンの表情は明るくなかった。
『マスター。一時的に制空権を奪取しました』
「消耗の大きい部隊は補給へ。比較的に損傷の少ない部隊は陣形の修正を行え」
仕方が無かったとはいえ、使ってしまった。
インサイト・オブ・オーバーは一射撃つ為に二週間の時間を要する。もうこの戦いでは使用できないだろう。状況によっては、一射で戦局をひっくり返せるほどの兵器。切り札とも言っていい。
敵はまだ“切り札”を使っていない。旗色は思ってる以上に、人類の方が悪い。
「……来るか。指揮官機」
その予想は的中する。まさに、このタイミングという最悪の形で敵の最高戦力が北部山岳地区の上空に出現した『スカイホール』より投下された。




